暫定ボックス


「なんか結婚できるかも」

そう強く思い、口からこぼれていたのは、
付き合って3ヶ月目の京都デートの最後に、彼の家で抱かれていた夜。
幸せという感情がコントロールできなくなって
涙まで出ていた。

その言葉を聞いた彼は、これまでに見たことがない程に良い顔をしていた。可愛かった。嬉しそうだった。それを見て満たされた。
無邪気に「俺と結婚しような」なんて言ってきた。
私は、「まぁ、何があるかはわからんからなぁ」と言い、照れ隠しをした。
あーあ、私の素直になれないダメなとこ。
可愛くないなぁ、ほんとに、もう。

3ヶ月が山場だとか冷める時期だとか聞いたことがあったけど、それの理解が出来ないほどに彼に夢中になっていた。
彼と過ごす時間は楽しくて楽しくて仕方がなくて、時間が足りなくて、ずっと一緒に居たくて、、、
これからのワクワクが止まらない。そんな3ヶ月目。
それは6ヶ月目を迎えた時も1年目を迎えた時もそうだった。

だから、おそらくわかる通り、
「この人と結婚出来るかも」が
「この人と結婚したい」に変わり
「もうこの人しか考えられない」になるまでは
そう時間はかからなかったな。

初めてだったから。なにもかもが。
ちゃんと付き合ったのも、異性をこんなに好きになったのも、考えたくなくても考えてしまうとか、好きすぎて会いたくて、夜に涙が勝手に出てくるとかさ。
よくわからなかったラブソングが突如、自分の歌のように聴こえたことも、もう全部ね。
初めての感動ってすごいもんで、本当に忘れない。
色褪せないというか、もはや美化されている気がする。悔しい。

「俺、本気で結婚したいと思ってるし」
そう泣きながら強く訴えかけてきたのは、
彼が本当にしょうもない嘘をついた事で、私が別れを切り出したとある日。

おお、鼻水がべとべとになっている。
こんなに泣く男の人は見たことがないな。
あーーダメだ。私もまだめっちゃ好き。
でも、その一つの嘘で彼の発言が信用できないんだって。
付き合ってても上手くいかないと思っちゃう。


その冷静な判断はめっちゃ好きには勝てなかった。

もう好きなんだもん。しょうがないや。
好きだったら付き合ってたらいいじゃん。
なんだかんだで仲直りだよ。お騒がせしやがってよぉ。
そんでもって、そこからが沼なんだよ。
さぁて、始まり始まり。

それからそんな出来事がポツポツ。
一度、別れ話をすると、その選択肢が増えてしまって、すぐに別れようとしてしまう私。
そんな気がなくても言ってしまうセコい私。

そこからだと思う。少しずつ、歯車が上手く回らなくなったのは。

彼のだらしないところが見えたり、エロいことばっかりで面白くないと思いだしたのは、付き合って1年半のコロナ禍の2月のこと。
その日も彼の家へ行き、いつも通りベットでゴロゴロ。
そして、そのままいつも通りにセックスをして、ぼちぼちお腹がすいたから、お昼に手作りチャーハン対決をしたりして楽しんでいたハズなんだけど、、、
ふと、このままでいいのかな。なんか面白くない。
と、思ってしまった。
私って気分屋にも程がある気分屋だ。困ったもんだ。

とりあえず、チャーハン食べ終わった後に振ってみた。

本当そんな感じ。さらっと振ってみたの。

いつもの彼なら、、

「嫌だ、俺が悪かった全部なおすよ」って言うんだよ。
そして仲直りのセックスをするんだよ。

その瞬間の、私の方が優位に立ってる感じが、また愛を感じたりするんだよ。本当悪い女だ。わたし。

でも、その日は思ってたのと違った。

「はぁ、、、」
あ、大きなため息。あれ。
いつもと雰囲気が違うんだけど、、、


「もういいよ。何回もしんどい。もう疲れた。
別れたかったら別れよう」

えっ、、、
、、、、なんだって。そうか。

そこから彼の家を出るまでは早かった。
「じゃあバイバイ」
中途半端に彼の部屋にいた痕跡を残しつつ、謎に怒り気味で。一生のお別れの割には超軽い挨拶をした。
頭が追いついてなくて涙も出ない。そう。とにかく頭が脳が意味を理解してなかったんだ。
あ、チャーハン対決は引き分けだったよ。

いつもより早い時間に乗る電車は新鮮だった。
頭がぼうっとして、空っぽになったような感じ。
ようやく涙が視界を邪魔してきた。
瞬きをすると、ポタポタッというような感じ。

まぁ、そこから半年間は復縁したり別れたりを繰り返した。
別れたとたん寂しくなって、やっぱり彼が必要と感じ、求めてしまう。
もう、うまく回らなくなった歯車に気づいているにも関わらず、何度も何度も同じことを繰り返していたな。
学習能力のなさがまた、私達らしくて、今となっては笑ってしまう。
別れると自分に何も残らないと感じたくらいに彼に依存していたし、付き合うってこんなにもしんどかったか?となる日々。
お世辞にしても幸せとは言えない。不自由な毎日をお互いに送っていたよ。あの期間はね。

そんな事を繰り返しているから、本当の別れ話が難しくて、言えなくて、弱くて、辛くて、別れたくて、でも別れたくなくて、しんどくて。
彼と結婚したいのに、いつしか今の彼とは結婚出来ないと思っている自分がいるのも確かで。
自分の理想を彼に押し付けていただけだった。
どこかで大人にならないといけないと思っていた。
でも今までの思い出が邪魔して無理なんよ。
別に彼を嫌いになったわけじゃないし、
もう彼は紛れもなく私の生活の一部で、私の人生に大きく関わった人で、1人の人として大好きな人で。
今の私の支えにもなっている大事な人には変わりないんだけど。
でも、ちゃんと別れないといけなかった。
もう付き合っていく関係には無理があった。

