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古川柳かづみ読みvol.1:テーマ「酒」

「古川柳かづみ読み」は、隔月刊の川柳雑誌「現代川柳」2012年5月号(第25号)~2022年1月号(第83号)まで連載された古川柳エッセイです。
(その後、季刊「現代川柳」の「古川柳つまみぐい」に継承されています)

 もともと編集部から「何かエッセイを」という漠然とした依頼でしたので、「川柳の雑誌だから、古川柳のページもあると良いな」くらいのノリで書き始めました。最初の数回は、古川柳の紹介というよりは、古川柳に寄せたわたしの自分語りになっています。温かい目でお付き合いください。


▽まえがき

 古川柳はお好きですか?
 軽妙洒脱に人間を詠む川柳が、江戸末期には“狂句”と惰したありさまを嘆き、ある先達は「狂句百年の負債を返せ」と叫んで新川柳運動を起こしました。それは明治三十年代後半のこと。そして平成二十四年。未だに狂句もどきが川柳の主流と思われている現状を考えると、負債は二百年分になるのだなぁ、と遠い目になろうというものです。
 
 で、わたし、古川柳好きなのです。
 
 田辺聖子氏の『古川柳おちぼひろい』をはじめとする古川柳エッセイや古川柳解説本などは読んでいるものの、古典に造詣が深いわけではなく、江戸文化に詳しいわけでもありません。それで古川柳を語ろうとは不遜かもしれませんが、誤読・深読み・勝手解釈なんでもあり!の精神で、先人の句を読んでいこうと思います。名付けて「かづみ読み」。
 ご意見・ご指南・文献提供、大歓迎でお待ちしております。
 
 さて、第一回目のテーマは「酒」。
 百薬の長にて気狂い水とも称されるこの液体を好む人々の思考と行動は、今も昔も変わらぬようで。

▽百億の黄金(こがね)も下戸はもち腐(ぐされ)

 いくら金があっても、酒も飲めないんじゃ世の中つまんねーよ、と嘯いて杯を干すのは毎夜居酒屋に集う飲んだくれ。
 以前、わたしが飲み会の誘いを金欠を理由に断った時、友人は「そんなつまらない理由で来ないの?」と言ったことがあります。その瞬間「そうだ、金欠だから飲めないなんてツマラナイ!」と、家にある本を叩き売って飲み代を作り、宴に駆け付けたものです。
 一日働いて手にした小銭を安酒に変えて、笑って騒ぐ憂さ晴らし。宴の賑やかな空気は、確かに黄金だけあっても買えるものじゃありません。

▽我ながら酔ぬと言ふが酔ふた癖

 これしきの酒でオレが酔うかい!と言い募る人、身近にもいませんか? そう言ってる時点で立派な酔っ払いなんですけどね。
 わたしは「酔わない酒は酒じゃない」という矢沢永吉の名言を信条としているので、「酔っていない」とオノレの酔いを否定することはありませんが。良い心持ちで飲んでる時に「もうそれくらいで止めた方が…」と言われても、「まだまだイケます!」と追加オーダーするクチ。ご同類の酔っ払いですね。

▽中のよい友は親仁の気に入らず

 古川柳のお約束でいえば、この「友」は息子を悪所へ誘う友達の意ですが、適齢期を過ぎても落ち着く様子なく飲み遊ぶわたしの親も、似たような思いを抱いている模様です。
 わたしの仲の良い友達は、揃いも揃って三十代以上・独身(もしくはバツイチ)・遊び好き。「結婚して落ち着いている友達はいないの?」と親は尋ねますが、結婚した友達は家事に育児に忙しくて遊んでくれなくなるものなんですよね。や、わたしが飲み歩くのは、友達のせいではないんですが…。
<おやのやみただ友だちが友だちが>

▽御自分も拙者も逃げた人数(にんず)也

 飲む時の仲間は、立派すぎない方がいい。
 戦のただ中で、義や忠心よりも己が命大事と見極めて逃げ出す弱さを持った相手の方が、安酒を酌み交わすに相応しいです。酔いながら、過度な自慢をしたり、逆に綿々と愚痴をこぼす輩もいたりしますが、こちらは辟易させられて、お酒が一気に不味くなります。
 自分の弱さも相手の弱さも愛おしく受け止めて、「お互い無事だったからこそ、こうして飲めるんだよねえ。さ、もう一杯いこうか」なんて、タハハと笑いあえるのが楽しいものです。

▽生酔いは見付(みつけ)を出るとまたうたひ

「見付」は城門の見張り番のことで、夜には門を閉じ、身分を証明しないと通れなかったする所だったらしいです。愉快に酔えば、歌の一つも口についてくるものですが、さすがに見付では神妙にしていたようですね。
 飲んだ後、「カラオケ行くぞー!」と叫んで、マイクを握りっぱなしのわたしとしては、現代に生まれていてよかった、としみじみします。

▽酔い醒めのぞっとする時世に帰り

 さんざん飲んで店を出たところまでは覚えているが、どこをどう帰ったやら。眠り込んで目が覚めた時に、全身を襲う寒気とガンガン痛む頭で、否応なく現実に引き戻される…という情景です。
 わたしは幸い帰巣本能が強く、自分の家でこの世に戻りますが、男友達の一人はしばしば公園のベンチで目覚めると言います。「無茶しなさんなよ」とは言っても、酒を止めろと言わないのが、飲み友達の友情です。

▽朝帰りむしゃうに連(つれ)をわるくいひ

「無理やり付き合わされたんだ」と言い訳するのは、朝帰りを咎める人がいる家庭持ちに多いようで。一人暮らし・独身のわたしなんぞは、おとなしく寝るばかりです。ま、「かづみに付き合わされて…」と言い訳のネタに使われてる可能性は大ですが。

▽此のごろは酒が止まりて又案じ

 酒飲みが飲まぬようになると、これまた心配のタネになるという矛盾。気の弱りか、身体の不調か。どっちにしても酒飲みというのは厄介なものですね。
 そういえば、川柳六大家の一人である麻生路朗の妻・葭乃の句にもこんな句があります。
<飲んでほしやめてもほしい酒を注ぎ/麻生葭乃>

※現代川柳研究会「現代川柳」2012年5月号掲載分を修正
#川柳 #古川柳 #古川柳かづみ読み #徳道かづみ

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