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心が感じてること

かあさんはデイケアから帰って来て、ご飯が用意されていると

すごく嬉しそうだった。

ご飯も帰ってくる時間にセットして。

ちょうど帰ってくる時間に合わせてお味噌汁のみそもとき。

帰って来たら、一手間加えたらご飯が食べられる状態にしておく。

これが私の日課になった。

子供たちが小さい時は、ご飯を作って待っている。

なんてことはなかったのに。

外で車の音がする。

かあさんが帰って来た。

にこやかに迎える。

少し不機嫌そうに帰って来ても

「ご飯、できてるよ。今日は食後に美味しいおやつも買って来たよ」

っていうとにっこりした。

かあさんが笑うと可愛い。

時々、ほっぺたをぐちゃぐちゃってして

ありがとうね

って言われることがすごい嬉しかった。

嫁の私をあまり好きじゃないんだろーなー。

って思うこともあったけど、ほっぺたぐちゃぐちゃは

なんだか可愛がられている感じがして好きだった。

二人で一緒にご飯を食べて、今日のデイケアでの話をする。

あまり覚えていない。というからノートを見返して、

今日の一日を伝える。

そんなことやったっけかねー。

って言いながらご飯を食べる。

甘いものがあるときは美味しいねー。ってご機嫌だった。

面倒臭い。と思いながらもその時間が好きだった。

5月から義姉のところに引っ越し、それから顔を合わすことはなかった。

顔を合わすと、いろんな記憶が出て来て、大変だから。

記憶では私はこの家から義母を追い出した嫌な嫁になっているようだ。

別にそれはそれで良い。

すんごい大変だったけど、私の中では嫌な思いは不思議なほど

全く残ってなくて。

むしろ、一緒に住んで分かり合えた気さえしている。

手を繋いで散歩したこと。

思い切り言い合ったこと。

自分の中ではやりきった爽快感。

そのかあさんが昨日、施設に入った。

もうお姉さんの手には追えなくなってしまったみたいで。

埼玉に引っ越してから半年で、施設に入った。

船橋にいたら・・・施設に入るまで悪くならなかったかも。

なんてことは思わないけど。

私も自分が壊れるギリギリだったから。

でも、なぜか、あのかあさんの無邪気な笑顔が思い出されて涙が出る。

介護とは切ないものだ。

歳を取るのは切ないものだ。

その都度、本当の自分の気持ちを感じて、

きちんと誰かに伝えたり、吐き出したりできていたら

もしかしたらアルツハイマーにならなかったのかもな。

と私は思っている。

としを取るのは楽しい。

介護されることになっても、

いつもにこやかで、穏やかで可愛らしいご老人だね。

ってそんな歳の重ね方を誰もができること。

それが私の望む世界。

一生懸命生きて来たのに、願い通りの旅の終わりにならないことは

切なくてしかない。

同居して一番思ったこと。

そんな未来は嫌なんだ。

嫌だから

母さんからしっかり学んで

望む未来にしたいって思うんだ。