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第82期A級順位戦 最終一斉対局「将棋界の1番長い日」展望

今年も熱く長い1日になること必至

8つある将棋タイトル戦の中で最も長い歴史を誇る名人戦。名人の称号を得ると竜王と並び序列最高位となり、段位免状にもその直筆署名が入り、文字通り将棋界の顔ともいえる存在だ。
そして名人戦への挑戦者を決めるA級順位戦は、6月から10人総当たりのリーグ戦を戦い、最終9回戦の一斉対局は今年も徳川慶喜公の屋敷跡として由緒のある静岡市・浮月楼で2月29日に開催される。

今年のA級順位戦は例年になく混戦模様で、8回戦が終了した時点でまだ挑戦者も降級者も決まっていない。10人のトップ棋士によって紡ぎ出されるストーリーは全32通りのマルチエンディングだ。
一斉対局では他の対局次第で順位が大きく変動することもあって、その条件が気になるかたも多いだろう。棋士先生毎に条件をまとめたのでこれを読んで観戦をお楽しみ頂けたら嬉しい。

対戦表と最終順位シミュレーション

今年は同星の4勝5敗で最多6人(渡辺・広瀬・斎藤・稲葉・佐藤・中村)が並ぶ可能性がある。よって最終結果も勝敗によっては最大で実に6位もの変動幅となる。
挑戦の可能性がある3人(豊島・永瀬・菅井)と今期順位1位の渡辺九段以外の6人の先生方にA級から陥落の恐れがある。陥落すれば通称“鬼の棲家”と呼ばれる過酷なB級1組が待ち構えている。
持ち時間6時間は棋戦の中でも1日単位では最長となる。先生方は挑戦や残留を懸け、今期の総決算として1つでも上の順位を目指して、負けられない戦いに臨まれることだろう。

※最終順位は来期順位戦の順位ではなく今期のリーグ結果
※来期の1位は名人戦の敗者(藤井名人か挑戦者のどちらか)

渡辺明九段(今期順位1位・前名人)

対戦相手は広瀬章人九段で先手番。8回戦を終えて4勝4敗と、前名人の肩書きを持ってしても勝ち越しがいかに難しいのかを知らされるのは将棋界最高峰のA級順位戦ならではと言える。既に残留は決まっており、ここで勝利すれば来期の挑戦を見据え、好位置からスタートを切ることができる。

広瀬章人九段(今期順位2位)

対戦相手は渡辺明九段で後手番。前期では藤井聡太竜王と挑戦プレーオフを争い、A級連続10期を誇る実力者の広瀬九段も今期は苦戦している。1勝後に5連敗を喫し大ピンチのところを、7、8回戦で2連勝と盛り返して3勝5敗まで漕ぎ着けたのはさすがの底力だ。順位が良いため勝てば無条件で残留だが、負けて3勝6敗が広瀬以外に1人しかいない場合に陥落となる。A級11期目に向けての戦いとなる。

豊島将之九段(今期順位3位)

対戦相手は菅井竜也八段で後手番。今期はスタートから唯一無傷の6連勝。7回戦で1つ星を落とすも、8回戦(通称ラス前)では2敗で追走していた菅井八段が敗れ3敗となったため、勝てば最終局を待たずして挑戦が決定し、78期以来4年ぶりの名人戦の舞台だった。しかし将棋の神様は最後まで豊島九段に対し、手を緩めてはくださらなかった。
とはいえプレーオフ以上は確定している。今年もまもなく名人戦の開催地が発表されるが、春の風物詩とも言えるホテル椿山荘東京での開幕はおそらく確定だろう。桜花爛漫の椿山荘に佇む豊島九段を今年こそは観られるか。

永瀬拓矢九段(今期順位4位)

対戦相手はA級初参加の中村太地八段で先手番。今期は王座戦で失冠したものの、各棋戦で順調に勝ち進んでおり、負けない永瀬将棋は健在だ。
SNSでは推し棋士をアイコンで示して好意を表現するかたがおられるが、バナナや鬼、亀が永瀬九段を表す。亀というよりはスッポンのような食らいつきをみせて勝利できるか。勝敗に関係なく残留は確定済みで、勝てば菅井八段→豊島九段とのPOの可能性もある。

