阿木譲
流石にちゃんと処方されている向精神薬を飲んだおかけで、昨日の夕方から朝の3時まで熟睡してしまった。こんなに寝たのは久しぶりである。やっぱり薬はちゃんと処方通りに飲まないといけないな。今日のブログの記事を投稿したあと、「インドヒマラヤのチベット世界」を読んでいたのだが、何度か寝落ちしてしまう。はっきり覚醒したのは6時半だった。コーヒーを飲んで、時々キャメルシガーのメンソール(最近、またタバコを変えた。といってもシガーなので葉巻であるが)を吸いながらツイッターをチェックする。
今日もまたブックオフオンラインで買ったコミック14冊が届くことになっている。たまにはテレビでも見るかと思ってつけてみると、くだらなかったので消してしまった。ハウスのCDをBGMに阿木譲の「イコノスタシス」というニューウェーヴ、インダストリアルのレコードの紹介しているB5判の函入り単行本をパラパラ見ながら荷物を待つことにした。この本、1700枚のレコードカタログによって、80年代音楽の潮流を網羅しており、この一冊によって完璧にイギリスを中心とするヨーロッパ音楽が把握できる。
阿木譲は大阪を活動拠点に活動した音楽評論家、編集者、またDJやエディトリアルデザイナーで、1975年4月2日から1978年3月までラジオ番組「ファズ・ボックス・イン」でDJをつとめ、同番組で雑誌編集を企画し若者に呼びかけ、集まってきた三田村善衛、渡辺仁らと共に、1976年2月、阿木を編集長に「ロック・マガジン」を創刊した。この雑誌のディスクレビューでクラフトワーク「THE MAN MACHINE」の評においてテクノポップという言葉を初めて使用したことがよく知られている。1978年に、日本初のインディーズ・レーベル「ヴァニティ・レコード」を設立し、関西のバンド「DADA」「Aunt Sally」「EP-4」らのアルバムをリリースしている。80年代は新しい雑誌「EGO」(私はこれのNo.8とNo.9を持っている)で再びイギリスの音楽動向の歴史的、概念的な掘り下げに向かう。また、アメリカ村に「NEU」(ノイ)というレコードショップをオープンさせていて、私は何度か行ったことがある。1986年に結成されビョークのソロ活動とともに1992年に解散したシュガーキューブスのCDをそこで買ったのが思い出だ。またここでTechnotronicの「Pump Up The Jam」を初めて聴いた。1990年に石野卓球がロクにできもしないのにDJをしに行ったこともある〈M2(Mathematic Modern)〉、1993年に〈cafe blue〉をオープンして、ダンスカルチャーへのシフトチェンジを図っていき、「E」という、「イコノスタシス」のクラブミュージック版のような本も出している。2000年代からはレコードレーベルpersonnages recordingsのプロデューサーを務める傍ら、クラブミュージックマガジン「infra」、「BIT」を創刊し、さらに大阪にヴェニューnu thingsを開店(同店が移転後、environment 0gとなった)。この日記を書くに当たり、ウィキペディアを見てみると、2018年10月21日に亡くなっている。享年71歳。合掌。
12時前に荷物が届いて、それから23時からのNHKの韓流歴史ドラマ「不滅の恋人」が始まるまで一眠りしておこうかと思ったが、余った薬がない。仕方がないのでハウスのCDを聴きながら「インドヒマラヤのチベット世界」を読むことにする。途中、Yがやってきて、スナックのツケを届けて欲しいという。お礼にワインを1本持ってきた。昨日に引き続き今日も飲んでしまうが、まあいいか。
「インドヒマラヤのチベット世界」では、いま、埋蔵経発掘者(テルトン)のトゥルシュク・リンパの事跡のところを読んでいる。ボン教やチベット仏教(特にニンマ派)には、テルマ(隠された宝)伝わる聖典群と呼ばれる聖典群が存在する。それを発掘したのが埋蔵経発掘者(テルトン)である。テルトンはほとんどの場合、チベットに密教を伝えたパドマサンバヴァの弟子の化身とされる。代表的なテルマとして「チベット死者の書」として知られる「バルド・トゥ・ドル・チェンモ」がある。
パドマサンバヴァと、彼の弟子にしてダーキニー(修法のパートナー)のイェシェ・ツォギェルが、将来テルマの発掘者テルトンが適切な時に発掘できるように、地中や弟子たちの心の中に埋蔵した霊的な宝物とされ、「大地のテルマ(sa gter、サテル)」と「霊感のテルマ(dgongs gter、ゴンテル)」の二種がある。
「大地のテルマ」は、山河や岩など自然の地形や、寺院などの建築物の中に隠された物理的な物体(仏像や巻物など)を用いるテルマであり、テルトンがそれを発見した後、霊感によって解読し、宝物の言葉と意味を文字に筆記したものである。「霊感のテルマ」は、物理的な物体を用いないテルマであり、パドマサンバヴァの弟子たちの心相続(英語版)の中に隠され、その化身とされるテルトンが、霊感の中で自らの心に明瞭に生じた宝物の言葉と意味を文字に筆記したものである。彼らは宗教的な夢や瞑想中のヴィジョン、インスピレーションに導かれ、テルマ発見に至るのだという。
チベット仏教のなかでも、リメー運動(19世紀の東チベットで興った超宗派運動)の強い影響を受けるニンマ派、カギュ派、サキャ派からは、現在までパドマサンバヴァの弟子たちの化身が多数現れて膨大な量のテルマを発掘して来たが、リメー運動の直接的な影響を受けなかったゲルク派からはテルトンはほとんど輩出しておらず、テルマの伝統は発展しなかった。