本当の最後の日は一生分の涙を流したと思う。
路上でくっつくのは人目があるから嫌だと言っていた君だけど、最後は路地で長い時間ハグをしてくれた。私がお願いしたから。

「これで本当に最後。」
涙が止まらなかったよ。ちなみに思い出して今も泣いてる。

手を繋いで辺りを少し歩いて、たばこの看板の近くで本当に最後のさよならをした。
何時だったかちゃんと覚えてないけど、22時くらいかな。
もっと一緒に居れる時間なはずなのに、次の予定を入れていれていた彼のおかげで、そこでさようならをせざるを得なかった。

この日を最後に彼には一度も会ってない。
寂しさに耐えきれなくなったり、仕事で辛い事があった時は、ついいつものクセで、彼にラインをしたり電話をかけたりしたけど、別れているのに連絡をとる私に嫌気がさしたらしく、ブロックされたらしい。
今も既読にならないメッセージが、いつまで経っても消せない彼とのライントークの履歴に残っている。


そんな私も前に進むために、彼以外の異性に目を向けるなどしてみた。
でも何かが違う。全然違う。
あの時の会話の波長が合う心地はなかなか味わえない。
一応、少しは気になったりもするんだけど、
やっぱり違うんだ。
そう思うと、やっぱり暫定ボックスには彼がいる。
ドッシリと中々に動かない。

彼以外の異性と、付き合ったりもした。
どれくらいだったかな。3日間だっけ。
その人とセックスもした。

それはもう最悪のセックス。

彼以上に丁寧な前戯で官能的なセックスだったんだけどさ。
なぜか全然気持ち良くない。
「俺たち相性良いかもね」
なんて言われてしまったけど、よくわからなかった。
私は頭の中で彼との最高だったセックスを思い浮かべて、彼が喜んだ仕草をし、彼が喜んだ言葉を放ち、彼のことを思い出していた。
特にあの京都デートの夜とか。
なんて失礼なんだろう。

おそらく生涯で1番セックスをした事になるであろう、あの2年間のうちに、私の体は完全に彼仕様になっていたのだ。
他の人とどうやってセックスをしたら良いのかが分かんない。
その人の丁寧な前戯よりも、彼のちょっと雑なんだけど私のために気持ちよくしようとしている前戯の方が100倍よかった。

私はそんな事を考えながら抱かれていたし、
その人は実は他に別の彼女がいたらしいし、
、、、、
ね。ほらね。最悪のセックスだ。
本当にしょうもない。あほや。

身体的には気持ちがいいセックスでも精神的に満たされていなかったら意味がないんだよ。
そんなの最悪なの。そうなると身体的にもあんまり気持ち良くないの。
はぁ、あの夜は思い出したくもないな。

その人としたデートには、彼との思い出の場所ももちろんあったというか、うん、思い出の場所が多かった。
その時にその場所で上書き保存をしようと試みるんだけど、出来ない。
堂々とデスクトップのど真ん中に彼の名前のフォルダーがあるの。
女は上書き保存っていうのにね。
全然、彼の名前のフォルダーがありますよ。

ちなみに彼のことは最後まで名前で呼ばなかった。
何度も「名前で呼んでよ」と言われたけど、
私は、「名前の呼び方に好きの度合いはでないよ」と主張していた。

でもね。ごめんなさい。本当は、本当は違う。
もし、彼と別れてしまったならば、もし彼と結婚できなかったら。
別の人と付き合う事になるであろう彼が、
新しい彼女と仲睦まじく呼び名を決め合う時とかにさぁ、
ふと私を思い出して欲しいと思ったりね。

彼の中に、どうにかして一生居座りたいと思って

「そういえば、アイツは名前で呼んでくれなかったな」って
「アイツは思い通りに行かない奴だったな」って
見知らぬ新しい彼女に名前を呼ばれるたびに
一瞬でも、思い出して欲しかっただけ。

結局この作戦はどちらかと言えば大失敗で。
私自身が、新しく出会う異性の人を、あえて名前で呼ばないという謎の癖ができてしまっただけだった。
そのおかげで、都度聞かれる
「なんで名前で呼ばないの?」と言う言葉で
私が彼を思い出している。
そんな異性を苗字で呼ぶたびに彼を思い出してる。
完敗だよ。ほんとにさぁ。もう。

こんなに彼のことを思い出して、彼の物語を書いて
未練がないなんて言おうもんなら叩かれるんだろうな。

うぅ、み、未練ないんですけど。

でも、今でもあちこちに散りばめられた彼との思い出が、出来事が、ハイファイな夢となってすぐに思い出せる。
鮮明だよ。すごーーく。本当に楽しかった。
最高の恋愛だ。

また一度、記憶をなくして彼と出会おうもんなら
上手く出来るかな。
出会う時期がもう少し大人だったら、
結婚してたかな。

ねぇ、誰か早く忘れさせてよ。
彼なんて大したことなかったと思いたい。
暫定ボックスに別の人がいて欲しい。
誰か彼を超えて欲しい。

いつまで経っても消えない彼が
せめて、消えなくてもいいから、
暫定ボックスの彼を誰か倒して欲しい。

早く幸せになりたいな。

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