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真夏の扉と真冬の呪い

扉という字は「戸」という字の下に非常識の「非」と書きます。非は左右対称の、いわゆる観音開きの戸を模したもの…ということのようですが、本当にそうでしょうか。ある日、何気なく開けた戸が、うっかり非日常につながっていた…。そう考えるとワクワクしませんか?

「あー!暑い!何なの、夏!アイス!アイスアイスアイス!!」
帰宅した私は汗も拭かず、勇ましい雄叫びをあげて玄関から台所に直行する。目指すものは1つ。大学から家までの30分間、夏の灼熱に焼かれて火照ったこの体を癒してくれるもの、それは。
「アぁぁぁぁぁイスっ!」
冷凍庫のドアにかける手に力が入る。開け、楽園の扉!来い、私のスイカバー!勢いそのまま、私はノールックで冷凍室にある棒状のものを掴み、勢いよく引き抜く。瞬間、辺りは光に包まれた。

「…ぁぁぁイスっ!…え!どこ、ここ!?誰アンタ!?」
灼熱の台所は、写真で見たことがある北極とか南極みたいな、だだっ広い雪と氷しかない、そんなよく分からない場所になっていた。目の前にはモッフモフのコートに身を包んだじいちゃんがいて、潤んだ目で私を見ている。なんだよ照れるじゃねーか。
「おぉぉぉ!それはまさしく聖剣!エクスカリバーですじゃぁぁ!」
「何言ってんだ、これは私のスイカバーって、なんじゃこりゃぁ!」
私の手にはスイカバーじゃなく、なんかすごそうな大剣が握られていた。
「伝説の聖剣!エクスカリバーですじゃ!」
「いやいや、スとカとバーしか…って、けっこう合ってんじゃねぇか!」
「そして、この寒さをものともしないその出で立ち!まさしく炎の精霊に愛された勇者である何よりの証…!」
Tシャツに短パンという夏真っ盛りな服装なのに、確かに全然寒くない。むしろ暑い。私の体は帰宅時の火照りをキープしていた。姿は無いのに、太陽と夏の…ヤツらの気配を感じる。暑い。
「なぁ、じーちゃん!こんなに氷があるなら、かき氷とか、シャーベットとか、アイスとか、あるよな!?」
「おぉ、勇者様…!」
「ど、どうしたんだよ!?泣くなよ!なんでアイスで泣くんだよ!?」
「すべては魔王の…魔王のせいなのですじゃぁぁぁ」
「だぁぁ、抱き着くな!泣くな!誰だよ魔王!」
暑苦しいモフモフコートのじいちゃんを押し返す。我に返ったじいちゃんは分厚い手袋に包まれた指を空に向ける。私も上を向く。そこにあったのは、灰色の雲がどこまでも続く典型的な冬の空。
「…いねぇじゃん。」
「全部ですじゃ。この空を覆う雲、そのすべてが魔王なのですじゃ。」
「…魔王、スケールでかすぎねぇ?」
チラチラと雪が舞い始める。だだっ広い雪原に降る雪。ビジュアルは悪くない。じいちゃんも私と一緒に空を眺める。
「この雪や雨には、魔王の欠片、毒のようなものが混じっておるのです。積もった雪も、氷も、それらに侵された土も川も木も草も…使い物にはならんのですじゃ。触ると死ぬというようなことはありませんが、口にすれば、じわーりじわりとむしばまれていくのですじゃ。水も食べ物も、我々に残されているのは地下深くにあるもののみ。それもいずれは…。」
じいちゃんの話が理解できた瞬間、私の絶望はピークに達する。グッバイ・マイ・アイス…!グッバイ・マイ・スイカバー…!私の体の火照りを冷ましてくれるものは、この世界に存在しない…!
「おのれ魔王…!夏に灼熱の部屋で食べるスイカバーの快楽を私から奪うなんてなァ…!」
「ゆ、勇者様…!?聖剣が…輝いておられますじゃ…!」
「許されるわけが!無いだろぉぉぉぉッ!」
私は怒りのまま、右手におさまったスイカバー程度の重さしかない聖剣を力任せに振り回す。
「おぉぉぉぉ!?勇者様ぁぁぁ!?」
太陽のように輝く聖剣の切っ先が描く軌道のまま、遠くの曇り空が大きく裂ける。
「私の夏を…かぁぁえぇぇせぇぇぇッ!」
ハンマー投げの選手のようにデタラメに聖剣を振る。裂けていく雲の切れ間から青空が覗く。
「スイカバーを…食わせろぉぉぉっ!」
勢いのまま足元に剣を突き刺すと、真夏に食べるかき氷のように、氷雪がじわりと溶けて消えていく。

「…しゃさま!」
遠くでじいちゃんの声がする。頭がぼーっとする。
「勇者様!!」
「おぉぅ!?なになに!?」
「魔王が…魔王がいなくなりましたですじゃ…!」
我に返った私の目に映ったのは、見渡す限りの青空。そしてギラギラと眩しい太陽とキラキラしたじいちゃんの笑顔。そして右手には
「スイカバー!!」
夢中で一口かじる。あぁ、スイカバーだ。夏の日差しの中で食べるアイス、最高の快楽…!このために生きてる…!

「美味い!」
私の声に応えるのは、窓から聞こえる蝉の声。見回せば狭くて暑い我が家がそこにあった。
「熱中症で意識トんじまったかな…?」
首をひねりながら、スイカバーをもう一口。曇り空にしか見えない魔王、幸せそうなじいちゃんの笑顔。あれは夢だったのだろうか。真実は冷凍庫の中にある。アイスと一緒に。

~FIN~

真夏の扉と真冬の呪い(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:しゃるろっと様
『真実は冷凍庫の中に』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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