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三人の赤木沢

<増水>

その方と時々一緒に山に登るようになって2年がたった。山歴は長く、経験も豊富で、日々の自己研鑽も欠かさない、80歳近い年齢で現役のクライマーだ。

自分のような無名ガイドでその方の役に立つのかと思うが、安全管理を徹底し、無事に下山していただくことを第一に、毎回ご一緒させてもらっている。今回は黒部の美渓、赤木沢へ、二泊三日でご一緒した。

昨年は悪天候やアプローチに通る有峰林道の土砂崩れで、中止してしまった赤木沢。今年も予定していた日程が豪雨で中止。リスケジュールをしての入山だった。

初日は富山駅から登山バスで登山口である折立へ移動、4時間半の登りで太郎平小屋、2時間半の下りで薬師沢小屋まで入る。当日朝まで降り続いた雨で登山道はぬかるんでいる箇所が多かったが、雨具を着けたり脱いだりしながらも、大雨には出会わずに薬師沢小屋に到着した。

薬師沢小屋は黒部川の辺りに建つ小さな山小屋だ。薬師岳から北ノ俣岳への稜線東面から流れくる行く筋もの沢が集まり薬師沢となって黒部川に合流する場所にある。目の前には黒部川本流の清涼な流れとその上にかかる吊橋がある。吊橋を渡ると「日本最後の秘境」と言われる雲ノ平と、日本最奥地にある温泉「高天原温泉」へ続く登山道へ通じている。

前日の豪雨で本流が増水し、到着した8月18日の朝まで、平水から3mほど水位が上がっていたそうだ。夕方小屋前のテラスから見た感じでは、平水より少し多い程度と思われた。

山小屋の廊下には過去の大増水の時に撮影された写真が掛けられている。信じられないような濁流だ。写真を見ているだけでも恐ろしくなる。黒部川の遡行は、僅かな増水でも困難が伴う。膝下までならなんとか渡渉できても、膝上となると、難易度が増す。川幅が広く激流に見えない箇所でも水圧が強く、転倒すればとても危険だ。普段なら岸をへつって行ける場所も、増水していると手前で対岸への渡渉や高巻きが必要になる箇所もある。

10年ほど前、友人たちが三人で赤木沢に入った。朝、薬師沢小屋を出るときは青空だったそうだが、入渓して赤木沢出合に着いた頃から雨が降り始め、赤木沢に入ってしばらくすると水が濁り始めみるみる増水してしまい、進退が極まってしまった。三人は沢から離脱することにし、左岸を上がって必死に藪漕ぎしながら赤木平方面へエスケープしたそうだ。


ことのき、二人組の別パーティーも赤木沢にいた。彼らはそれぞれ右岸と左岸に別れてしまい、お互いに単独行動になってしまったそうだ。どちらかが電波の通じるところで緊急連絡をし、パートナーが行方不明ということで、遭難騒ぎになってしまった。二つのパーティーとも、全員無傷で無事に自力で太郎平小屋に帰還し遭難は回避されたが、危険な状況だったことには変わり無い。


源流は増水するのも早く、引くのも早い。今ここで雨が降っていなくとも、上流のどこかの山域で豪雨があれば、瞬く間に増水してしまう。あるいは、前日までに降った雨で土砂崩れが起こり川が堰き止められ小さなダムのようになってしまうと、雨が止んだ後にそのダムが決壊して鉄砲水が発生することもある。

<不可解な登山者>
この季節、山にはいろんな人がやってくる。今回も不可解な人たちに出会った。大きなザックにマットをくくりつけた中年のカップルが遅くに薬師沢小屋に到着した。男性の方がテラス周辺の様子をうかがっていたかと思うと、大きなザックを背負ったまま本流川岸に降る梯子を降りていった。時間も時間だし、沢装備というわけでもない。怪しんでいると連れの女性も大きなザックを背負ったまま梯子を降りようとする。

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