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お見舞いとノイズと読んだ本

昨日、新世界の散髪屋に髪を切りに行った後、西淀川区のイスラムのモスク「大阪マスジド」を見に、はるばる自転車を走らせて、帰宅したのが15時半くらいだっただろうか。それから赤ワインの「SIEMPRE」を飲みながら「本当に恐ろしい中国の歴史」を読んでいると、いつものように寝落ちしてしまう。何度も目が覚めて続きを読むのだが、いつの間にか眠ってしまい、面白い夢(夢の中身は起きたら忘れてしまうものである)を見るを何度も繰り返して、よっこらしょとちゃんと起き上ったのが5時半だった。
モーニングコーヒーを入れて、寝起きの一服を吸って、セックス・ピストルズの「Never Mind the Bollocks」や「The Great Rock'n'roll Swindle」のCD(どちらもブックオフオンラインで100円だった)を聴きながら「インド滞在記」の最後の2章をブログにアップする。「インド滞在記」はこれで終わりである。明日からは、高校時代を北海道の函館で過ごした「函館日記」を連載予定。どれくらいの長さがあるかとwordの元ネタを確認すると、75ページ、トータルの文字数で87,952文字なので「インド滞在記」の半分の長さだ。それでも章にすると49章あったので、1日2章ずつアップするとしても25日かかる。
今日の予定は9時から訪問看護師さん、11時にヘルパーさんが来たあとはまたYの面会に岸和田の精神病院まで行かなければならない。ヘルパーさんに何を作ってもらおうかと考えても、その日の業務スーパーのお買い得品を見ないことには決まらない。アスパラが安ければアスパラの卵炒めでも作ってもらうのだが・・・
Yに持ってきてほしいといわれたものは昨日のうちに準備し終えた。問題はテレホンカードが足りるかという問題。一応、Mさんと片腕のYちゃんの協力で105度数のカードを7枚と50度数のカード1枚を用意しているのだが、Yは平気で公衆電話から携帯電話にしょっちゅう電話をかけてくるので、合計7500円分のカードがあっという間になくなってしまう。精神病院は、携帯電話の持ち込みが厳禁なので、仕方がないともいえるが、それにしては使いすぎである。
7時を過ぎたところで、ボーカロイドの初音ミクをフィーチャーした非常階段のアルバム「非常階段 starring 初音ミク/初音階段」のCDを聴きながら、大阪の再開発関係のブログをチェックする。ちなみに、このCD、ジャケットだけを見るとアニメのCDのように見えるのだが、何せ非常階段だ。非常階段は、1979年にJOJO広重と頭士奈生樹によって京都で結成された世界初のノイズバンドで、ノイズマスター、キング・オブ・ノイズなどの異名を持つ。アニメのCDだと思って聴いたら卒倒すること間違いない。
この手のバンドでは、1977年にスロッビング・グリッスルが発表した1stアルバム「The Second Annual Report」から始まったインダストリアル・ミュージックの流れの中で、後にパワー・エレクトロニクスというノイズのジャンルの一翼を担うことになるホワイトハウスがいて、それと双璧をなすものだが、ホワイトハウスは2000年代までに活動停止していて、現在も活動しているのは非常階段だけだろう。
9時前になって玄関のチャイムが鳴ったので、訪問看護師さんが来たのかと思ってインターホンをとるとMさんだった。「あれ?なんで?」と思ったら、何度電話してもつながらないから心配して様子を見に来たとのこと。電話を確かめたらYからも10回以上の電話が入っている。確かに、昨日はワインを飲んでそのまま寝落ちしてしまったので、けっこう早い時間に寝てしまったが、起きてからの電話には気づくはずである。まあ、けっこう大きいボリュームでノイズを聴いていたが・・・
Mさんが来たと同時くらいに訪問看護のTさんがやってきた。それと同時にYからも電話がかかってきたので、同時に3人の人と対応しなければならず、ちょっと焦った。Yからは退院が今月の28日になりそうだとのこと。入院計画書に、入院期間1か月とあるので、ちょうど1か月で退院できる見込みらしい。トラぶったMのオッサンも警察や役所から注意されたのだろう。警察に通報してから来なくなった。Kを通じて私にも謝っていたということから、もうYの退院を阻害する要因はなくなった。
訪問看護のTさんに熱と血圧と胸の音を見てもらうと特に異常はなかった。風邪かな?と思って、PL顆粒のジェネリックだと思って飲んでいたサラザック配合顆粒を調べてもらうと、PLとは関係ないが、一応総合感冒薬だというので、飲んで間違いはなかった。
1時間ほどMさんとTさんとダイエットや健康管理のことなどを話して、2人ともいなくなったので、急いで業務スーパーへ買い物に向かう。11時にヘルパーのTさんが来るのでおかずの材料を買っておかねば。もちろん、赤ワインの「SIEMPRE」を買うのも忘れない。今日はシメジとえのきだけが安かったので卵との炒め物を作ってもらった。
ヘルパーさんの掃除も終わったので、荷物を持って天王寺に向かう。天王寺で枝豆と野菜ジュース(病院に行くのにビールは飲めない)を買って、阪和線ホームへ行くと、日根野行き区間快速が発車間際だったので飛び乗った。堺市までは座席が空いてない。堺市で座席が空いたので、一人掛の座席に座って枝豆を食べ始めた。区間快速は鳳から各駅になるのだが、そんなにのんびりともできない。あっという間に下松についた。病院の送迎バスが来るまで煙草を吸ったり、「夢街道アジア」を読む。
Yとの面会はこれで何回目だろう。来るたびに荷物を持ってくるように頼まれるが、退院日が概ね決まったので、追加荷物は今日で最後だろう。後はテレホンカードくらいか。10月28日退院ならあと10日。退院の日にはMさんが車で迎えに来てくれることになっている。Mさんの仕事の関係もあり、退院日を確定して、時間も決めてしまいたくて、病院のケースワーカーさんの話を聞こうと思ったが、時間切れで聞けなかった。
帰りのバスは下松ではなく、久米田まで乗る。天王寺から下松までは470円だが、久米田までだと400円で来れる。行きは送迎バスの関係で下松を使うしかないのだが、帰りは久米田から乗ることにしている。たかが70円だが、されど70円である。積もり積もれば山となる。駅前のファミリーマートでプライベートブランドのビール2本とつまみを数点買ってホームに行くと区間快速がすぐにやってきた。タン塩をつまみながらビールを飲んでいるとあっという間に天王寺についた。まだ1本目も飲み干してない。
事前に予定していたことだが、キューズモールに行って、フードコートで「夢街道アジア」を読みながら残りのビールを飲み、天かすを大量に投入したかけうどんの中を食べて家路へ向かう。Yが入院してからまともに本が読めてなかったので、本格的に読書を再開しようと思って赤ワインの「SIEMPRE」を飲みながら「夢街道アジア」を読んでいると、いつものように知らず知らずに寝落ちしてしまう。それでも途中何度も起きては読んでいたので、文庫本の「夢街道アジア」は1日で読み切ってしまった。

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