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Peaceable Education #5 幼児版ピースフルスクールプログラムの取り組み ~奈良県川西町川西こども園のインタビューより~

はじめに
ピースフルスクールプログラムは、子どもたちが社会参画するための学習プログラムです。オランダで開発されました。集団での学びを特徴とし、子どもたちは大人の力を借りることなく、自分たちで課題解決力を身につけることをめざします。幼児版からスタートします。
奈良県の川西こども園では、2021年よりピースフルスクールプログラムを取り入れた保育を行っています。幼児版のプログラムは、1レッスンが約30分、全26回で、川西こども園では、4歳児の秋からスタートし、5歳児で終えるように取り組んでいます。
インタビューは、2023年11月の中旬に行いました。協力してくださったのは、導入時の園長だった森先生と、現在川西こども園で実際に行われている主幹保育教諭の中川先生、保育教諭の北林先生、勝井先生です。

ーまず、森先生に、ピースフルスクールプログラムを導入されたいきさつを教えてください。
◆川西こども園は開園して7年目の園で、安心や安全、基本的な生活習慣をつける保育目的はこれまでも取り組まれてきました。園長になった時、さらに職員のつながりを深めて、子どもたちの気持ちに寄り添って行われている保育をもっと見える形にして園全体で共有し、園をさらによくしたいと考えました。また、多様化していく社会の中で自分らしさを大切にしながら、他人を批判しない寛容な子どもを育てていくにはどうしたらよいかと悩んでいました。
そんな時に知人を通じてピースフルプログラムを紹介され、プログラムを見たら、子どもたちに人とのつながりを大事にして多様な社会の中で生きていく力を養う内容でした。ピースフルプログラムは、しっかりとした指導計画が整えられており、子どもたちも職員も自ら気づく体験のもと、学んでいくことができるプログラムだと思いました。子どもたちや就学前教育を担う職員にとってかけがえのない時間をもたらし、当法人の目指す園児像「たくましくしっかりした子」につながる心の教育を目指すことができると確信しました。

ーこども園の先生方に伺います、実際にスタートされてみて、最初はいかがでしたか?
◆最初の頃は、子どもも保育者も何が始まるのだろうかと不安でした。レッスンを担当する保育者自身の緊張が子どもたちに伝わって、問いかけても子どもたちからは発言がなかなか出てこない…そんな中で保育者もあせってしまう時もありました。進める中でちょっとずつ慣れてきました。

―少しずつ慣れてきたら、園の子どもたちの様子は変わりましたか?
◆このレッスンには決まった流れがあって、具体的に言うと、あいさつの後は、お互いの気持ちを聞き、全員でゲームをする、その後はパペットたちとその日のテーマを学び、テーマについて話したり練習したりします。何回か行う中で、子どもたちはこの流れを理解してくれました。こうした形のレッスンは、ふだんからやっていることではないので、子どもたちは興味をもって、説明や問いかけにもよく反応してくれるようになってきました。
◆当園では、4歳児で行う気持ちについて学ぶレッスンから、感情カードを使い始めます。感情カードには「うれしい」「かなしい」「おこっている」などの気持ちが書かれていて、どの気持ちもこどもの人数分用意しています。そのカードから、子どもたちは今の自分の気持ちを考えて、近いものを選んで、自分の名前のそばに貼ります。毎朝登園時にカードを選ぶのですが、4歳児たちは遊んでいる途中でも自分でカードを変えに行き、「先生、今カードを変えたよ」と話しかけてくれます。子どもたちは自分の気持ちを考えるようになると、お友達の気持ちにも興味がでてくるようで、お互いの気持ちや理由を聞く会話も耳にするようになりました。

ー1年たって、子どもたちの様子はどのように変わりましたか?
◆他の人の前で発表するのに慣れて積極的になった子どもが増えました。始めの頃はとまどう様子が多くみられ、元気に挙手しあててもらったものの言うことを忘れてしまった子どももいたのが、発言に慣れてきて、次第に自分でも気持ちや意見を言おうとする子どもが増えました。仲間の発表を聞き共感している様子や、自分と違っている意見に対しても子どもなりに受け止めている様子が見られるようになりました。

ーこどもたちが発言できた時、先生はどのように対応されてきましたか?
◆子どもたちから気持ちや意見をたくさん引き出したいと思っていたのと、自分でも意見を言うのは勇気がいるなと思うので、発言できた子どもには「よくがんばったね」とほめます。また、繰り返し自分の意見を言うのは大事なことと伝えています。お友だちの共感を得たりほめられたりする経験を繰り返す中で、子どもたちはもっと自分の意見や気持ちを言いたいと思うようになった感じです。
時々求める答えと違うのが出てきた時は、どう返そうかと悩みますが、「Aちゃんはそう思うのね」とか、「先生はこう思うよ」と違う意見をはさむこともしています。

ー自分の意見を言えるようになることを、このプログラムでは大事にしています、自分の意見を言いたいと思う子どもたちって、例えばどんな様子ですか?
◆両方のクラスをみていると、4歳児と5歳児では反応が違っていて、月齢や年齢の差は大きいと感じています。
例えば4歳児だと、誰かが発言すると次々と同じ意見が続くことが多いです。言えない子どもの中で、言えた子どもも誰かの真似をしているようで、もっと本当の意見を聞きたいと思うこともあります。これが5歳児になると、違う意見を言えるようになり、例えばYESかNOかという問いに、同じYESでもそれぞれの理由は違っているなど、だいぶ答えの内容が変わってきます。
◆川西こども園でも、このプログラムの中で最初に教える「自分の意見をもとう」を大事にしていて、それは5歳になってもずっと続きます。クラスが4歳児から5歳児になっても、内容はつながっていきます。子どもたちも以前使ったポスターを出すと「あっ!あれ!」と言って思い出すようです。今の4歳児にもこの感じで5歳児になってもらいたいですね。

