工場船&補給船とは何か?
Pec-cePの活動を一言で表現すれば「太平洋赤道反流に巨大なフロートを浮かべ、そこに無料・無尽蔵に存在する太陽光や海水や大気中のCO2を利用して一大エネルギー基地を作る」ということになると思いますが、一連の説明の中に「工場船」という言葉が頻繁に出てきますので、ここでは私達がイメージする工場船とは何かをざっくりと説明させていただきます。
「工場船」とは捕鯨船のように船内に工場機能を持った船舶のことですが、このプロジェクトで言う「工場船」はそんな一般のイメージとは若干異なり、フロートに随伴して微速で航行し(船内に貯蔵したものを使うのではなく)フロートから原料の供給を受け、生産物も船内に貯蔵するのではなくフロートに貯蔵することで、限られたスペースを化学反応などに効率的に使う船舶になります。
一方で、フロートには軽くて嵩張るが上部をソーラーパネルで覆えるような設備(ソーラーパネル本体の他に電気分解槽群、H2やCO2の水中貯蔵庫、消耗品や備品の倉庫、作業員の宿舎一式など)と工場船で生産された製品の水中貯蔵設備(CH4やNH3など液化して貯蔵した方がよいものは貯蔵専用船)だけがあることになります。
このような形態をとる理由には、その方が技術的に合理的であるということもありますが、それ以上にフロートの運営を合理的に行うことにあります。
技術的にはフロートを極力軽くして海流の力だけでそれをコントロールしたいということもありますが、いくら軽く作るとは言っても数億トンの排水量を持つフロートに工場設備を置けばそれなりに負担になるでしょう。
貨物船をベースにし、それぞれの目的に特化した工場船はフロートに随伴して微速航行しながらメタン合成(サバティエ反応装置)やアンモニア合成(ハーバーボッシュ装置)、将来的には他の生産設備も備えることになります。
これらの機械設備は複雑精密なうえに高温高圧に晒されるなどしますからメンテナンスやオーバーホール作業が必要になります。そのために数千㎞近く離れた母港に戻ることもあるとすれば強力な動力が必要ですが、多くの随伴船に数年に一度しか使わない航行能力を持たせるのは非効率です。
フロートに随伴できるだけの(時速1~2knotくらいの)動力装置だけを用意し、長距離の航行は長距離航行能力を持つタグボートを使うほうが合理的でしょう。タグボートは数隻作り、巨大工作船には複数のタグボートで、小型のものは一隻で運ぶというような使い方になるかと思います。
タグボートの動力はアンモニアが最適です。冷却液化する必要がないため、どの工作船にもタグボートにアンモニアを供給する燃料タンクを作ることが出来るからです。
工場船の製造は造船業と化学プラント設計建設業のジョイントになります。また、オペレーションはメタンやアンモニアを取り扱っている企業になります。ノウハウもあるし、輸送に使うタンカーもあるからです。
つまり、フロートの事業者(まだ存在しないので仮にJ.V.と呼ぶことにします)は何もかも自分でやるということではなく、各分野を得意とする企業と提携し、J.V.はフロートだけを運営し原料の提供や製品の貯蔵を引き受けるという形にして、それぞれの企業に専門知識を生かして利益を挙げてもらった方が格段に能率的だろうということがあります。
工場船は従来は陸上に設置していた生産設備を船の中で行うということですから、原料や生産品の貯蔵スペース、動力源を船外に置けるとは言ってもスペースの制約がある中でそんな船を作るには餅屋は餅屋で経験と専門知識が必要であることは言うまでもないことです。
現段階で思い浮かぶ工作船の種類には前述の合成メタンやアンモニアの製造工場といったおそらく大規模(=多数の工場船)を必要とするもののほかに、それらから派生するメタノールやジメチルエーテルといった化成品の工場設備、海水から抽出する塩化マグネシウムを原料に金属マグネシウムとマグネシウム水素を作ったり、電解槽での廃液を利用したリチウムの採取をするなど実験開発を兼ねた工場船など様々な工場船の参加が期待できます。
フロートを敷設する資材やその上に載せるソーラーパネルなどの運搬船も必要になります。この船は同時にフロートで将来のリサイクルで生じる資材などを持ち帰る役目も果たします。膨大な数のソーラーパネルが少しずつあちこちに散在している日本の現状ではリサイクルのコストが高くなって結果的に放置されてしまう懸念がありますが、設備を一ケ所に集中できるフロートならどんな廃材でも持ち帰って有効にリサイクルができます。
コスト的に引き合うCO2運搬船もぜひ実現したいところです。