斎藤慎太郎八段(今期順位5位)

対戦相手はA級初参加の佐々木勇気八段で先手番。第79期、80期と連続で挑戦者となった斎藤八段も、今期はA級陥落の危機に瀕している。8回戦では勝利すれば挑戦決定の豊島九段に待ったをかける形で意地をみせた。最終局は勝てば残留、負ければ陥落とまさに天国と地獄。A級の先輩棋士として佐々木八段へ洗礼を浴びせることができるだろうか。

菅井竜也八段(今期順位6位)

対戦相手は豊島将之九段で先手番。今期は叡王戦と王将戦の2つのタイトル戦挑戦者となり、A級棋士唯一の振り飛車党として気を吐いている。奇しくも2年前、第80期順位戦の最終一斉対局と同一カードとなったが、私は終局の27時18分、浮月楼の大盤解説会場にいた。対局開始から18時間もの両者の死闘はおそらく一生忘れないだろう。今年は果たしてどうなるか。勝てば豊島九段との(永瀬九段が勝てば永瀬九段とも)PO進出となる。

稲葉陽八段(今期順位7位)

対戦相手は佐藤天彦九段で先手番。第79期にA期を陥落するも、最短の1期のみですぐに返り咲いてのA級参戦は、名人挑戦経験もある実力者であることを示すに十分だ。その7年前の第75期名人戦と同一カードである。あれから7年の歳月を経た2人がどのような将棋を指すのか。稲葉八段も斎藤八段と同様に勝てば残留、負ければ陥落となる。ヒリヒリするような勝負となるだろう。

佐藤天彦九段(今期順位8位)

対戦相手は稲葉陽八段で後手番。ご存知の通り貴族の愛称に相応しく独特のオーラでファンを魅了する。今期は振り飛車に挑戦するなど話題にも事欠かない。A級は第74期から連続9期目(うち3期は名人三連覇)。順位が苦しく、負けても残留の可能性はあるが冒頭に書いた4勝5敗勢が横並びになった場合に下位になってしまい、陥落の可能性がある。勝てば順位も大きく上がるので、スッキリと勝利で残留を決めたいところだ。

佐々木勇気八段(今期順位9位)

対戦相手は斎藤慎太郎八段で後手番。今期A級初参加で8回戦を終えて3勝5敗はそこまで悪い星取ではないはずだが、今期は混戦のため負けると陥落決定となる。陥落の可能性がある6人の中では唯一佐々木八段だけが、勝っても順位に泣かされ、上位者が残留を決めると頭ハネで陥落の恐れがある。
4勝5敗は例年なら残留レベルだと思われるが、それだけ実力伯仲しており、僅差で競い合っているということがわかる。

中村太地八段(今期順位10位)

対戦相手は永瀬拓矢九段で後手番。今期は満を持して初のA級参戦である。8回戦では今期順位1位の渡辺九段に勝利し、この勢いに乗って最終局も突破できるか。
将棋以外でも棋士会や新将棋会館のクラファン委員として世話役を引き受け精力的に活動しておられる。将棋界のためにと尽くすそのお人柄の素晴らしさからも応援したくなってしまう先生のお一人だ。負けると順位からも陥落の危険性が出てくるため、勝って残留を決めたい。

先生方、どなた様もどうか良い将棋を

挑戦、残留条件について書いてきたが、錚々たるトップ棋士の先生方が10人集まり、過去にタイトル戦の開催地にもなっている美しい浮月楼で一斉に将棋を指され、それをワクワクしながら観戦できる事自体が本当に素晴らしい。
挑戦や残留、陥落が決まる激動の1日を、先生方にはどうか全員が体調万全で悔いの無い将棋を指されますようにと、今から祈るような気持ちで楽しみに待ちたい。

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