見出し画像

【デュエプレ】特定のデッキに対するプレイングが有るか無いかの議論について

皆さんこんにちは!
このnoteではデュエプレ界隈で話題としてよく挙がる、〇〇デッキにプレイングがあるのかないのか、あるいは、〇〇デッキは引きだけデッキなのか、という論争について物申す!!
…ことはせずに、冷静に私の考えを書きたいと思います。


まず結論

結論から言うとこの手の議論は全く意味がない、というのが私の考えです。
より正確に言うのなら、そもそも議論という土俵に上がっていない、と私は考えています。
理由は簡単で、"プレイング"という言葉に対して、誰もが納得するような共通の認識が存在しないからです。

突然ですが、今から、デュエプレをやっているすべての人が納得するような"プレイング"という言葉の説明を少し考えてみてください。

私も考えてみましたが、すべての人に納得してもらえる説明か、と言われると全く自信がないです。
このような状態で"プレイング"についての話をすること自体に無理があると私は思います。

おしまい。
…にしたかったのですが、これで終わると、このnoteのタイトルに対する答えが無く、タイトル詐欺も甚だしいので、逃げずにイエスかノーかで答えます。

結局、〇〇デッキに"プレイング"が有るのか無いのかどっちなの?

あえて特定のデッキ名は書きません。自由に好きなデッキを1つ想像してみてください。
私の出した結論は
"プレイング"のないデッキは存在しない
というものです。

そもそもこの問題を真面目に検討することは、"プレイング"という言葉にどのような意味を持たせるか、どう解釈するかという問題とほぼ同義だと思います。そこでまず私が"プレイング"をどう解釈しているかを述べようと思います。

"プレイング"という言葉をどう解釈するか

ここでは、"プレイング"の1つの解釈として私が考えたものを例として話を進めていきます。

(カードゲームにおける)プレイング:
プレイヤーによる選択のうち、試合の勝敗に影響を与え得ると考えられるもののこと。

なるべく正確に私の考えを表そうとした結果、かなりまどろっこしい文になってしまいました。
このように言っても分かりづらいと思うので、具体的な状況を考えてみましょう。
5マナかつ火、水、自然の3文明があり、《超次元リュウセイ・ホール》を手札から唱える状況を考えましょう。これは現在の環境でも非常に多く見られる状況です。
このような状況では、どのサイキッククリーチャーを出すのかで8通り(実際は同名カードが2枚以上入っていることが多いのでこの限りではないですが)、選択効果が3種類あるので3通り、計24通りの選択肢が存在します。
これらの選択肢の中から、プレイヤーが各々ベストと思う選択をする訳です。そして、その選択の結果が勝敗に影響を与えるというのは、感覚的に正しいと納得してもらえるのではないでしょうか?
実際の試合では《超次元リュウセイ・ホール》以外にもプレイできるカードが存在したり、そもそも《超次元リュウセイ・ホール》をこのターン打つべきなのかなど、さらに無数の選択肢が存在し、それに伴って選択肢の数は膨大になっていきます。

では、デュエプレの試合において1番最初の選択は何でしょうか?
それは、1ターン目のマナ置きです。
先攻の場合、手札5枚の中からどのカードをマナに置くかという選択肢が存在します。より正確に言うなら、(ほとんどありえないけれど)何もマナに置かない、というのも含めて6通りの選択肢があります。
後攻の場合も、手札の枚数が1枚増えますが、同様にして7通りの選択肢が存在します。

では、これらのプレイヤーによる選択は試合の勝敗に影響するのでしょうか?
おそらく影響するだろう、というのが私の考えです。この答えに対して論理的な説明をすることが私にはできないため、感覚的な説明をしようと試みます。

簡単のため1ターン目のみを考えることにし、1コストのカードは無いものとしましょう。また、先攻のプレイヤーをA、後攻のプレイヤーをBと呼びます。

まずAはマナ埋めに際して、6通りの選択肢の中から1つを選択します。
次に、BはAと同様にして、7通りの選択肢の中から1つを選択します。
ここで注意したいのはBに対してAのデッキのうち1枚が公開されているということです。(仮にAが1ターン目にマナチャージをしなかった場合でも、AとBの立場が変わるだけなのでこの議論に問題はありません。)
するとBは選択肢を選ぶにあたって、Aの公開したカードからAのデッキを予想するなどして影響を受けることになります。2ターン目以降はこの繰り返しです。各プレイヤーの取った選択が、お互いの選択に影響を与えながら試合が進んでいくことになります。

