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ノモリクヲノミカ ⑥の最初

コウタの姿が壁を登り、徐々に見えなくなってゆき、あたりに静寂が訪れた。ぼくとリョウとナオとサキは、ただ黙って、頭上の剣の交わる門を見上げている。 

「コウタのやつ、無事かな?音も声もしないけど…」

しばらくしてリョウがそう呟く。
その声が、静かな門にこだまして、さらに静けさを増幅させた。
風が吹き、砂が舞い、僕らの髪や毛並みが少しだけ揺れる。

「あれ?リョウ、来たの?」
ぼくはリョウに訊いた。弟の具合が悪くなって病院に行っているから、セオドアには来ないと、ついさっき言っていたはずだったのに、なぜだかリョウがいたからだ。

「うん…なんか、待ってるのも、逆に心細くなっちゃって…」

「そういうことってあるよね」
サキが猫のように顔を洗いながらそう言った。
リョウは、あいまいに返事をする。

「ねえ、僕のこと見えてる?きこえるー?」

すると突然、頭上から大声でそう聞こえた。コウタの声だ。

「うん!聞こえてるよ!でもどこにいるのかわかんない!姿見せて!」
                           
ナオがそう答えると、剣の交わるあたりに、小さくカメレオンのような姿が見えた。その位置から、コウタの声が聞こえてくる。

「ここ、けっこう高さがあってさ、みんなが米粒ぐらいにしか見えないよ。300メートルはあるかなあ。でさあ、僕は登ってこれたけど、みんなはどうしよー」

コウタは不安げな声でぼくらに相談をする。
コウタのカメレオンの手足があれば壁を登れるのかもしれないけれど、コウタの小さい体では、ぼくたちを背負うことはできない。

「コウタ、そっちにはほかになにが見える?」

リョウがコウタに訊くと、コウタは少しだけ間をあけて、

「なあんにもない。ただね、景色がすごいよ。すごく高い場所だから。でも、ほんとになんにもなーい」

と大声で答えた。
リョウが悔しそうな顔をして言う。

「じゃあ自力で登っていくしかないのか…。コウタ、俺たちは登れそうか?」

しばらくの沈黙のあと、コウタの返事が返ってきた。

「うーん。たぶんむりー。掴むとことかないもん。石みたいな、鉄みたいな、よくわかんない感じ」


「あ、じゃあさ、ナオの無重力ってどれくらい効くの?」

サキがナオに訊ねると、

「30秒だけ」

ナオはそう答えた。
そして続けて、

「あとは、触れてるものも無重力にできる。でもそれも30秒。
あ、サキの考えてることはわかるよ。無重力状態でジャンプして、あそこまでひとっとびってことでしょ?
でも、それ、私も考えたんだけどさ、ジャンプしたとしても空中では動力がないから、無重力になって30秒で到達できなかったときは、またここに落ちてきちゃうんだよね…だから無理かも」

サキが肩を落とす。

「そっか…ナオの能力でもだめか…私の爪じゃあの壁は引っ掻けないし、もしひっかけたとしても、わたしはみんなを背負えないし…」

ぼくは腰のライトセーバーを引き抜いて、門の水色の壁に近づいた。
ライトセーバーのスイッチを入れると、ばうぼうと音を立てる。
ライトセーバーを壁に斬りつけた。
門を破壊できるかもしれない。

ばうっじゅわんしゅうぃーーーーー!

壁には黒く焦げた亀裂が入る。
でも、門を壊せたわけではなかった。とてつもなく巨大なこの門に、とてもちいさなヒビを入れたに過ぎない。

「だめだ。ライトセーバーでも太刀打ちはできない。となると、僕の武器も、サキの爪も、ナオの無重力も、この高い門には通用しないみたいだね…」

みながうつむいたけれど、ゆっくりと一斉にひとりを見つめた。

「な、なに、みんなして」

リョウがどぎまぎしながらそう言う。
サキはリョウを見上げながら、

「そういえば、リョウの能力、まだ見たことないなって思って。ねえ、リョウの能力はなに?」

と、そう訊いた。

「うん。でも、俺の能力を使ったところで、あんな高いところまで行くことはできないよ?」

リョウは諦めたような声でそう言ったけれど、ナオがリョウに詰め寄る。

「そんなの、どんな能力があるのか見てみないとわかんないじゃん。なんなの?どんな能力?」

「うん。わかったから。落ち着いて。俺の能力は、奈央と同じで、一定じかんの能力」

「え、なに?浮くの?狼が?」
サキがそう訊ねると、リョウは首を振った。

「ううん。違う。一定じかんだけ、狼男になる」

奈央は顎に人差し指を当てて、少しだけ考える。
「狼男?あの、満月を見ると変わるあの狼男?」
リョウは頷く。
サキが腕を組み、さらに尋問を始めた。
「それはどれぐらいの時間のあいだ変身できて、そして変化することによってどんなことが期待できるのかしら」