(コスト的に引き合うとは、今後原発を再開しその電力で水から水素を作る構想が具体化してきたときにそれに太刀打ちできるだけのコストということです。脱炭素社会構築のための原発建設促進)
フロートだけの課題と考えれば、CO2は大気中から採取できますから調達には困りませんが、それだけでは脱炭素時代の産業構造の変化に十分な貢献ができません。
今後、脱炭素エネルギーの主役になるはずのH2ですが、H2は天然ガスのように勝手に自噴してくるものではありませんから、何らかの方法で人工的に作る必要があり、従来の大量生産方法ではH2を作ると同時にCO2も大量に副生してしまうということから、「自然再生エネルギーで得られた電力で水を電気分解してH2を作る」という方法がクリーンなH2を作るうえでのコンセンサスになっています。
つまり、H2をどこでどうやって作るかが問題なのですが、自然再生エネルギーを使うという前提条件があるかぎり、国内では広い敷地が確保できないという点から大規模事業化は見込み薄で、政府も早々に「H2は海外調達」という方針を早々と打ち出しています。
赤道反流上に太陽光で作った電力でH2を作るという構想も、出来たH2を日本に持ち帰るという意味で地理的には海外生産です。(事業としてはそのH2をどこかの国から輸入するわけではありませんから国内生産ということになります。)
ただ、経済的には国内生産だとは言っても赤道から日本までの輸送という物理経費はかかります。
その意味では海外からの輸入と何ら変わることはありません。
世界初の褐炭水素プロジェクト、施設の運転開始 (JETRO記事)
このプロジェクトには日本政府も資金を出して川崎重工業、電源開発、岩谷産業、丸紅、住友商事などが参加するうまくいけば長期に渉って利権が確保される典型的な利権プロジェクトです。
新聞発表によれば、オーストラリアにある褐炭(水分が多すぎて通常の用途には耐えない)を燃料に水素を水蒸気改質で作り、その際に排出するCO2は地中に埋め戻してCO2排出実質ゼロにするとされています。普通の石炭であればCを掘った後にCO2を圧縮して埋めても体積的に入りきれません。
褐炭は水分が70%近くあるので掘削時には水分の分まで掘削しなければならず掘削体積が増えて非能率になりますが、その分CO2の埋め戻しに余裕が出るというのがこの話のミソでしょう。それにしても平地が広大で陽光も十分なオーストラリアでは太陽光発電で直接電解H2を作ってしまった方が安上がりにみえます。
しかし、繰り返しになりますが、このH2を日本に輸入するには輸送経費がかかります。H2の場合、石油や天然ガスのように簡単に運べませんから話がややこしくなります。
この際、H2の輸入などは止めて国産化してしまったらどうでしょうか?
従来の方法で作っても排出されるCO2を回収して再利用すれば、CO2を増やすことにはなりませんから自然再生エネルギーを使ったのと同じことです。
そうなれば国産H2も晴れてブルー水素の仲間入りすることができます。
そうならなかったのは、CO2の回収貯蔵法や再利用法に決め手がなかったからです。どこかに深い穴を掘って、そこまでCO2を運んで埋めてしまうのは技術的には可能かもしれませんが、それだけだったら補償を受ける地元住民と産廃業者以外にどこにも利益が生じないのですから経済的に引き合うわけがありません。
今、自然再生エネルギーへの置き換えを促進するために電力会社では法律で私達の電気代に割増料金を設定しています。CO2の処理にコストがかかれば今度はCO2処理のために別の料金を加算するというような話にもなりかねません。そんなことをやるんなら原発を作ったほうがマシだという世論誘導が活気づくのは不思議ではないでしょう。
詳しい話はいろいろな報道や解説書を見ていただくとして本当に基本的な話を押さえると、経済面から見た高いエネルギーコストは大量のエネルギー消費が避けられない産業の国際競争力を削いでしまいます。日本はすでにコストの高い化石燃料を輸入していろいろな製品を作ってきましたが、「エネルギーコストのハンデを高い技術力で補って」などというのはもはや昔話になりつつあります。
私達の父母の時代、多くの企業がエネルギーコストや労働コスト、そして法人税の安い国に惹かれて海外に生産工場を新設したり移転したりしました。
税金については消費税を上げて法人税を大幅に下げましたが、エネルギーと人件費についてはそうはいきません。
昨今のコロナ騒ぎで郵便ポストが赤いのも何もかもコロナのせいにしてしまう風潮が危惧されますが、エネルギーコストや労働コストの問題はコロナが終息して元の状態に戻ってもそれで片付く問題ではありません。
