家庭医療のコア #14メンタルヘルス

※この記事は2021年4月27日に配信されたメルマガの転記となります。

今回のテーマはメンタルヘルスについてです。

新家庭医療専門医ポートフォリオ(2022 年度受験者用)のルーブリックでは「優」評価の基準と して、「診断基準を参照した診断を行うと共に、心理社会的な背景を踏まえて治療やマネジメント につなげ、また 一定期間の後に症状や生活上の変化を適切に評価 できている」とされています。

今回は詳細な診断基準や治療については成書に譲り、プライマリケア医としてどうメンタルヘルスと関わるかについて簡単にまとめます。

プライマリケアセッティングでは25%は精神科的な問題を抱えており、54%は認識されておらず、 77%は治療されていない。1)とされています。また総合診療医は診療した患者のうち11%に 精神科的プロブレムを挙げているとの報告2)もあり、精神科医だけでなくプライマリケア医とし て精神科的プロブレムのマネジメント能力は重要です。また、BPSモデルでもPsychologicalな症 状のアセスメントが必要であり、正確な診断・治療までは行えない場合でも、疾患について大ま かな知識を持っておく必要があります。

Robert K. Schneiderはプライマリケアの現場で精神症状を評価するために『MAPSO』という構 造化された診断分類を提示しています。*1)
『MAPSO』とは
Mood Disorder(気分障害)
Anxiety Disorder(不安障害)
Psychoses(精神病群)
Sunbstance-induced disorders (物質関連障害)
Organic or other disorders (器質性/その他の障害)
それぞれ頭文字をとったものであり『MAPSO』は1主要な症状、2重要な病因、3一般内科外 来で最もよく遭遇する精神疾患、の各概念を統合しています。

Mood Disorderには「大うつ病性障害」や「双極性障害」等
Anxiety Disorderには「全般性不安障害(GAD)」や「パニック障害」等
Psychoses(精神病群)には「統合失調症」等
Sunbstance-induced disorders (物質関連障害)には「薬物中毒」や「中毒」「薬剤の副作用」等
Organic or other disorders (器質性/その他の障害)には「器質性精神障害(一般の身体的状態 が原因となる精神症状)」や「パーソナリティ障害」等その他の精神障害等
が含まれていますが、数多くある精神科疾患を大まかに分類し理解するのに役立ちます。

頭痛や食欲不振を主訴として受診する大うつ病性障害や、胸痛や動悸を主訴として受診するパ ニック障害など、身体症状を主訴として内科を受診する患者は多く、内科疾患の評価を進めつ つ、背景に精神科疾患の存在が疑われた場合には上記を念頭にスクリーニングの質問を行う必要があります。WHOの研究結果では医師患者関係が良いほど、身体的だけでなく精神医学的 な症状についての会話が多いとされており、患者との関係性を構築できる家庭医ほど、背景にある精神疾患を捉えることができるかもしれません。

例えばうつ病のスクリーニングとして2質問表が有名ですが、「憂うつですか?」と「物事に対して興味がわきませんか」という2つの質問は大うつ病性障害の診断感度は95%、特異度は90%と されています。実際の診断にはDSM-5等の診断基準を元に行いますが、複数の疾患を合併して いることもあり幅広い評価が必要です。また「気分の落ち込み」や「不安」は普段生活しているな かで誰でも経験することですが、生理的反応と精神科疾患の区別の基準として「その障害は臨 床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、その他の領域における機能の障害を引き起こしているか」を評価する必要があります。

診断がついた場合、その後のマネジメントをそのままプライマリケア医が行うべきか、精神科専 門医に紹介するべきかは、診断名や重症度、診療セッティングによって異なります。例えば統合 失調症や小児・思春期の精神疾患は精神科専門医への紹介が望ましいとされていますが、躁状 態を伴わない単極性のうつ病などは、その疾患頻度からも家庭医がマネジメントできるとよいとさ れています。また重症度評価の一つとして自殺傾向(suicidality)の評価があります。自殺傾向は 単純な悲観反応から希死念慮、自殺企図、自殺既遂まで、思考と感情の連続的な概念であり自殺スペクトラムとも表現されます。自殺のリスクがどの程度迫っているのかをスクリーニングの問診によって評価し、具体的な自殺の計画を持っている場合などは、その場で精神科専門医へと 繋ぐ必要があります。

実際に筆者も、大うつ病性障害患者にSSRIを処方し1年以上の外来通院で症状が寛解したケー スを経験しました。メンタルヘルスについて学ぶ前には、患者にどう言葉かけをすれば良いか、ど の薬剤を選択すべきか悩んでいましたが、実際に治療をしてみてうつ病患者がどんな経過で改 善するのかの経過を追うことができ、非常に良い経験となりました。また普段の診療場面でも、 様々な患者の背景にある精神疾患の可能性に気が付きやすくなったように思います。家族との 関係やライフサイクルイベントと結びついていることも多く、またマネジメントでは精神科専門医と の連携が必要な場面などもあり、家庭医としてのスキルが試される分野でもあると考えます。ま ずは上に示した『MAPSO』等を使って大まかな疾患概念を把握し、背景に精神疾患が潜んでい ないかを評価することから始めてみましょう。

参考文献)
1)Robert K. Schneider [Psychiatry Essentials for primary care] 邦訳)井出広幸・内藤宏監訳 ACP内科医のための「こころの診かた」 丸善出版
2)Scand J Prim Health Care. 2013 Mar; 31(1): 43–49. 児玉知幸 一般臨床医のためのメンタルな患者の診かた・手堅い初期治療 医学書院

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文責:岡本雄太郎(専攻医部会 総務部門)
2022/05/11転記

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