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第三回「梨雪」怪談文学賞 選評


はじめに(本ページの説明)


「梨雪」怪談文学賞とは。
共同怪奇創作サイト、SCP財団で筆者が主催している非公式のコンテスト。
「怪談」をテーマに一定期間作品を募集し、サイト内の投票制度によって得られた点数の合計が最も高かったものが優勝となる。
SCP財団における執筆ジャンルの一つ「依談」の創設者が開催しているため、第二回大会以降は部門賞として「泥梨」依談文学賞を併催している。

SCP財団という枠組みの中で、最も怖く面白い怪談を決めるための催しである。


第三回「梨雪」怪談文学賞、および第二回「泥梨」依談文学賞へのご参加、誠にありがとうございました。
今回のコンテストの最終的な参加作品数(本校執筆時点で自主削除もしくは低評価削除がされずに残っていた記事の数)は17作品でした。併催されている公式コンテストのテーマが「Q」であったため、テーマ「夜」の公式コンが併催されていた前回(参加作品数: 26作品)と比べて非常に立ち回りが難しかったと思います。この時期に「Q」をテーマとしたJホラーを作るのは色々な意味で難易度が高かったでしょう。

しかし、蓋を開けてみると非常に質の高い怪談が何作も投稿され、非常に楽しい催しになったと感じています。今回満足行く結果を得られた方も、思うような結果とならなかった方も、「怪談を書き上げようとする」という行為に少なくない時間を費やしたことをぜひ誇っていただければと思っています。

本稿では大会前に公表されたレギュレーションの通り、投稿された作品群のすべてを主催が読み、その感想や「ここが良かった」というポイント、後は主催が独断と偏見で選んだ当該著者のおすすめ作品などを紹介します。
なおタイトルに「選評」とありますが、これはパロディとして「文学賞」という体裁をとっているというだけであり、記事の評価に関して主催がサイトメンバー以上の特別な権能を有しているわけではありません。
本記事から気になった作品のリンクに都度飛んでみるも良し、一旦全文を読んで琴線に触れたものをピックアップしてみるも良し。これをきっかけに「SCP」創作文化の一端を知る方が増えれば何よりです。

極力ネタバレはせずに進めているつもりではいますが、内容のさわりを説明したりはしているので、出来る限り情報を入れたくないという方はこちらから本大会のアーカイブ(各作品のタイトルと著者、大会終了時点での評価スコアのみを掲載しています)に飛んでください。

各作品の感想など(大賞~佳作)

第三回「梨雪」怪談文学賞(総合優勝)
カンテサンス by Pear_QU
[自著のため省略]

佳作(総合二位)
落果 by ashimine and usubaorigeki
本大会では毎回ベスト3までを「佳作」として表彰していますが、
今回の総合二位は二名による共著のtaleでした。
作者に関する詳しい説明は後述するそれぞれの単著で行いますが、
SCPホラー記事が好きな方向けに説明すると「あまいしる」の著者と「せきみちくん」の著者による初のコラボ作品です。

本作はある家の庭に生えている植物を軸に、一人称視点の小説と音声記録などの書き起こしが交互に進んでいき、物語はひとつのどうしようもない結末に結実します。
その描写、読んでいるだけで眉を顰めるような表現の数々は圧巻の一言。最初から最後まで、打ち沈んだ気分を継続しつつ読み進めていくことが出来ます。発生する怪奇現象はSCP財団を知る方にとっては小規模にも思えるかもしれませんが、そういう問題ではないことは否が応でも理解するでしょう。

プロットを共有して、一人がほぼ書き上げる位の気持ちで書いていき、それを受け取った側がバリバリに表現・展開や描写を増やしたりと作り直すような気持ちで書き上げ、それを繰り返すようなイメージですね。

http://scp-jp.wikidot.com/author:usubaorigeki
「七曜博士の人事ファイル」

共著者の一人は本作の執筆フローについてこのように表現していますが、それにしてもここまでやり通せるものなのかと驚嘆しました。淡々としているのに粘着質な生理的嫌悪感を引き立てるashimineさんの筆致も、理解不能で理不尽な怪異をたった数語で存分に表現してしまえるusubaorigekiさんのワードセンスも、お互いを殺すことなく共存しています。
まず読んでみてください。必ず後悔すると思います。

佳作(総合三位)
西濱██氏に関連する分類待ちの情報 by Mitan

SCP-2931-JP「あの子だけのおともだち」で第二回「梨雪」怪談文学賞の佳作(総合二位)を受賞した著者によるTaleが、今年もまた非常に気持ち悪い後味を残して総合三位を獲得しました。

SCP財団が調査報告書として残すのは何もSCP記事だけではありません。
本taleは何かの異常存在、異常現象の関与が示唆される幾つかの「分類待ち」情報の集積であり、読者はそのアーカイブを閲覧していく、という形を取ります。いわば報告書になる「前の」状態であり、読者は終始怪異の原液のようなものを浴びせ続けられることになります。