ー子どもたちの吸収力はすごいですね、園でこの学びを活かして取り組まれていることがありますか?
◆5歳児クラスでは、自由遊びやコーナー遊びなどの時、何をするかは子どもたち同士が話し合って決めるようにしています。それぞれやりたい遊びを出して話し合いますが、子どもの中から多数決という意見がでてそれで決まることもあります。ドッジボールや鬼ごっこなど、自分から意見を出して率先して動く様子がみられます。
実際にはかみ合わないことも多いのですが、うまくいかない経験をするのも大切と思うので、すぐに保育者は入らないようにしています。うまく決まった時には、本当にうれしそうに言ってくる子どももいました。
◆全部、保育者の方で決めないで、子どもたちでどう決めるか見たいし、できるところまでやってほしいと思っています。仮に意見の出せない子どもがいても、5才児クラスにはそうした子どもに声をかけるとか配慮のできる子どももいるので、保育者は見守っています。

ー例えばどんなことがありましたか?
◆段ボールの空き箱を使った遊びをした時、意見を出し合って、まずおうちを作るグループ・トンネル迷路を作るグループ・ロボットを作るグループに分かれました。グループごとに試行錯誤しながら、もくもくと作りはじめました。時々となりをのぞいて「おうちには冷蔵庫を作って置くといいよ」など他のグループにアイデアを出している子どももいて、それぞれに工夫しながら進めていました。あるところまできたら、トンネル迷路はおうちの庭に、ロボットはここにと、3グループがまとまりました。子どもたちは、話し合いながら進め、こじれることなく最後までたどりつきました。

ーその段ボール遊びの時、先生はどんな役割をされたのですか?
◆私は横に控えていて、相談に来る子どもに対応し、内容は、あれしてもいいのといったのが多かったですね。ほどよい大きさの段ボールがあるので、数字を書いてスマホやリモコン作ろうと思うけど、ここに書いてもいいのとか。
見ていて、子どもたちは一緒に遊ぶのが上手になって、子どもたちの意思疎通がクリアーになってきた印象を受けました。

ーこれまで子どもたちの様子を伺いましたが、先生はいかがですか?
◆初めは、プログラムとして指導の進め方を意識しすぎていたように思います。けれど、子どもたちから少しずつ反応がくるようになって、レッスン時も、ふだんの保育の時と同じように接することができるようになりました。徐々にレッスンではどう伝えるとわかりやすいか、レッスンの後もここをアレンジするとふだんに使えそうと考えるようになりました。ふだんの保育の中で、子どもたちに、「この前ピースのレッスンでこんな話があったけど、みんなの今したことって、どうすればよいのかな」と声がけしていっしょに考えるなど。
◆ふだんはピースのレッスンに関わっていない延長保育の先生にも、例えば事件が起こった時はこんなふうに考えて対応することを子どもたちに教えているなど、レッスン内容を伝えています。これまでは、事件が起きるとゼロベースで子どもたちと接していく必要があったのが、「ピースのレッスンでこんなこと教わったね」からスタートできるようになり、子どもたちに話が伝わりやすくなりました。保育者の間でも対応や考え方が揃ってきました。

ー最後に今後に向けて、このプログラムや、園で考えていらっしゃることを聞かせてください。
◆園では、4歳児や5歳児など担当の先生や関わりのある保育者にはピースフルプログラムのことは浸透してきましたが、乳児クラスなどの他のクラスの保育者にはまだまだ十分に伝わっていません。忙しくてみてもらう時間や機会がなかなか取れないのと、内容に触れていない先生にはどこか「指導」のイメージがあって、ふだんの保育につながりにくい印象があるのかもしれません。
◆ピースフルプログラムについては、子どもたちの学んだことがもっと生かせるように小学校にいっても続けてもらえるとありがたいと思っています。集団の中でいろいろなお友だちの意見や気持ちを尊重し、自分の意見も言える人になってもほしいと思っています。
このプログラムを、まずは園で全職員に浸透をはかり、保護者に伝えていきます。将来的には小学校や地域にもアピールし、取り組んでいけたらと思います。

ー貴重なお話をありがとうございました。
お話を伺って感じたのは、日々多くの子どもたちが元気に活動している現場で、先生方が長い目をもってこどもたちの成長を見守りながら保育にあたっていらっしゃることです。子育て時は目先のことにとらわれることが多かったのですが、ここではふだんの保育と長い目で成長を見守ってくださる、頼りになるプロの保育教諭の先生方に会えました。
ピースフルプログラムが、そんな先生方に、日々の保育で使える引き出しを増やすのに少しでも役立つことを願っています。

(文責:クマヒラセキュリティ財団 金森匡子)

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現在、川西こども園では、園のホームページでピースフルスクールプログラムの取り組みを紹介されています。

川西こども園
https://www.aiwakai-nara.or.jp/kawanishi/

川西こども園のピースフルスクールプログラムの取り組み
https://www.aiwakai-nara.or.jp/kawanishi/peace/

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