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僕らは切なさをAIと説く。

「夕暮れ時の切なさは気温変化による錯覚だと思えばいいのか?」
「これまた、ずいぶんと急にブッ込んで来るじゃねぇの。」
「夕暮れ時の切なさに関して考察せよというレポート課題なんだが、そもそも私には切なさという感情が理解できない。まるで駄目だ。」
「涙腺ガッチガチだもんなー、お前。そもそも理系なのになんだって日本文学科系の単位なんて取ろうとしてるんだよ。」
「ちがう。言語情報学系の授業だ。情緒語を含む日本語情報をAIに対して入力する場合に起こり得る問題点とその対処法というテーマでな。」
「なるほどね。切なさねー。うーん、なかなかに曖昧だよなー。ドラマとか見てて切なーい!なんて言うものの、正直、自分でもよく分からんで言ってる感はあるわ。胸がキューっと締め付けられるなんて表現もあるけど、呼吸が苦しいならそれは酸欠なんじゃねぇのって思うし、心臓なら心筋梗塞だよなー。秋冬なら神経痛でしょうねで片付くけど。まぁ、お前の前でしかこんな考え方もしないけどよ。」
「なぜだ?普通だろう。良い切り口だった。」
「引かれるだろ!社会性生物として困るんだよ!」
「そんなものか。」
「…まぁ、でも言語習得なんて実際のところそんなもんだろ。ある状況と文脈、それらに対して頻繁に使われる言葉が紐づけされていくわけでさ。すべては生まれてから何を見て、何を聞いてきたかによるんだよな。だから、案外さ、切ないってどんな感情か分からないヤツ、多いと思うんだよな。」
「心が切られたように痛む…という言葉では駄目なのか。調べたところ、語源はこれのようだが。」
「大袈裟ってことなんだろうなー、きっと。切られたように痛いだと、滅茶苦茶痛い感じになるだろ。現代人は切られたこともないし。包丁とかカッターで指切っちまったくらいならあるけど、流血を伴うイメージってなると…こう、変な方向にブーストがかかっちまうんじゃねぇかな。そこまでの痛みじゃないんだよなー、もうちょっと違う属性なんだよなーって感じでさ。多分時代の流れの中で緩やかーに却下喰らってきてるんだと思うぜ?今使われてる切ないって、どっちかって言うと気圧が下がってきて膝の古傷が疼くわー、なんか違和感あるわー、程度の感覚だろうしさ。」
「適切な言葉が存在しないということか。ならばそこは定義として飲み込むしかないだろうな。ではやはり条件だな。夕暮れ時に突然発症するんだ。温度だろう。温度しかあるまい。」
「ハッハー、甘いね。激甘で吐き気がするぜ。夕暮れ時という状況下で遷移するものがいくつあると思っているんだ?気温、体温、色彩、光量、血糖値!さぁ、好きなのを選べよ。」
「いや…分かった。浅はかだった。だが、仮に、仮にだ。ここは気温が条件だとしよう。…何℃だ?」
「…は?」
「切なさを発症するトリガーは何℃で引かれるのかと聞いている。何℃以下で切なくなり、何℃以上で切なくなくなるのだ?」
「そりゃお前…」
「10℃としよう。では10.5℃の場合、切なくなるのか?」
「切なく…なり、かけ、かねぇ…」
「つまり、だ。切ないという感情を離散的、瞬間的に捉えることは不可能であるということだ。」
「ま、それ言い出したらあらゆるものがそうだよな。発達障害だって、今の流行りはグラデーション的概念だろ。なんたらスペクトラムだったかね。俺ら自身は所詮、離散的にしか物事を数値化できねぇし、把握できねぇのにな。思えば、夕暮れだって、昼と夜の間のグラデーションだよな。どっからがどこまでが夕暮れかってなると、強いて言えば空が赤い時間帯のことですかねって話になるし。」
「いじめやハラスメントもそうなるな。はっきりとした言葉が存在しているわりに閾値が曖昧すぎる。これではAIはいつまで経っても裁判官になることができない。」
「やさしさとかもな。ほんと、嫌になるよな。あー、そうか…。」
「なんだ。」
「夕暮れ時の切なさは、同時に何種類ものパラメータが移り変わろうとする際の情報圧が脳に及ぼす影響の総合的な症状ってことでどうよ?」
「つまり、昼という光量、空の色、温度の面で数時間続いた安定状態が雪崩のように一気に崩れていくことが人間の感覚にごくわずかずつ圧をかけ、それによって、不安定な感情が引き起こされるということか。」
「そーそー。その証拠にだ。夕暮れが観測できないような悪天候の夕方は、切なさなんか感じない!」
「確かに…!」
「部屋の中にいても、切なくならない!夕焼けだけを見ても感じない!」
「感じたとして、それは記憶の中の感情をリピートしているに過ぎない!」

「「このような現象を急性遷移不安症と名付けよう。」」

ガシャン!

「よーし、これで行くか。レポート1本出来上がりっと。」
上機嫌な声が部屋に響き、次いでタイプ音が鳴り出す。
床に崩れ落ちた2体の操り人形。彼らの視線は虚空を彷徨い、開いた口は塞がらず、静かに次のテーマを待っているのだった。

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僕らは切なさをAIと説く。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ執筆:花梛(https://note.com/hanananokoe/
「夕暮れ時の切なさは気温変化による錯覚だと思えばいいのか?」
本文執筆:Pawn【P&Q】

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