"プレイング"という言葉の解釈についての再考


前項のように考えると、各プレイヤーのありとあらゆる選択の因果が、巡り巡って試合の勝敗に影響することになります。
ここで再び"プレイング"に対して解釈を与えてみましょう。

(カードゲームにおける)プレイング:
与えられた選択肢の中から、プレイヤーが実際にプレイする選択肢を選ぶ行為そのもののこと。

ありとあらゆる選択が試合の勝敗に影響しているとの考えの下、「勝敗に影響を与え得ると考えられるもの」という文言を省きました。
前項の内容から考えて"プレイング"という言葉はこのように再解釈できるのではないでしょうか?

特定のデッキに対して"プレイング"がないと主張する人の念頭にあると思われる考えについて

ここまで"プレイング"がある派の1人である私の考えを書いてきたので、反対に"プレイング"がないと主張する人の念頭にあると思われる考えを私の想像で書いてみます。
もちろん、最初に書いた通り、そもそも"プレイング"に対して共通の認識を(おそらく)持っていないのだから、どちらが正しいとか間違っているとか、そういったことを言うつもりは毛頭ありません。
また、今から書くことは単なる私の想像に過ぎませんので、その点だけご了承ください。

このような考えの人は、デュエプレをやっている人全員が基本的に正しいと考えられている選択を当たり前にできる、ということを前提に考えているのではないでしょうか?
抽象的でわかりずらいので具体的な例を出します。
例えば、先攻2ターン目にハンデスをした方がいいのか、しないほうがいいのかという選択に対して、(もちろん様々な細かい状況に依存しますが)この界隈にいる多くの人は、しないという選択をするでしょう。
これは先ほどの私の"プレイング"の解釈に元基づくと、まさにプレイングにあたります。
一方で、特定のデッキに対して"プレイング"が存在しないと考える人は、今考えた先攻2ターン目のハンデスをするかしないかという選択に対して、しないという選択をすることを、知っていて当然だから"プレイング"ではないと考える訳です。

では、このような考えの人は"プレイング"をどう解釈しているのでしょうか?
おそらくですが、デュエプレをやっている人全員が基本的に正しいと考えられている選択を当たり前にできることを前提に、その選択の中でも特に試合の勝敗に重大な影響をもたらす選択肢に対する選択を指して"プレイング"という言葉を使っているのではないかと私は想像します。

念のためにもう1度断りますが、これはどちらが正しい主張をしているか、ということを言いたいのでありません。
前提にある考え方が違うので、互いの主張はそもそもぶつかり合ってすらいないと私は思います。

終わりに

ここまで読んでくださりありがとうございました。
自分でも読み返してみましたが、自分の主張を正確に伝えようとした結果かなり読みにくい文章になってしまいました。

こんなnoteを書いておいてなんですが、ぶっちゃけたことを言うと、特定のデッキにプレイングがあるとかないとかは、私にとって心の底からどうでもいいことです。

今からこのnoteで私が書きたかった主張を述べようと思います。(この主張をするためにだけにだらだらと御託を書き連ねました笑)
それは、このような2つ、あるいはそれ以上の個数の考え方や主張が存在するときに、いずれか1つだけを正しいものと考えるのは好ましくないだろう、ということです。
もっと抽象的な話をすると、断定的なものの考え方はあまりしないほうがいいと私は考えています。一度そういう考え方をしてしまうと、視野や自分の想像が及ぶ範囲がだんだんと狭くなり凝り固まった考え方になってしまうと思うからです。
このnoteに記したかったことは、物事を考えるときになるべくニュートラルな考え方をしませんか?という私からの提案です。

タイトル詐欺してすみません。
読んでいただきありがとうございました。今日は読んでくださった皆様への感謝の祈りを捧げながら眠りにつこうと思います。

ばいば〜い






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?