「うーんと、手足に大きな爪が出てくる。でも、サキの爪みたいに切り裂くとかじゃなくて、早く走ったりできるようになるって感じ。スパイクみたいな。あとは、体も大きくなって、力が強くなる。
あ、時間は、計ったことはないけど、…たぶん、30秒よりは短いかもしれない。まあ、だから、えっと、重いものが持てたり、早く走ったりできる、みたいな感じかな…で、一回変身すると、しばらくは変身できない…。ごめん、あんまりここじゃ役に立てないだろ?」

たしかに、リョウの能力ではこの状況を打開できないようだ。
力がいくら強いにせよ、30秒で登るのはさすがに無理だ。
となると、ぼくたちはここから先に進めないということになる。

なにか、手はないだろうか。すると上から、コウタの声がした。

「ねえ、思い付いたよ。今から言うとおりにやったらみんなここに来られるかもしれない」

その声に、皆で顔を見合わせた。








「コウタ!ほんとうにこれでいけるんだろうな?」

リョウが大声でそう問いかけると、コウタも大声で返事をする。
「理論上はいけるよー。でも、リョウの変身能力の時間が予想より短かったら、ちょっとやばいかも。正確な時間を計測できたらもっといいんだけど」

「一回変身しちゃうと、かなり長い時間変身できなくなるって言っただろ。だから、計測してる余裕はないよ」

「うん。わかってる。だから、一回きりの挑戦になる。みんな、それでいい?」

コウタがぼくたちに問いかけると、ナオが両手を握りしめて答えた。

「だって、どっちにせよ挑戦しないと、これ以上進めないわけだからさ。ここで諦めるっていうことの方がわたし的にはまったくナシなんだけど」

「うん。わたしもそう思う」
サキが強く頷く。
「じゃあ、成功させるしかないね。みんなで」
ぼくがライトセーバーを引き抜いてそう言うと、みなで頷きあった。

コウタが上から叫ぶ。

「いい?タイミングが大事だからね!じゃあ、僕がカウントダウンするよ!10秒前!9!8!7!6!」

ぼくはしっかりとリョウの背後にしがみついた。
そのぼくの背中には、ナオがしがみつき、奈央の首もとにはサキがしがみついている。

5秒前!

4!

3!

2!

1!

ナオが無重力を発動させ、すぐにジャンプをした。
リョウの背中にぼく。
ぼくの背中にナオ。
ナオの首筋にサキ。




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ぼくらは、水色の壁に沿って昇っている。
地面からは10メートルほど離れてはいるが、このままの速度では到底一番上までは到達できそうもない。まだコウタのいる門のてっぺんまでは、数百メートル距離がある。


「よし!リョウ!たのむよ!」
ぼくがリョウに大声で言うと、リョウが頷いて体に力をいれるのがわかった。
すると、リョウの体はぼくよりも大きくなり、ぼくはリョウの後頭部にしがみついているのがやっとだった。
まさに狼男って感じの風貌になった。

「ユウ!早く!」
リョウが叫ぶ。


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ぼくはライトセーバーを壁に向けて振る。

けれど、剣先はわずかに壁に届かない。

「あれ、届かない!」


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「え?」

「なんで?」

「どうして!?」




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「なにしてるの?早く亀裂をいれなきゃ!」
コウタが上から必死に叫ぶ。
ぼくも必死に叫ぶ。


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「そんなのわかってるよ!でも、届かないんだよ!」
リョウも叫ぶ。
「ユウ!時間がない!早くしろよ!」

ナオも叫ぶ。
「言い合いしてる暇ないよ!時間ない!!みんなで体を揺すって壁に近づこう!せーの!」


「せーの!」
「せえの!」
「せええええの!」
「せぇぇぇのっ!」

ゆっくりとぼくたちの塊が、上昇しながら壁に近づいてゆく。

ぢぢぢぢぢぢんっ

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ライトセーバーが壁に触れた。
「よし!リョウ!いくぞ!」
ぼくはライトセーバーを壁に向かって横向きに振った。
壁に黒く焦げた亀裂が入った。

「よし!!うまい!」
そうリョウが叫び、後ろ足の爪を亀裂に差し込み、大きく体をうねらせながら遠吠えの雄叫びをあげた。

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一気にぼくらの塊は風を切って上昇してゆく。

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「よし、ユウ!次の亀裂頼む!」

「わかった!リョウも頼むね!」

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ぼくはライトセーバーを振りかぶる。

「せええええええええええええのっ!!!」

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がずづづづぃいいいいいいいいんっ!