その筆致もさる事ながら、作中で挟まれる様々なフォーマットの文章や多彩な画像の数々の生々しい質感は、フェイクドキュメンタリーとしても一線を画しています。氏のメディア編集技術についてはSCP-2052-JP「疑児餌」女神エルマの抱き枕などを見て頂ければその一端が分かるかと思いますが、本taleでもそのスキルが如何なく発揮されています。
寧ろこれほど沢山の画像などを使っていながら、それが飛び道具に終始せず「文章記事」として成立している手腕とバランス感覚こそが重要であり、こればかりは読んで頂いた方が早いと思います。

各作品の感想など(総合四位~十位)

総合四位
電柱ぢゅろん by usubaorigeki
語り手が通っていた、ある小学校で一種の噂として流行していた怪談「電柱ぢゅろん」に関する話です。「電柱ぢゅろん」が何であるのかはほとんど不明(そもそも、それが何であるかを知ろうとすることが有意であるかどうかすらも分からない)であり、文章を追うごとに「分からなさ」と不快感がどうしようもなく強まっていきます。
「るすばん星人」もですが、因果を超えた所にある不条理とそれを取り巻く氏の文章の質感はかなり唯一無二で、独自の世界観として確立されつつあるように思います。過去三回開かれた「梨雪」怪談文学賞への投稿作品数もぶっちぎりの一位(共著含め十作品)であるため、この機会に読んでみては。

総合五位
金魚すくい by miyageubusuna
本コンテスト初参加にして総合五位を獲得した依談。オレンジ色でひらひらしていて、丸く黒い目を持った「金魚」の持つ、ノスタルジックでありながらどこか底知れぬ恐怖のようなものが最高純度に引き上げられています。
そして、本作の主題は「金魚すくい」。夏休みに金魚をすくった思い出と共にとある記憶が交錯していく構成を追っていくうち、読者は否が応でも嫌な予感を覚えることになります。ただ、その予感を凌駕する最悪が待っていることは間違いないので、取り敢えず本文を読んでみてください。
なお、著者の産土土産氏は妖怪や怪談を得意なフィールドのひとつに持ち、SCP-2354-JP「妖怪の親玉 みこし入道」や「うがい」など、数々の名作を生み出しています。

総合六位
姉の屍体 by hyoroika09
本大会の投稿〆切の数時間前に投稿され、そこから評価を一気に伸ばして最終的には総合六位につけた本作。一言で言えば非常に良質な怪談です。現代ホラーの傑作がたくさん生まれた本大会にあって、これは「怪談文学賞」という題目に最も合致した傑作であるように思いました。書き出しがとてもとても良いです。
氏の人気作としては新人職員のための講義:異常な生物との付き合い方などが思い浮かびますが、第一回「梨雪」怪談文学賞の投稿作でもあるSCP-2302-JP「子安地蔵町」といった怪談色の強い作品も良作揃いです。

総合七位
戻らじ by nemo111
「私」を一人称とする口語体の語りと、三人称視点の小説的文体、その他短文のドキュメントなどが小刻みに入れ替わりつつ進んでいく、少々トリッキーな構成の依談です。
書き手の立ち位置も書き振りも全く異なる様々な文章が代わる代わる現れてくるのにも拘らず、全く混乱を引き起こすことなくスムーズに読める導線設計と情報量の調整にまず驚きました。そのうえで独自の恐怖感と舞台設定を主題に絡めつつひとつの作品に纏め上げているのですから、もはや訳が分かりません。
この作品を読んだ後は、是非原点カラーをつけてなどを読んで氏の構成力と守備範囲の広さに恐怖しましょう。

総合八位
避難訓練 by Memento_Morinosuke
SCP-2223-JP「怪奇アパート」の作者による、初のtaleにしてパラウォッチ(財団世界のオカルト好きが集うネット掲示板)フォーマット作品。
学校の避難訓練で、運動場に集まって消防署の方々のお話を聞いたり消火器の実演を行ったりした経験を持つ方は多いと思われますが、この作品も同様の「避難訓練」を導入としています。
そして、その導入からはおよそ予想もつかない方向から殴られる作品です。クリーピーパスタとしての構成と、読者が置いて行かれない程度に飛躍していく怪現象の距離感が心地よく、何度も読み返しました。

