見出し画像

水中桜

列車が県境に近づくにつれ、山は深くなり、空は高くなる。私は一時的に記憶を失ったような感覚になる。同時に永遠になにがしかの力によって心が揺さぶられているような気持ちにもなる。気がつけば、私のまぶたは閉じられている、また。

「いや〜、今日は晴れたわね、よかった!緒方さんあなた雨女でしょ、ははは」
「わたし晴れ女!」
「わたしも晴れ女」
「多数決で晴れになったんだわ、はは!」
「わたし、久保田さんと一緒だといっつも雨なの。こことここは相性悪いのよ!」

きき覚えのない停車駅、扉がひらく。人の声はきこえず、鳥の声がきこえる。新鮮な空気が流れこむ。一人、若い男が乗ってくる。こんなところには似合わぬ男であった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?