大きく亀裂が入り、リョウが亀裂に後ろ足の爪を掛け、また大きく体をうねらせ、遠吠えをして、ぼくたちは風を切る。

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「ばぶぶぶふふふ振りぼとされそう!」
サキが風で唇を震わせ、ナオの首にしがみつきながらそう叫ぶ。

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「いいいいいいたいたいたいたいたいちょっといたいかもいたいかもサキ!ねえ!首!ねえってば!!」

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「ユウ!おれ!もうやばいかも!もとに戻っちゃう!」

リョウの体がしゅわしゅわと煙を吹き出しながら縮んでゆく。

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コウタのいる頂上まで、残り100メートルほど。
このままの速度では、届かない。
なのに、リョウは縮んでいく。

むりだ。

「ユウ!なにやってんの!もう一回!はやく!!」

リョウが叫ぶ。
ぼくは我にかえる。

「わかったあ!リョウ!たのむ!」

ぼくはライトセーバーを振る。

「おうよ!!」

リョウはそう返事をして、小さくなってゆく体で、亀裂を蹴り抜く。







ぐんと、ぼくたちは加速する。




「おねがあいいいい!」
「とどいてぇぇぇ!」
「いけええええ!!!!」
「たのむぅ!」
「来いっ!!!!」

全員が、叫ぶ。

頂上が近づいてくる。

コウタが祈るように、数字を叫ぶ。











もう少し。





あと少しだけ。





もう届く。

頂上まで、2メートル。

ぼくらは全員、壁の頂上に手を伸ばす。








けれど、
ぼくらの誰も、
壁に手がとどかない。

ぼくたちは、止まった。



コウタの諦めかけた顔が見える。


むりだ。
おちる。

ぼくがそう思った瞬間。




コウタが叫ぶ。
「残り1秒!!!!!  サキぃ!尻尾!」



コウタは、崖っぷちに体を乗りだし、舌を伸ばす。



サキは、ナオの頭にしがみつきながら、尻尾をコウタの方へむける。



コウタの舌が尻尾に巻き付く。



サキの尻尾が舌に巻き付く。



コウタは目を強くつむり、身体中の力を込めて舌を引っ込める。



ぼくたちはぐわんと引き上げられる。


下に、サキの尻尾を舌で掴んだコウタが見えた。


驚いた表情のリョウが見える。


サキは目をつむって、ナオを離さないようにぎゅっと力を込めている。



ナオが、ぼくにしがみつく強さを背中に感じる。










どさっっ










「いったたたたたぁ、これって、わたしたち、落下したってことじゃないんだよね?成功、だよね?これって」

ナオが息をきらしながらそう言った。

「身体中ばらばらになってないから、たぶんこれって」

リョウが自分の肩をさする。

「うん。これって、わたしたちで、登ったって、こと、だよ、ね?」

サキは尻尾が繋がっているのを確認してほっとしたような顔をする。

「ほあ、言っかがろ?ぎろんぎょうはいげるって」

コウタは延びきった自分の舌を手で口のなかに戻しながらそう言った。

みなで、顔を見合わせ、笑い、そして、ぼくたちは抱き合う。








後ろから、拍手が聞こえた。

ぼくたちは、振り返る。

門の頂上は、水色の材質の平面な空間が続いていて、そしてそこに、フード付きの白いパーカーと、白いスウェットを身にまとった少年が立っていた。

年齢にして12歳くらいだろうか。なにか武器を持つでも、体の一部が動物なわけでも、特殊な服を着ているわけでもない。
近所のコンビニで誰かと待ち合わせをしているような出で立ちで、少年はパーカーのお腹のポケットに両手を入れ、ただそこに立ち、僕たちを笑顔で見つめていた。

僕はその顔を覚えている。
僕が子供の頃、一緒に遊んだ彼、そのものの姿だ。





「僕は、ハルカと言います。この世界の王をしています」

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