わがやの治療法じゃい
それぞれの家庭に、文化的な習俗があって、それぞれに違っていることが、なんだか面白い。
けれどもそれは日常的にみられるものもあれば、そうでないものもある。いつもは見えないそれらは、だれかが風邪などになったとき、見えないそれぞれの文化が一気に発現されるのだ。
幼い頃、熱が出ると風呂には入れてもらえず、母親は濡れたタオルでぼくの体をごしごしと拭いた。
けれど、そのごしごしと拭かれるすぐそばから、どんどん体の表面がぞくぞくしてきて、熱が奪われて冷えてゆくのがわかった。
「体ば冷やしたらあかんばい」
そうやって大人たちは言うくせに、氷枕で頭を冷やしたり、濡れたタオルをおでこに当てたりなどはする。そして体を拭かれることはとても寒い。
子どもながらに、
「風呂に入ると体が冷えるからだめだけど、頭だけは例外的に冷やす」
というそのロジックに釈然としないものがあった。
我が家で高い発熱があった場合、お湯やポカリスエットで水分補給をしながら毛布を何重にも巻いて汗をかいて体温を上げる。という治療法があった。
しばらくその治療法が主流だったのだが、小学校高学年ぐらいの時だっただろうか、藤井隆がテレビで、
「熱が出たときは43度くらいの熱いお風呂に入って体温を上げて汗をかいて、体内のウィルスを熱で殺してから寝る」
と言っていた。
僕は藤井隆を信奉していたわけではなかったけれど、そのロジックに大いに納得できたので、その日から高熱が出た時は灼熱の風呂に入るようになった。
高熱のときには風呂に入らない、という文化が、高熱の時は灼熱風呂に入って寝るという文化に変わった瞬間であった。
これは、昔の日本人は風呂屋に行くときにはみな手ぬぐいを持って行っていたのが、ある時を境としてタオルに変わった、という現象と似ているような気がする。
文化の転換期はほんのささいな出来事をきっかけにして起こるのだ。
大人になり、大阪で一人暮らししていたときは看病してくれる人はいないから、自身で治癒させるしかない。大阪時代は、熱い風呂に入って、卵酒を飲んで寝る。という文化に変わった。
親の治療法を押し付けられるだけの少年は、ついに大人になったのだ。
ただ、思いのほか卵酒が美味で深酒をしてしまい、結局体が冷えてしまうという現象もたびたび起きた。大人は、わかっちゃいるけど、やめられない生き物なのだ。
この治療法を鍼灸師の友人に言ったところ、友人曰く、熱いお風呂に入るのはいいけれど、だらだらと汗をかきつづけるのは体力の低下に繋がるから、お風呂で汗をかくのは最小限にとどめたほうがいい、ということであった。
自身の体力内で発熱させた汗での発汗ならよいが、外的要因での汗は更に体力を奪うのだそうだ。うむ。奥深い。奥深いぞ。
話はすこし変わる。
幼いころ、ころんで怪我をすると、うちの婆さんがそのへんに生えているよもぎをむしゃむしゃと食べ始める。そして飲み込まずに、口の中で唾液とよもぎを混ぜて、
バアサンDaekiYOMOGIペースト
をこの世に誕生させるのだ。
そ婆さんは、そのおぞましいペーストを、僕の真皮が露出している場所に丹念に塗り込むのだ。傷口に触れられるのは、体内に触れられていることと同じだ。体内に触れられているということは、心に触れられていることと同じだ。だとすればバーサンペーストが僕の心に塗りたくらている。
だから、僕はそのおぞましいペーストを傷口に塗られるのが嫌で嫌でたまらなくて、怪我をしても怪我をしていないふりをするようになった。
話を戻す。
10年ほど前、卵酒制度が廃止された。
酒にそこまで強くないので、アルコール分解に体力を使うことに気づいたからだ。
あの頃の僕は、体の熱をあげるということに特化した熱殺蜂球的な考え方から、栄養思考の治療法にシフトした。
自身で作った甘酒を冷凍しておいて、それを高熱のときに摂取するのだ。
甘酒は飲む点滴と言われるくらいに栄養価が高くて、もはや飲む点滴ではなく、飲む仙豆というふうに言われてもいいかもしれないし、なんなら甘酒じゃなくて商品名を仙豆にしてもいいくらいだと思っている。
だって仙豆って携帯に入力しても、予測変換の一発目にはこの「仙豆」が出てくるのだ。もはやこれはアニメの中の言葉ではなく日本語なのだ。だから甘酒は仙豆で統一したほうがいいと思う。
風呂に入って熱をあげ汗をかきすぎない程度に体を暖め、温かい仙豆を飲んで寝るという治療法がしばらく定着した。
そして最近、高熱のようなものが出たのだけれど、またまた治療法に変化が現れた。またまた食べる点滴と言われるものが出てきたのだ。
日本人は点滴が好きなのだろうか。
そのうち日本人のソウルフードは、おばあちゃんがつくったおにぎり、などではなく、○○製薬の点滴、みたいになる日がくるのだろうか。のど越しがいい、みたいな感じで、静脈へのあたりが柔らかいよね、あそこの点滴、とかみんなが語り合う日がくるのだろうか。
とにもかくにも食べる点滴というものが出現した。それがキウイである。
キウイに塩をかけて食べると、もはや点滴超えらしいのだ。点滴超えの食べ物。もはや薬物なのである。
そして調べてみると、生卵もなかなかに栄養価が高いらしい。
けれども体が弱っているときに生ものをとると、ちょっと体にとっては迷惑かもしれないので、卵にほんの少しだけ火を通して摂取しようと思い立った。
以下がわがやの最新の、高熱対処法である。
熱い風呂に入って、塩キウイを食べて、卵生姜スープを飲んで寝る。
これが最新の!わがやの!治療法じゃい!
もしサポートして頂けた暁には、 幸せな酒を買ってあなたの幸せを願って幸せに酒を飲みます。