花束をキミに

ある爽やかな秋晴れの日。僕は新鮮な雪だるまみたいに肌白い少年(彼の名前はマトリョーシカ・マトリョーシカ・マトリョーシカなのだけれど、あまりにも長いので今回は彼のことを単に少年とだけ呼びたいと思う。適度に略してマトシカとかリョカリョカとかでも呼んでやろうかとも思ったのだけど、なんだか今日は肌寒くてーいや気温は関係ないけどさーあまり彼の存在を具体的には表出させたくないと思った。ただそれだけ。)と雪合戦をすることになった。

秋になんで雪合戦なのかって疑問もあると思うのだけれど、それはいつも会っている人に素敵な花束をぽいっと投げ渡すことと似ているだけなんだから実は特段気にすることではないんだ。

さ、次へ行こう。

(ここで僕はひとつお詫びしなければならない。なにかっていうとやっぱり僕は彼のことを少年と呼ぶだけでは済ませなくなってきたということ。そう、僕の得意技は、倍返しでも恩返しでもなく手のひら返しなんだ!なので、今回はマトリョーシカ・マトリョーシカ・マトリョーシカのことをマトリョーシカ・マトリョーシカと呼ぶことにする)

マトリョーシカ・マトリョーシカと雪合戦をすることが決まって僕はすぐ台所へ向かった。そして両手を突っ込んで冷凍庫の奥に眠っていた去年の雪の塊を持ち出して草履を履いて湖岸へ走った。

人々が立ち止まらずに通りすぎていくなか、淡い水色のパーカーと色落ちして寝ぼけた太陽みたいな色の短パンを着こなすひとりの人間が古びた木製のベンチに座って湖の強烈な風を小さな顔面で受け止めていた。髪は未来の喜びを先取って楽しむ一羽のペンギンのように羽ばたいていた。

マトリョーシカ・マトリョーシカは、すぐさま僕の気配を察知して「おーい!こっちー、こっちー!」とその村唯一の伝統継承者が年に一度の祝祭で踊りを披露するかのように腕を大きくまわしていた。その姿は雪山の奥で何千年も強く生きる巨大ゴリラのドラミングにも見えたし、どこかの国のひょうきんな物理学者ならば、ああ大変だ、あの男、あの少年は宇宙をかき混ぜようとしている!と深く信じてしまうほどに勇ましいものに見えたと思う。

一応ここで僕の脳の中心にて遅咲きの桜のようにひっそりと咲いた有力な仮説を披露させていただく。それは、マトリョーシカ・マトリョーシカはこの星の至るところに蔓延ってしまった重力を引きちぎって、またいちからひとつの美しい球体をつくろうとしている、という説である。

僕はマトリョーシカ・マトリョーシカに近づいて訊ねた。

「いったいきみはどういう目的でそんなに激しく腕をまわしているんだい?」

ぼさぼさ頭のマトリョーシカ・マトリョーシカはこう答えた。

「季節への抵抗、だよ」

待ってたよ!秋のひんやりとした風が湖をなで、一匹の鴨が森のほうへと飛び去った。


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