主人公はハイイロギツネ

「阿呆な子どもが月の上にいるとする」

暖冬に咲いた桜のような阿呆な顔をしていたマトリョーシカ・マトリョーシカが言った。

「月の上というのが難しいわね」

落とし穴の底で大きなカントリーマアムをむしゃむしゃ食べていたオチ・ヨウコが答えた。

知的に寝そべる水色の空からは霧吹きから撒かれたような小雨が降り落ちていた。

「どういうふうに?」とマトリョーシカ・マトリョーシカが訊いた。

「なんだか銅色の海がどこまでも広がっているのに、そこから金メダルを見つけなさい!とごっつい体育教師に言われてしまったみたい。おほほのほ」とオチ・ヨウコが微笑を浮かべて言った。

「それは難しい!沈んでいかないようにね」とマトリョーシカ・マトリョーシカがチョコパイを落とし穴に投げ込んで言った。

「ありがとう。ところできみはいったい誰?」とオチ・ヨウコは穴の上にいるであろうヘンテコな一人の人間についてもう少し知りたがった。

「僕かい?」

「そう、僕」

「マトリョーシカ・マトリョーシカ・マトリョーシカ!」

「……」

「……あれ、眠ってしまった?これは、あの、よくある大学の授業とかじゃないぜ?」

「阿呆な名前ね」

「うっぷす。季節を間違えた花のよう」

落ち葉が一枚、土に溶けた。


その夜、活きのいいスッポンを口にくわえたハイイロギツネが落とし穴のそばを通った。細い雨の向こうにはひっそりと白い月が照っていた。

「これは落とし穴だろうか?」と落とし穴の底にできた水溜まりを覗きながらキツネが訊いた。

スッポンはのんびり手足を動かしながら答えた。

「月の小人の隠れ家やな」

キツネは大きなあくびをして夜の闇に隠れる月の小人を探した。スッポンはキツネのあくびで穴の底に落っこちていた。

キツネは悲しくなった。

「ああごめんね」

スッポンは笑って答えた。

「全然ええで。ここの水なんか気持ちええし」

「また来るよ」

「またおいで」

キツネが去った後、スッポンはどこか見覚えのある真っ白な月を見つめていた。それは不自然なほどに強烈に真っ白だった。

スッポンは高い空に漂う月に向かって柔らかな朝陽のように微笑んで尋ねた。

「なあ、お月さま。わいが月の小人でええか?」


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