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藤沢周平 『橋ものがたり』
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最後の解説のところで井上ひさしさんがこう書いている。
「『橋ものがたり』などは、梅雨どきの土曜の午後のひとときを過ごすのにはもってこいです。」
偶然私が読んだのも”梅雨どき”であり、実感を以てうんうんと思わず頷いた。
選りすぐりの短編10編が収められているが、どの物語にも橋が登場する。橋を渡った先にある世界と橋の手前にある世界。確かに繋がっているのに渡ることがどうしてこんなにも困難なのか。人の心とは不思議なものだ。
橋はただ橋として登場するだけではなく、物語の始まりを告げるものであり、男女の心の距離や伝えられない想いの深さを象徴するものであり、時には何か遮断するための拠り所のような意味合いを含んで存在している。
情景がありありと思い浮かび、人の感情が切々と胸に迫る。すっと心が物語の中になんの躊躇もなく入り込む。そこに広がる人情の世界。時々手にとって読みたくなる物語ばかりだった。
井上ひさしさんはこうも述べている。
「あてもなく書物の間をただよって、その日の気分次第である作家の世界にあそぶ。これこそ読書というものでしょう」
極上の読書時間を約束する肩の凝らない小説である。