ピングー・エフェクト

羊も一匹で眠ってしまいそうなあるのどかな春の昼下がり、場所は大きな湖の南でした。

ピングーみたいな少年が優しい春の陽射しに抱擁されながら地球に音符を描き残すように軽快なスキップを披露していました。春、ペンギン、スキップ……。ぽかぽかした平日午後の湖畔にはそぐわない奇天烈、けれど冷えた大人の心を芯から、いや芯だけを温める不思議です。すぐ後ろまできこえていた街の開発音が空に隠れる大きな月の果てまで遠ざかったようでした。


「おーい!そこのピングー!……みたいな少年!」


ピングー少年は爽快なスキップを止め首を動かし私に目をやりました。あー!見事!黒曜石のようにテカッと輝く大きな目玉!初雪のように透きとおり触れればたちまち溶け去りそうな白目!そしてなんといっても!万物をつくりあげた神さえをも畏れぬそのきょとんとした顔!きょとんとした顔!どれだけ巨大な正義で脅されても彼はきっとそのきょとん顔でどこまでもこの混沌を泳ぎ切るのでしょう、いや泳ぎ切ってほしい。


「貴様ですかー?僕のスキップを止めたのは?」


小さな声はその瞬間だけ強く吹いた春の風を夏のサーファーのように乗りこなし私の耳までやってきていました。いらっしゃい。


「そのとおりだよー!私が止めた!止めてしまった!申し訳ないなー!」


私の謝罪が届いたのか届かなかったのか、あるいはそもそもきく気がなかったのか、少年はあのリズムで、あの宿命のスキップで、青い湖に黒い影が吸い込まれゆくように、どんどん私から離れてゆきます。


湖の裏側に告ぐ、

今この瞬間、湖の南、小さな蝶が飛んでいきました。



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