黒部源流の山々
2020年の山は、きっと長く記憶に残ることとなるだろう。COVID-19新型コロナ感染拡大の中、社会規範も人々の行動様式も様変わりした。何が正しいのか、何を信じ、どう行動すればいいのか、日々不安をメディアにかき立てられながら歩く山は、時折すれ違う登山者のマスク姿に違和感を覚えつつも、当たり前だけれどもいつもと変わらない風景。変わったのは、人間の心に写る風景、流れゆく雲と隙間から差し込む光の絶え間ない変化の様相に、自分の人生に残された時間を思った。
いつもなら、それをすぐにやり過ごして目の前のこと、疲労感や空腹、下山後の楽しみや家で待っている雑事、親しい人との時間に思いを巡らせるのだが、目の前のハイマツの枝がサワサワと風に揺れながら、お前がここにいる意味はあるのかと誰かに問われているような気がしてくる。
山小屋に戻ると主人が、今日も夕焼けが綺麗になりそうだと写真機を取り出していた。さっきまで曇っていた西の空が、日没と共に瞬く間に茜色に染まり始めていた。彼と彼の仲間たちと共に過ごす山小屋での日々はなにものにも変え難い。
宿泊者たちも二階のテラスに詰めかけ、歓声を挙げはじめた。小屋を飛び出して木道を走り、茜色の空に山荘がシルエットに見えるいつもの場所へやってきてシャッターを切った。自然現象に、地球の動きに、身体と精神ががシンクロする瞬間。
快晴の連休。さすがに山は混み合っていた。三俣山荘を訪ねると女将が若いスタッフとミーティングの最中だった。混雑したテント場(ナント270張!!)に、受付や物販が混乱しないよう接客の仕方を工夫をするように皆に指示していた。北アルプスの他の幕営地も相当な混み様であることは想像できた。連休中、山小屋難民になりたくなかったのもあり、混雑する剱岳や穂高を避けて黒部源流の山を連休のガイドに選んだ。この山域が初めてのお客様に、存分に楽しんでいただこうと、雲ノ平山荘に二泊する行程としたが、正解だった。
SNSで知った剱岳の渋滞、雷鳥沢のテントの異常な多さに目眩がするようだった。コロナ禍がどうのこうの言っている場合じゃ無い。想像力の欠如以外の何ものでもない。誰も責められないが、山を歩くとは、本来自由な意思によるものではなかったか。
「透明な集中力と琥珀色の躊躇いと
それを柔らかに包む自由の意識を
秘められた勇気でしっかり絡げて
高い山に登ろうではないか」
串田孫一
鷲羽岳山頂付近でトレールランニングの男性とすれ違いざま立ち話をした。聞けば、馬場島から早月尾根で剱岳山頂、稜線伝いに太郎平まで走って、黒部五郎岳から鷲羽岳へ1日半でやってきたという。あのTJARのコースだ。昨年のTJARではなんとか最後の方でゴールインしたそうだ。これから黒部源流を巡って槍ヶ岳まで行くと言い残して颯爽に走っていった。走ってみないと見えない風景があるに違いない、何より自分いったいどういう存在なのか、厳しく問われるだろう。
「琥珀色の躊躇い」と勇気を持とう。そしてまたもう一歩を踏み出すのだ。
2020.09.24
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