提案

 バンドがしたい。これはなんやかんやずっと思っていたことだ。だけど、自分は趣味じゃなくて仕事でバンドをしたい。というか、そんなバンドの形に憧れている。
 まず第一に、何度も名前を出してきたが、くるりの存在である。メンバーを取っ替え引っ換えしたりする様を『ブラック企業』だなんて揶揄されたりするが、自分はハッキリ言うとそんな活動形態に憧れてきた。その時のやりたい気分によって、メンバーが変わっていく様。もしくはメンバーによって曲の解釈が変わっていく様を観るのがとても好きだ。『ばらの花』とか『WORLDS END SUPERNOVA』がメンバーによってCDとアレンジが変わる様が衝撃的だった。
 そんな衝撃を高校生の頃に受けている際に星野源や米津玄師が現れた。何も自分がやりたい活動の形にバンドという名前を付けなくて良いんだと思った。ライブ・スタジオワーク等々、自分でプロデュースすれば良いのだと思えた。
 つまるところ、仕事で共同制作がしたい。それは完全に『バクマン。』の影響だと自覚している。

 5年前、自分がボカロPになった時、初めて自分の作品が公共の場に放たれた時、衝撃を受けた。音楽の触れられ方の違い、種類、それらが自分の生きてきた道と全く違うことに。自分がオケに偏重気味なのは理解しているし、比べて世間は歌とか歌詞を重要視しているのは一般論として知ってはいたが、MVから興味を持つ人間というのは、自分とは全く違う宇宙の存在に感じられた。しかし、心の種類が違うだけで、向いている方角自体は一緒なんだなぁという直感はあった。それはそこから創り始めた絵師や動画師と音楽を創り始めた自分が出会ったからだ。
 ボカロ及びインターネット同人音楽の良さはきっと純粋な音楽の外にある。音楽のみをじっと見つめるような青春を過ごしたから、ケッと思う気持ちも分かるし、それはそれで面白いんだとも気づいた。『バクマン。』だから。バンドだから。MV制作というのは新しい形のバンドなのだ。
 
 自分は映像作家に依頼する時、一緒に苦しんでくれるか、一緒に成長していけるかをとても重視する。勿論、金銭の授受は発生しているが、伝わっていようがいまいが絆みたいなのは大事にしている。こちらも曲を書くにあたって、制作費以上の何かを渡せなければならないと思っている。相手がクリエイターとしてもう一皮剥ける手がかりにならなければならないと思って曲を書く。
 ただやっぱり“仕事”なので、相手がつまらない奴なら切るし、自分が不甲斐なければ関係は続かない。勿論、そうやって“破局”した関係は今までも沢山ある。今だってそうならないとは言い切れない。
 先日、スタジオ猿芝居の反省会にてATUHIとそんなことを言い合った。お互いがそんななら心構え的にはまあきっと大丈夫だとは思った。

 絆がーとか、苦しみがーだとか、人としての重さが出てしまうことがやっぱり申し訳なく思う。ただ先日書いた放蕩レコーズでのこの気持ちは出来るだけ出したくないのに比べて、映像作家にあたる時はちゃんぶつける。自分の内側に触れていいのは共同制作者のみだし、逆にそれ以外の時に他人のそれに触れるのも申し訳ないからだ。
 先日、井上カワズと人と仲良くなるには性癖を開示するかどうかの話をした際、自分が人に無条件に性癖を開示することは一切無いし、そもそもそんなもの今すぐに言葉に出来るほどないんですよねーと返した。曲の説明をする際に仕方なく、もしくは会話の流れで面白くなるからするぐらいで、そんなとこまでいかずとも好きな天ぷら五品何選ぶかの方が全然幅広く面白いです、と返した。ちなみにレンコン、ナス、ししとう、イカ、ちくわです。
 とにかく自分が好きなエロ漫画を教えたのは、案外出会って日の浅いあーきとれーぶだったのだ。それは必要な気がしたからだ。

 音楽にアニメ調のMVを差し込む文化はもう浸透しているかと思うので、自分はその制作過程にある絆みたいなのを世間に提案したい。孤高の天才みたいなのもいいんだけど、結束だってアツいじゃないですか。そこにだってそういうのはあるんだって。それだけ。

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