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あの頃の夏の美学

夏のよく晴れた朝にまだ眠たそうな湖のそばに行くと深い生命的な青さをつたって無邪気で不安定なピアノの音がきこえてくる。きっと若きだれかが黒柳徹子みたいな笑顔で軽快に指を光らせているのだろう。特徴的な笑い声が青に澄んだ町の上を数匹の鳥と見事に混ざり合い虹に溶け込む星クズのように優雅に舞う。季節外れの凧揚げ、陽光の花火、上沼恵美子のおしゃべり、どれも人間と猿の違いの説明を熱心に求める少年の純粋な瞳のようにキラキラしていた。

いつもならおばさまたちのオペラがきこえてくる市民会館の窓は閉じられていて今はただ室外機の叫びとアブラゼミの震えがぐるぐる街の中をまわっている。耳をすませばこの夏に新しさと懐かしさを求める若者の声がスタッフの笑い声みたいにきこえて、目を閉じれば昨夜のヒグラシの声が思い出される。狭い木陰で昼寝中の黒柴のおでこにペンギンの眠気が少しだけ見えた。

どこかの優しいおばあちゃんがつくった塩おにぎりみたいな入道雲が悠々とひこうき雲のとなりを泳ぎひとりぼっちの群衆は美しい靴を履いてぴかぴかな服を着て薄汚れた空気をパクパクして味のしない景色をゴミ箱に捨てこれもだあれもだとモンドセレクション金賞を与える。そしてどうしようもないことばかりに人工的な涙を流す。

蚊取り線香は哀しそうに畳の上に渦を巻いている。窓の外は冷たい雨が降っている。あの頃の夏空は、寂しさを忘れたカカシたちは、今何をして過ごしていますか。

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