どこもかしこも駐車場

夕方5時ごろ。

ホームの階段を駆け上がると、ちょうど列車は進み出していた。動く車両の中に見えたのは、人、人、人。満員超越列車、出発進行。けれどよく見ると、ほとんどの席、空いていた。

空席を運ぶ列車。乗れたかもな。

次の列車まで100年。誰もいないホーム、ベンチに寝ころがる。やっぱり補欠なんだ。

重いリュックを背中からおろし、レシピ本とボウルを取り出す。業務スーパーで買った3割引の小麦粉と卵も。

左手にボウルを抱え、レシピ本は読まずに材料を投入し、かき混ぜる。右手を動かしながら線路を眺めていると、レールと枕木がサカナの骨のように見えた。秋であったらサンマ、けれど今は、ハタハタかな。

とか思っていると、納豆をかき混ぜながらレールの上を二宮金次郎みたいに歩く女が現れた。

「わたしはね、だれよりも真剣に納豆をかき混ぜる」

そう言って彼女は僕の前をそのまま通り過ぎようとした。

僕は迷った。この人は素通りさせていい人種か?

一応、僕はレシピ本の後ろの方のページを読んでみた。

納豆に合う食べ物は、あまり多くない。たぶん。

なるほど。


僕はボウルの中身をこぼさないように、慎重に線路へ飛びおりた。少し飛び散って服が汚れたけれど、あまり気にしなかった。

そして、彼女の後ろについて行くことにした。

彼女は僕の方を振り向くことはせず、歩きながら「レシピ本を読んだの?」と僕に訊いた。

「読んだ」

「読んだ?」

「読んだよ」

「そう」


その夜、カラスの巣みたいな休憩所を見つけた僕たちはそこで一眠りした。中には、森山直太朗さんの看板が捨てられていた。

次の日の朝、彼女は歌いながら歩き始めた。

どこも〜かしこも〜駐車場だね〜

どこもかしこも駐〜車場だよ〜

どこも〜かしこも、駐車場だわ〜

どこもかしこも駐〜車場だぜぇ

……

「きみは火星に帰りたいの?」と僕は訊いた。

「わたしは地球人だよ」

「だよね」

「でも、火星も駐車場ばっかりかもね」



僕たちはそのまま歩きつづけた。何度、日の出と日没を繰り返したかはもう覚えていない。けれどこれだけは確かに言える。

一人は納豆を、一人は小麦粉と卵を、真剣にかき混ぜながら歩いていた。

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