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その者、『蹂躙の魔王』。

「聞いてくれよ、ひでぇ目にあったぜ…。」
席につくなり顔馴染みが声をかけてくる。
「この前来た研修生、ヤベェのなんのって…。」
「仮にも魔王であろう。軽くあしらってやればよいものを。」
転生魔王制が導入されて100年、最近の魔王会議ではこの手の話が後を絶たない。
「転生魔王なんてロクなもんじゃねぇ。奴ら、しきたりなんざ理解しようともしねぇ。平気で前世のルールだの道理を持ち来みやがる。」
「そもそもそれが狙いであろう。面白くなりそうだとノリノリで賛成しておったではないか。」
「うるせぇ。理想と現実ってヤツじゃねぇか…。」

大地にはびこる人間に対する免疫としての『魔王』、それに対する免疫としての『勇者』。終わらぬ二重螺旋のような調和が崩れたのは500年ほど前のことだったか。世界が勇者を生み出すのを待てなかった人間たちの手によって異世界から召喚された勇者、あるいは世界自体が即戦力として異世界から召喚した勇者…いわゆる『転生勇者』が様々な世界に出現した。勇者の発生に魔王の発生が追い付かず、美しい均衡が壊れていった。これを受けて『転生魔王』制度が承認されたのが丁度100年前。異世界から召喚した魂を魔族として再誕させ、既に存在する魔王のもとで研修を行い、魔王不足の世界に配属するという制度は見かけ上、上手く回っているように思えた。

「まぁ、聞けよ。この前なんてよ…」
俺は『獣の魔王』なんて呼ばれてるけどよ、まぁ、その名の通りチマチマしたことが苦手でよ。勇者を阻む迷宮の生成だの、魔物やら魔族の配置だの、そういうのは手下にやらせてるわけだ。そこにヤツが現れた。
「こんにちわ、獣の魔王様!あたしはクッカ!今日から20年ほど研修させていただくわね!」
挨拶は元気だけどよ、所詮はオンナじゃねぇか。なんで武闘派の俺の所に回されたのか理解できねぇ。だから適当にあしらってたらよ…
「オンナだからって馬鹿にしないで!あたしだって魔王よ!ぶん殴るわよ!」
って、ぶん殴ってから言いやがった。こっちも腹が立ったから、出来立ての強力な迷宮に視察って名目で落としてやろうと思って連れて行ったんだよ。そしたらよ…
「ハァ!?視察なのになんであたしだけなの?アンタも来なさいよ!指導役でしょ!もっとあたしと遊びなさいよ!!魔王様と遊ぼうだよ!」
その後は思い出したくもねぇ。前衛はアンタに決まってるでしょだの、二つ名が泣いてるだの好き放題言われてな。部下が作った迷宮は物理殺し仕様だし、罠はエグいしで何度か死にかけた。クッカ?あぁ、もちろん戦わせた。研修だからな。…笑ってたぜ。最高のアトラクションだ、ランドもユニバも目じゃないだ、挙句、出てきた配下の魔物ボコりながら
「笑顔よ!アンタら顔が怖過ぎるのよ!キャストの仕事は笑顔から!ほら笑え!心でも笑え!顔でも笑え!上司の面が見てみたいわね!」

「…目がヤバかったぜ。勇者でもあんなのいねぇ。ついでに俺までボコられてよ。帰還した後、速攻、研修中止で送り返したぜ。」
「…それは難儀であったな。」
まくし立てた後で獣の魔王の口から吐き出される溜め息。その強烈な悪臭に眉をひそめながら同情の言葉を贈る。なるほど、クッカとやらはなかなかに強烈らしい。楽しみな人材ではないか。
「クッカが私のところに来たのはお前のせいか。それならお前には私の話を聞く義務がある。」
背後からか細い声。霧のようにおぼろげな気配。これは『吸血の魔王』のものだ。血色の悪い青白い顔を思い浮かべ振り返る。しかし、そこにあったのは、血色の良い肌がツヤツヤとした顔だった。
「おぬしは…誰じゃ?」

「すべてはあの研修魔王、クッカのせいよ…」
私は『吸血の魔王』。その名の通り血や魔力のみを喰らう。生を受けてずっとだ。何も問題は無かった。そこにヤツが現れた。
「こんにちわ、吸血の魔王さま!あたしはクッカ!今日から15年ほど研修させていただくわね!あら、顔色が悪いですわ!これはよくありません!ちゃんと食べておられますか!寝ておられますか!魔王と言えど働き過ぎはよくありませんよ!」
初対面だぞ。なぜそんなことを言われなければならない。私は黙れと言った。睨みもした。殺意を剥き出しで威嚇した。にも関わらずクッカは気にせず料理なぞ始めおった。
「ほら、肉食べてください!美味しいですから、私の料理!ほら!食べれないって言うの!?私の料理が!?信じられない!食べなさいってば!」

「消化器官の無い私の体が順応するまで5年。来る日も来る日も肉肉肉肉…。思い出しただけでも胸やけがする。その後、満足したとか、もう大丈夫ねなどと言って研修を独断で切り上げてしまいおった。」
悲壮感の感じられぬ見た目だがなるほど。
「それは」
私の同情の言葉は議場の扉が勢いよく開く音と、何人かの魔王の息を呑む音で掻き消された。

「こんにちわ、あたしはクッカ!さぁ、私に素敵な二つ名をちょうだい!」

~FIN~

その者、『蹂躙の魔王』。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『魔王様と遊ぼうだよ!』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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