能面物語

2018年4月8日のTwitter @peasun428 連続投稿に加筆修正したものです

いつからか、子供の頃あんなに怖かったおばけも今は怖くなくなったな
見た事もないのだが。

遠い春の記憶

幼い頃、父の実家には年の近い従兄弟がいて俺は遊びに行くのが大好きだったのだが、いつも座敷に飾られた能面が怖くて仕方がなかった。

何故こんなものを飾るのかと、子供ごころには理解できず
ついでに仏壇やこけし、木彫りの恵比寿像まで怖かった。

終いには(それまで見たことが無かった)台所に置いてあったゴム手袋を見て驚愕し「誰かの手が取れてる!」と走って逃げた。

肌色で立体的なゴム手袋。
流し台の上に放り置かれたそれは、残酷にも台所で切断された誰かの手…にしか見えない。

(自分の手も切り取られる!)

あの恐ろしい手…俺の訴えを聞いた大人逹は微笑んでくれたが、幼かった俺は怖いままだった。
田植えの時期だったろうか、大人逹は忙しそうにしていた。

大好きな従兄弟もゴム手袋には平気な様子。
(みんななんで怖くないんだろう…)

そんな疑問も従兄弟と遊んでる内に忘れ、その日の晩は楽しみなお泊まり。しかしお布団が用意されたのは能面の座敷だった。ガーン

翌朝
能面に見つめられながら怯えて(ぐっすり)眠った恐怖の一夜から解放された俺。
すっかり日は登り 大人達は農作業で外へ。
俺はひっそりとした屋敷の中、廊下を渡り少し歳の離れた従姉妹の部屋へ行ってみた。

あそこなら怖くないし、従姉妹はとても美人でいつも優しい…。
しかし俺はまた驚く事となったのです。

寝起きだったのか?従姉妹は気怠そうにしながらも優しく迎え入れてくれた。
しかし部屋の壁には怖いおばけのお面が4つも飾られているではないか…!俺は凍りついてしまった。
そして恐る恐る、どうしておばけのお面を飾るのか?を訊いた。

好い匂いのする部屋のベッドに腰かけながら
「…それはキッスの…お面だよ」と眠そうに答える従姉妹。

~話は逸れるが、それが俺のロックバンドKISSとの出会いだった~

しかしKISSなど知らなかった俺には(雑誌の付録か何かだったのでしょう)それは只の変な怖いお面でしかないのです。

キッスするとき(恥ずかしいから)かぶるお面?
と訊くと「…うん、そう。」
そう言った従姉妹は欠伸をして、再び布団にもぐり寝入ってしまった。

ロック好きの従姉妹…俺ははぐらかされた訳だが、やがて思考は怖いおばけの事より大人びた従姉妹の事(キッスするんだ…)で満ちてゆき、
おばけへの恐怖心は、自分とキレイな従姉妹との距離のように遠のいてゆくようだった。

俺は秘密を抱えたような、また逡巡するような気持ちで部屋を出た(ぼくは弱虫すぎるのかな?)

春の日差しに目を向け、遊んでもらおうと歳の近い従兄弟をさがしに外へ。
すると屋敷から程近い田んぼと、その向こうの川原を隔てる土手の上に従兄弟とその友達が数名、自転車にまたがって横1列に並んでいるのが見えた。

どうやら土手の上から一斉にスタートし誰が一番速く下れるか?を競うレースを始めるようだ。
(そんな恐い遊びはできないな…)俺が離れた場所で見ていると、従兄弟は俺にスターターの役割を与え仲間に入れてくれた。

俺は嬉しくて、土手の上へと駆け上がった。
年上で身体の大きな従兄弟逹が整列し、スタートの姿勢をとっている。
これから自分が出す号令に従い、彼等は即座に動き出すのだと思うと俺はなんだか自分が力を得たような気分である一方、怖くもないのに体が震えた。不思議な気持ちで指先でピストルの形を作る。

「よーいドン」と叫んだ直後まで俺は、~恐らく従兄弟逹も~自転車が斜面をきれいに滑走するものと思っていたが、すぐに間違いに気づいた。

(当たり前だが)土手の斜面は急でデコボコ。まだ小学生で体重も軽い為か彼らが楽しく自転車に掴まっていられたのはスタートから僅か数秒ほど。
それから先、皆の笑顔は消えた…。

先ず一人の自転車の後輪が跳ね上がり転倒。それを見て怖じ気付き、急ブレーキをかけた者逹は皆 同じ結果を得た。
勇敢な従兄弟の自転車は遠く先頭を走っていたが、良く見るとハンドルだけは握っているが身体は完全に自転車を離れ、スーパーマンの空飛ぶ体勢になってしまっている。もう自分では元の姿勢に戻れないようだった。

皆んな宙に浮いたり、ひたすら(不本意に)でんぐり返しをしながら斜面を落下して行くという悲惨な光景に俺は驚愕しながらも、どういう訳か笑いが込み上げて来てそれを止めることができなかった。

やがて先頭の従兄弟が青空の下、終着点である田んぼにスッと落ちて行くのを見おろしながら俺は土手の上でお腹を抱えて笑い転げていたのだった…。

「田んぼを荒らすな」という主題で大人逹にこっぴどく叱られ、庭のまだ冷たすぎるホースの水で泥を洗い合いながら歓声を上げる従兄弟たち。
俺も小さなじょうろで水遊びをした(自分はこれでいいや)。

俺は弱虫ではあったが何も不足してはいないのだった。
気分はすっかり良し。
お昼ごはんを知らせる従姉妹の声が響いた。

~エピローグ~

お昼ごはんを食べにダイニングへ向かう途中で俺は立ち止まり、誰もいない座敷をそっと覗き あの能面を見つけた。

俺は勇気を出して襖を開け、壁際まで歩み寄って能面を見上げてみた。
(今はあんまりこわくないな)

能面物語 /完

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