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ポルノグラフィティ「君の愛読書がケルアックだった件」をイメージした小説10 最終話

何も変わらない、いつも通りの教室。
担任の先生が神妙な面持ちで教室に入ってきた。みんな席に着き、教室は静かになる。

「今日はみんなに残念なお知らせがある。」

僕はその後に続く言葉を知っている。聞きたくない。

「昨晩、新井さんが亡くなった。」

静かだった教室は一気に騒がしくなる。中には泣き出す人もいた。分かっているつもりだったけど、実際言葉にして言われるとこんなにも心が押し潰されそうになるものなのか。目の前の景色は歪み、周りの音が遠くに聞こえた。その後も先生が何か話をしていたが内容は全く頭に入ってこなかった。
放心状態のまま一日が過ぎていった。ずっと藤野が心配そうにして、気にかける言葉も掛けてくれたけど、それもよく覚えていない。
家に帰り自分の部屋へ行く。

”新井さんが亡くなった。”

先生が言ったその言葉が何度も頭の中で浮かんでくる。でも、まだ実感が湧かない。だって僕は昨日、新井さんに会ったんだ。手の温もりだってまだ覚えてる。
悲しいはずなのに、涙さえ出てこない。いっそ泣けば少しは楽になるのだろうか。そんなことをぼんやり考えていると携帯が鳴った。藤野からだった。

「大丈夫か?あんまり無理するなよ。新井さんのお通夜と告別式の日程送っておく。先生が今朝、言っていたけど多分頭に入ってなかったと思うから。何かあれば連絡しろよ。それじゃ。」

「わかった。ありがとう。」

返信をしてベットに横になる。

「今井君!」

「新井さん!?」

「全く、まだそんな顔しているの?」

「そんな顔って、どんな?」

「今にも泣きそうな顔してる。」

「そりゃそうだよ。新井さんは寂しくないの?」

「寂しくないよ。だって…。」

新井さんが何か言いかけたところで僕は目が覚めた。いつの間にか寝ていたみたいだ。

「夢か…。」

すっかり暗くなった部屋。僕は体を起こした。新井さんは何を言いかけていたのだろうか…考えても答えが出ることはなかった。

新井さんの式は滞りなく行われた。最後に見た新井さんの表情はとても安らかだった。窮屈な服を脱ぎ捨てて、自由を追い求める旅に出られたのかなと思い、少しだけ救われたような気がした。

あれから数ヶ月が経った。寒さが厳しくなってきたある日、その通知は届いた。

「ただいま。」

「おかえり。晃この手紙なんだかわかる?宛名が新井さんになっているのだけど、住所は家になっていて…。」

宛先を見て思い出す。僕自身もすっかり忘れていたそれは、新井さんの小説を送った出版社からだった。

「あ、それ僕宛の手紙だ。ありがとう。」

お母さんから手紙を受け取り、自分の部屋へ行き手紙の封を開けた。結果は大賞。

「すごい!!やっぱり新井さんは才能があったんだ!!…でも、もう新井さんはいないんだ。」

今更こんな通知がきてもなと思ったが、新井さんのお母さんには伝えておこう。だが連絡先が分からない。途方に暮れていると携帯が鳴った。宛先は新井さんからだった。
驚きながら内容を見る。

「美羽の母です。驚かせてごめんなさい。美羽のこと、いろいろありがとね。今井君に渡したい物があって連絡させてもらいました。都合が良い日に会えないかしら?」

「僕に渡したい物?」

不思議に思ったが僕も新井さんのお母さんに渡したい物があるからちょうど良かった。僕は返事を送った。

「今井君、いらっしゃい。迷わなかった?」

「はい。大丈夫です。」

「美羽の携帯、まだ解約していなくて良かったわ。今井君の連絡先が分からなかったから。さぁ、上がって。」

「お邪魔します。」

新井さんへお線香をあげた後、リビングに行くとお茶が用意されていた。

「ありがとうございます。」

「いえいえ。」

しばらくの間、新井さんのお母さんと雑談を交わした。

「あ、そうだ。これ、僕が勝手に美羽さんの小説をコンクールに提出したのですが、賞に選ばれたみたいで…僕が持っているのも悪いので渡しておきます。美羽さん、才能があったのに…残念です。」

「そうだったの。ありがとう。」

新井さんのお母さんは少し寂しそうに笑った後、それを受け取った。その後、席を立ち少し大きめの封筒を手に取り、僕に差し出した。

「これが今井君に渡したかった物。中を見てみて。」

言われた通り封筒の中を見てみる。そこにはたくさんの作文用紙が入っていた。

「これ…僕なんかがもらっていいんですか?」

「今井君に持っていてほしいのよ。」

「ありがとうございます。」

「私にも見せなかったのに、今井君にはいつも嬉しそうに見せてて…ちょっと嫉妬しちゃったわ。」

「そうだったんですね。本当にありがとうございます。大切にします。」

「えぇ。」

新井さんの家を出た時には、外は暗くなり始めていた。

「長く引き止めちゃって、ごめんなさいね。良かったら、また遊びに来てちょうだい。気をつけて帰ってね。」

「はい。ありがとうございます。失礼します。」

家に帰ってから、もらった封筒の中身を改めて見てみる。読ませてもらったものもあれば、初めて見る小説もあった。アルバムでも見るような気持ちでそれらを読み進めていく。
ポタッと一雫の水滴が作文用紙に滲んだ。それは僕の涙だった。

「新井さん、君はここにいたんだね。」

あの夢で新井さんの言っていた言葉の続きが今、分かったような気がした。

「寂しくないよ。だって、いつでも会えるから。小説は私の分身。だから寂しくなったら会いに来て。私はここにいるよ。」

涙を拭い、新たな小説を読もうと手に取る。

「あれ?」

題名がこれだけ書いてない。しかも未完成だ。内容は高校生の学園物語。

「これって…。」

まるで僕と新井さんの話みたいだ。
僕は机に向かい、ペンを握った。

「題名は…うん。これにしよう。」

”君の愛読書がケルアックだった件”

新井さんみたいに才能なんかないし、上手く書ける自信もない。だけど、この物語の続きを僕が書くんだ。君と僕との物語―·····

想像のハンドルを握って
イメージが広げるその先へ

君に会いに行こう。

END

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