アルパカのごあいさつ

少年の記憶から一匹残らずセミが消え失せた寒い夜、一日中何もしなかった僕は街から抜け出し川沿いを歩いていた。水辺にはススキがその川の主の河童の結婚式を祝福するみたいにずらっと整列していて、風音に隠された植物のささやきは月の光に退屈する星の眠気みたいだった。僕はふかふかな毛布にくるまって熱々のカップヌードルを食べたくなった。

まだ姿をあらわさない冬の大三角を待ちわびるみたいに夜空に線を描いていた彼女はとても眠たそうだった。瞼の下に少しみえる彼女の瞳と星くずは宇宙の果てがみえるくらいに澄んでいた。

「どうしてそんな眠たそうな顔をしているの?」と僕は訊ねた。

「だって夜だもの」と彼女は答えた。

「なんだかアルパカのあいさつみたい」

「アルパカは喋らないよ、たぶん」

川の向こうで輝く街の光は真面目な国の時刻表みたいに並んでいる。時々、綺麗な花火があがる。極彩色の服を着た犬はそれをドヤ顔で無視する。


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