総合九位
割れもの by CAT EYES
これまでに紹介した幾つかがそうであったように、本作は複数の作中作構造を持ちます。しかしこの作品の特徴的な点はそのセレクトの仕方で、「別の媒体に投稿された様々な名義の人物によるインディー怪談の集まり」という構成を取っています。
つまりは体裁も筆致も違う複数の怪談を集めて「割れもの」というtaleが成立しているのですが、そのひとつひとつの「ネット怪談」としての質が高かったです。ホラーテラーなどの怪談サイトの新着記事を追っていた方には特にお薦め。
SCP-2125-JP「瞼に焼きつけて」わらうな辺りの、いやーな質感が今回も際立っています。

総合十位
味見 by ashimine
SCPのサイト上で一人称視点による現代小説的なこわい話を書く場合、書き手にとっての大きな壁としてまず立ちはだかるのがこの方の著した幾つかのtaleだと私は思っているのですが、その理由の一つに身体的な感覚表現のバリエーションの豊富さがあります。
彼氏の部屋に同棲した際に奇妙な決まり事を聞かされる───という導入で始まる比較的シンプルな掌編である「味見」でも、しっかりとその妙味を堪能することが出来ました。
まずこれを起点としてぱちん、ぱちん。辺りを読み、好みが合いそうであればそこからのりかえ以降の作品を読んでいくのがおすすめです。

各作品の感想など(総合十一位~)

総合十一位
よくみるかお by usubaorigeki
今大会最多の三作品を投稿した(ぎりぎり投稿〆切の範囲外でしたが、四作目も用意されていたようです)氏の三作目は、平凡な団欒の中で姿を現す「かお」に纏わる依談。クライマックスで発せられた台詞が非常に良く、『ワロガ』が襲い来る以来の瞬間風速を感じられました。

総合十二位
SCP-2705-JP「ふれる」 by OwlCat
「古くからの因習が残されている山村を財団が調査する」というシチュエーションを出発点としながら、それだけに留まらない因果を超えたところにある恐怖を報告書フォーマットで描き切っているところに、構成力の妙を感じました。
本作と同じく、ともすればクリシェになりかねないテーマに独自の質感を踏み込んで無二の作品にしている、同氏のSCP-2939-JP「せめて最後は抵抗を」もおすすめです。メモ落ちをこう使うんだ、と驚きました。

総合十三位
SCP-2883-JP「祀」 by taneyama
まず、使用画像のセレクトとその見せ方のセンスが非常に良いです。画像添付による雰囲気作りはともすればあざとすぎる印象を与えかねないものですが、その辺りの距離感がとてもこなれていました。加えて、これまでに紹介してきたどの記事とも異なる、予想外の着地点も良かったです。SCP-2507-JP「おどかしオバケ」もですが、こういう落とし方はSCP記事ならではですね。

総合十四位
揺籃 by ashimine
「落果」の著者はどちらも、今大会最多の三作品を投稿しています。こちらは、ある女性がバイト先で聞いた奇妙な規則に関する依談。落果とふた辺りを読めば嫌でも分かるかと思いますが、読者を陰鬱にする言葉遣いに余念がありません。
URL名が「afterbirth」なのも含めて、仕事がとても丁寧です。

総合十五位
依の冗談 by meshiochislash
第二回に投稿してくださった作品のセルフリメイクであり、導線や台詞回しを含む構成が数段進化していました。あれらの文脈を経て「解除」が行われた時の読後感は良い意味でかなり悪いです。
この方の他作品に関しては、私が何か類例となりうる記事を出すよりもこちらのページから大まかな傾向を把握して気になるリンクに飛んだ方が確実だと思います。

総合十六位
朱殯 by hallwayman
辟笑に続く、考古学の風味が漂う骨太な依談です。近現代のいわゆる「民俗学」(実際の学問というよりは、ネット怪談を経由して形成された共通理解)を用いたアプローチが多い当作品群にあって、古代の儀礼「殯」をモチーフに用いている部分も含め、独自の奇異な世界観を醸し出しています。このアプローチを狙ってできる方はそういないと思うので、新機軸として非常に楽しかったです。

総合十七位
カンユ by EianSakashiba
まずモチーフ選びが非常に良かったです。昭和~平成初期辺りを舞台にして何かこわいものを書く場合、あまりベタになりすぎずかつ突拍子ではない舞台設定とモチーフを探す作業が非常に難しいものですが、「肝油ドロップ」はその点で素晴らしいですね。文章自体もノスタルジーの裏にしっかりと不穏を織り込んでおり、読んでいて引き込まれました。
これでSCP-2938-JP「THE WONDERFUL」のような高濃度で重厚な記事もお手の物なので、色々と恐ろしいです。


改めて、ご投稿いただいた方々も、記事をお読みいただいた方々も、誠にありがとうございました。
第四回「梨雪」怪談文学賞(開催の確約は出来ませんが、どうにか頑張りたいと思っています)で、また素晴らしい作品を読めるのを楽しみにしています。

※本記事はCC BY-SA 3.0によって公開され、記事中の引用部などの著作権は各引用元の著作者に帰属します。

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