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真夏の夜の将棋甲子園〜第5回ABEMAトーナメント本戦〜

プロ将棋棋士による団体戦、第5回ABEMAトーナメントの本戦トーナメントが7月30日に開幕した。例年通り7月末から9月末にかけて、予選を勝ち抜いた10チームが優勝をかけて毎週土曜日に生放送で対局する。

持ち時間5分、1手指すごとに5秒加算されるフィッシャールールは、数十手先まで読みあう持ち時間の長い棋戦とは違い、スピーディーな展開のスリルや咄嗟に繰り出す勝負手の迫力に、将棋初心者の私でも時間を忘れて夢中で観戦してしまう。

開幕局の対戦カードは、チーム豊島TMFと、チームエントリー下克上。下克上、などと謙遜したネーミングだが、東西地区トーナメントを1敗もせず勝ち抜けてきた、いわばフィッシャーエリート集団である。同じ関西所属、同時期に奨励会を過ごしたこともありチームワークも抜群で、私の戦前予想ではかなりの強豪だと感じていた。

私は、過去2回大会を予選敗退していた豊島将之九段のチーム豊島に、並々ならぬ思い入れがあった。豊島さんを予選で終わらせるわけにはいかない、必ず本戦へ連れて行くと、深浦康市九段が闘志溢れる戦いぶりをみせ、豊島先生にとっては初めての本戦出場だったからだ。

しかし、大変お気の毒な事にその深浦先生が、本番10日前に新型コロナウィルスに感染され、復帰初戦が本番当日となってしまったのだ。

症状が回復されたとはいうものの、ほとんど将棋に触れる事も出来ずに調子を上げていくことがいかに困難であるかは容易に想像がつく。予選からは時間も経っている。歴戦の雄である深浦先生といえど、勘を取り戻す練習もままならずに本番を迎え、かなりプレッシャーを感じておられただろう。

そこで奮起したのがリーダーの豊島先生だった。初戦、2戦目と相手のリーダー折田翔吾四段に勝利、連投となった3戦目も冨田誠也四段に勝利と、破竹の3連勝で一度は4勝2敗と王手をかけた。

連投も含め、豊島先生らしい強い責任感で臨まれたのだろう。この週、月曜日に王座戦挑戦者決定戦の大一番、木曜日に王将リーグ入りをかけた二次予選と公式戦を2局戦っていた豊島先生が、試合前のインタビューで「昨日は時間があったので練習してきた」と仰ったことに私は仰天した。

豊島先生は翌週には順位戦、2週間後には王位戦第4局と超多忙なスケジュールである。とても練習時間が空くとは思えない。おそらくギリギリまで時間を割き、チームの為にとフィッシャールールに照準を合わせてキッチリと準備をしてこられたのだ。

どんな時でも物事に対して真摯に取り組む豊島先生を尊敬してファンになったが、改めてその意識の高さとチームメンバーを想う優しい気遣いに胸を打たれた。

しかし、フィッシャー精鋭、予選では優勝候補のチーム藤井を破っての本戦進出を決めたチームエントリーがここから怒涛の追い上げをみせる。
第7局、第8局と勝利し、4勝4敗となってついに勝負は最終局の第9局へともつれ込んだ。

奇しくも予選のチーム山崎戦と全く同じシチュエーションで、チームの命運は深浦先生に託された。
対するはリーダーの折田先生。この日豊島先生に2敗しており、自身の3戦目は何が何でも勝利しかないという覚悟で臨まれただろう。

後からTwitterのチーム豊島アカウントで深浦先生がツイートされてわかったのだが、これも当初からの作戦だったそうだ。フルセットになったら最終局は深浦先生に、と。

そして偶然にもチームエントリーも、最後は折田先生と決めていたらしい。強い信頼関係で結ばれたチーム同士の戦い。想いの強い方が勝つ。その言葉がぴったりの深浦先生か、プロ棋士になるまでの長い道のりを不屈の精神でひたむきに歩んだ折田先生か。

二転三転、揺れ動く勝負の行方に一喜一憂しながら、2人の戦いは200手を超える大熱戦となった。折田先生が僅かに抜け出した。粘り強い闘志の人、深浦先生もついに弓折れ矢尽きたが、チームの魂が乗り移ったかのような指し回しは圧巻だった。終局後はただただ拍手することしかできなかった。

チーム豊島は敗退が決まったものの、豊島先生は試合後のインタビューで、丸山先生、深浦先生から学んだ事をこれから活かしていきたい、と力強く話しておられた。

ドラフト会議の時に、ベテランの先生方から学びたいと仰ってお二人を指名された豊島先生。チーム結成後から自分の調子も上向いてきたと嬉しそうに話されていたのが印象的だった。

昨年竜王と叡王を失冠し無冠となった豊島先生。一心不乱に打ち込んできた事に結果が出ず、少なからずもご自身の道標を一瞬見失ったような不安なお気持ちはあっただろう。

豊島さんらしく、どんどん攻めてくださいよと笑顔で温かく励ましてくれるお2人の大ベテランの先生方との交流を通して、たくさんの気づきと学びが得られた結果、豊島先生は本来の隙のない強さを取り戻された。この日の3連勝は、それを予感させるに十分だった。

何かに行き詰まった時、人との出会いがきっかけとなり好転していくことはよくある。悩んでひとりで解決することも素晴らしいが、誰かがかけてくれた言葉ひとつで面白いようにスランプを脱出したり、道が開けたりする事は決して珍しくない。

チーム豊島のTwitterでの深浦先生のツイートが素敵だった。

最後の二行に深浦先生のお気持ちが凝縮されていると感じた。豊島先生にとってそうであったように、深浦先生にとってもこのチーム豊島で過ごした半年間はキラキラとしたかけがえのない経験に満ちていたのだろう。

将棋以外にも豊島先生の王位奪取を願って丸山先生とお百度参りをしたり、苦手なお化け屋敷からの脱出ゲームに挑んだり。3人で積み重ねた経験が、結成当初は若干ぎこちなかったチームメンバーにいつしか強い絆を結んだ。

それはきっと丸山先生にとっても同じで、王位戦第2局の日、ご自身の対局室に「お〜いお茶」を3本も持ち込んでおられた。離れていても心はひとつだと。それを見た瞬間はチーム豊島の結束力になんだか涙が出てしまいそうだった。

本戦の解説を担当した高見泰地七段は、ABEMAトーナメント本戦は甲子園みたいだと仰っている。チームリーダーはタイトルホルダーとA級棋士なので入れ替わりもあり、ドラフト会議もあるので翌年も同じメンバーが揃うとは限らない。
そして、トーナメントなので負けたらそこでチーム解散となる。

このチームメンバーで長く戦いたい。そんな青春時代みたいな思いで先生方がこの本戦トーナメントに参加されるからこそ、真剣勝負に拍車がかかり、白熱した名局が生まれ、感動を呼ぶのだろう。

翌日の日曜日、私はLAWSONで購入した第5回ABEMAトーナメントオリジナルフォトブックに、チーム豊島の先生方のブロマイドを大切にしまった。この夏、胸を熱くしてくれたチーム豊島TMFの事を、活躍の記憶と共に封じ込めたかったのだ。

チームは解散しても、先生方は想い出を胸にそれぞれの道を進んでいかれるだろう。先生方から頂いた感動に感謝して、私も日々の出会いを大切にしながらずっと前を向いて、先生方に負けないように頑張っていきたい。

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