今の日本は高いエネルギーコストを安い労働力で補うような経済構造になりかねない状況なのです。
そんな状況で怖いのは、エネルギーコストの高騰を抑えるために原発を「必要悪」として認めてしまうことです。
日本では原発事故の発生確率よりもはるかに高い確率で得生じるとされる自然災害が目白押しに並んでいます。「日本に地震が起きることはない」と言っても誰も信じませんが、「原発は事故を起こすことはない」と専門家がいえば信じたい人は信じます。あるいはもし本当に事故が起きても、それは天災と同じで受け入れるしかないものになるかもしれません。
エネルギーと情報は現代の人々の生活の基本中の基本です。
私達が食べる食事一つとってみても膨大なエネルギーを使う肥料で育てられた植物が場合によっては地球の裏側から運ばれてスーパーの店頭に並びます。隣に並べられた肉についても同じことです。家畜のほとんどは人間から与えられた飼料で育っていますし、店頭までの輸送についてもエネルギーが必要です。上の階に並ぶ衣料品も、その上に並ぶ電気製品も構造は似たり寄ったりです。人間は他の生き物と違って肉食でも草食でもありません。強いて言うなら「化石エネルギーを食い潰して生きている生物」です。
ことほど重要なエネルギーについての情報が原子物理学という難解な知識ゆえに一部の人間に占有されれば、情報で人々を支配する、警察も軍隊も要らない独裁国家ができてしまいます。もう二昔前のことになりますが、軍事という難解で秘密性の高い情報が大本営という専門家集団によって占有され日本の針路が決められていったことを忘れるべきではありません。
これからエネルギーを浪費せずにCO2の排出を削減できる社会構造になるまでの一世代の間に原発に手を出さないで乗りきれるかどうかの問題は、人類が地球環境をもう一度壊してしまうかどうかの瀬戸際だといえるでしょう。
産業革命が起きた時代の人たちは自分達の敷いた路線が人口の爆発的な増加を招いたり、悲惨な世界大戦や地球温暖化を引き起こすとは夢にも思わなかったでしょう。
放射性廃棄物は地下に埋めてしまう原発も二十年三十年のスパンで想像すれば環境を破壊することはないでしょうが、その先のことは誰にも分からないことです。
人類が2050年までにCO2の過度な排出や他の温暖化要因になる環境破壊をせずに、また放射能を撒き散らすことなく地球の温暖化や環境破壊を阻止できれば、これは安倍首相による「コロナに打ち克った印としてのオリンピック」といった何が何だか意味の分からない呼びかけではなく、人類の知恵が自分達を支えてくれている地球を壊すことがない社会を作れることを意味するでしょう。
前にも触れたことですが、日本で太陽光エネルギーを利用するのには広大な場所が必要になります。自宅や空き地に自家や小さなコミュニティで直接消費する電力のために小規模なソーラーパネルとエネファームを置くことは、エネルギー効率からも非常に合理的な方法になり得るし、エネルギー源が分散していることは災害対策にもなるでしょう。
ソーラーパネルも技術革新が進んで、ペロブスカイトなど窓ガラスにも貼れるフィルム状の製品やレアメタルを使わないで済む製品などになっていますし、もちろん発電効率も向上しています。
しかし、太陽光発電は夜間発電が出来ないとか天候の影響を受けることとかが弱点とされていますが、広い設置面積が必要なことがそれ以上に弱点です。事業ベースで太陽光発電の電力で水を電解してH2を作るとなると家庭用と同じようには考えられません。本格的にやろうとすれば、砂漠のような無人の荒野か大海原に設置するしかありませんが、日本にはそんな敷地はありません。赤道反流上のフロートに随伴する工場船であれば、敷地を確保するだけのために他国と提携する必要も薄れます。提携の形で水素やメタンやアンモニアを作るのでは、将来の天然資源の価格変動に対応できません。 もし、資源価格が爆上げしてしまったらせっかく作った日本製のエネルギーも相手国の都合で値上がりしてしまいます。
いわゆる「経済安保」についての発言はこのページで行うことではありませんが、「経済安保」の要諦は大地震など大規模災害への備えと自然再生エネルギーの十分な確保です。
些か我田引水の感がありますが、日本や他の国々から遠く離れた赤道反流海域であれば自然災害の影響もなく、自然再生エネルギーの供給についても安定性が確保されるかと思います。
赤道反流フロートを利用した10億㌧ 単位のCO2水中貯蔵と再利用
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