パグの日記(5)

僕の視線はプラスチックボールが鉄の壁にぶつかった時のように薄っぺらい感情をのせたまま跳ね返った。空しい音は月曜日の下水道から聞こえるような音に層を重ね街全体いやハンモック浜全体に染み渡っていった。すべての喜びを奪うのを忘れずに。けれどボールはすぐにこの物語の当初から予定されていたかのように空に浮かぶ綺麗な放物線の上を晴れやかな波の音とともにころころと転がりつづけそのままどこかへと消えていった。

恐怖的驚きと感動的驚きが突如として入り混じり回転し始めた僕の心は凄まじい環境の変化についていけてなかったけれど僕自身もその心についていけなかった。パグ男はそんな僕を当然だというふうに真面目な顔をしながら僕の目をじっと見つめていた。それは混迷の底から空を見上げるような顔でかつなにか愛らしさみたいなものを含む顔であった。そして底と空の間に僕を見つけたパグ男は水色のハンモックに隠し置いていたパグのぬいぐるみを手に持ちそれを僕に向け次のようなことを言い出した。

「えーえー……あぽぉーあぽぉー……びーびー……ばなーなばなーな……しーしー……しーしー……しーしー??…………マッキントッシュ!」


長い沈黙がハンモック浜に訪れた。すべての音が生まれた瞬間死んでしまっているようであった。そして生死の繰り返し、生死の行き来にもう飽きているようであった。街の車が消え列車が消え人も消え世界中のなにもかもが動いていないようであった。ようやく一つの信号が点滅し始めた時、僕の口はぎこちなく動いた。

「おー、まい、がー」声は自分にも聞こえないほど小さくほとんど唇だけが活動していた。そして永遠に英会話に憧れる人の満足気で下手くそな英語だけを漏らしていた。それはたぶん目の前のパグ男のわけのわからない英語のせいなのは間違いなかったのだけれど、それ以上に自分の身体の中で何かが渦巻くような感覚に襲われそれを理解できない自分への無残な一時的な対処の結果であった。パグ男は真面目な顔をしたまま手に持っていたぬいぐるみにこう喋らせた。

「どうしてしーしーの後にマッキントッシュって言ったかわかりますか?」

「…………」

「わかりますか?」

「マッキントッシュ?」

「マッキントッシュ。言いたくなったんです。無性に。なぜかはわからないですけれど」

「なぜかはわからない。なぜかはわからない……」

「君の"パグ男"ってやつもそうですよね?」

なんだか僕は気づかぬうちに疲れ目を閉じたくなっていた。僕の内部でなにかが渦巻きつづける音をあまり今は聞きたくなかった。物や時間の移動に急かされ振り回され無性、無意識に応対できる自らの状態をうまく想像できなかった。

それは外から見ても内から見ても、だ。特に、特に、内から見たらひどい。

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