先天性心疾患の入口① 病名の付け方

小児科医に限らず,子どもに関わる多くの医療者にとって,先天性心疾患の病名は…ハッキリ言って,呪文ですよね。
カルテに VSD, PA, MAPCA, ARSCA, PLSVC と書かれているのをタッカラプトポッポルンガプピリットパロと読んでも,殆どの人は違いに気づきません。
専門外の方々は,無難に小児循環器医に質問しましょう。

しかし,小児循環器医を志し,この世界の入口に立ったとき…
この病名付けが,壁として立ちはだかるのです。

Nomenclature(命名法,用語体系)の学派

先天性心疾患の Nomenclature においては,大きな学派があるようです。
私はこの手の話に疎いので不備があったら申し訳ないのですが,私に教えてくれた先輩達のせいにします。

病理解剖学者の視点で
・Dr. Van Praagh の Segmental Approach(区分診断法)
・Dr. Anderson の Sequential Segmental Approach
小児循環器医の視点で
・Moss and Adams
日本でも,長らく「女子医の心研 vs 国循」という図式だったようで,私も勤務先がナニ派か?を意識して診断を記載していました。 

私の手元にある薄めの洋書を見るに,
Van Praagh の師匠には Taussig, Swan (たぶん Swan-Ganz カテの人),
Anderson の師匠には Fontan, Kirklin など,この領域の有名人が並んでおり,この congenital heart disease nomenclature という学問の,マニア的愉しさの気配を漂わせています。
また,Moss and Adams の命名法のイントロには「Andersonの用語を多少修正した」「Van Praagh の命名体系は本章では強調しなかった」と書かれています。

そして… 私が最初に触れた「この命名法が日本語で記載されたもの」は日本循環器学会のガイドラインでした (今は2018年版が出ています)。これはとても分かりやすいので,まだご覧になったことのない方にはオススメです。
ただし…ここには,いかにも Van Praagh に倣ったのかな?と思わせる{S,D,N}の説明が書かれているのですが,ある程度 Anderson の分類も混ざっている日本オリジナルのものです。
ちょっと小児循環器医としてのレベルが上がり,英語論文に手を出し始めると…アレ?
そんな私みたいな人の道標になれば,と思い筆を取りました。

学派ごとの命名ルール

英語文献に当たったり,書こうと思ったときに,しばしば用語の不統一感に惑わされることがあります。今回,この記事を書くに当たって「Van Praagh はラテン語,Anderson は英語に寄っている」という記載を見つけました。
Van Praagh は atria, inferior vena cava, foramen ovale であり,
Anderson は atrium, inferior caval vein, oval foramen といった具合です。

Van Praagh は心臓を「位置 (situs)」で表現します。
相互の空間的位置関係と,左右の解剖学的構造を基に,心臓を5層に分けて考えるのが Segmental approach です。

5. 大血管位 the Great Arteries
4. 漏斗部 the Infundibulum (conus arteriosus)
3. 心室位 the Ventricles
2. 房室管 the Atrioventricular canal (atrioventricular junction)
1. 心房位 the Atria

そして,{S,D,S}, {I,L,L} と表記します。日本のガイドラインに照らし合わせると,2と4が接続関係のように思ってしまいますが,あくまでも彼の考え方は解剖。語り口も,Anderson の connection に対し,Van Praagh は alignment です。

ここで日本のガイドラインとの相違を記します。
Van Praagh は,great arteriesが正常(=大動脈弁が肺動脈弁の後・右で,心室大血管接続 alignment が正常)のとき S = solitus normal, 鏡像のとき I = inversus normal とし,正常心を{S,D,S}, 完全な鏡像を{I,L,I}としていますが,日本のガイドラインは {S,D,N}, {I, L, IN} です。国内でしか仕事をしたことがない私は,未だ{S,D,S}という記載を見たことはありません。

Anderson は,心臓を3階層に分けて,接続関係を重視します。階層は

3. the Great arteries
2. the Ventricular mass (4つの弁や infundibulum を含む)
1. the Atriums

接続は,正常接続 concordant もしくは正常と逆の接続 discordant で表します。
記載は【心房位→心房心室接続→心室大血管関係】の順に書かれ,正常の心構造は
Usual atrial arrangement, concordant atrioventricular connections, concordant ventriculoarterial connections. 
となります。

つまり,日本のガイドラインにおける心房-心室関係や心室-大血管関係は,Anderson の考え方に依っていると言えそうです。
両者のイイトコどりした日本の記載は分かりやすいですが,定義の狭間に落ちた心臓に出会う度に上司の意見は割れ,自分はモヤモヤし…(以下略)。

次回以降,Van Praagh, Anderson さらに Moss and Adams を加え,
・解剖と定義
・各疾患
の Note を書いていきます。

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