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僕たちの大好きな色。

「そのいろ、このいろ、まぜっこしましょ!」
「そのいろ、このいろ、まぜっこしましょ!」

幼い頃、僕たちの魔法の先生は、よく絵の授業をしてくれた。『目の前に広がる世界を広く眺め、よく観察し、キャンバスに切り取る。光と影の具合を再現するために色を選び、色を混ぜ合わせる。あるいは、そのうえに自分の内面世界を、エゴイズムを、重ね塗る。そして新しい世界を作り上げる。絵には魔法にとって大事な要素が詰まっている。』これが先生の口癖だった。

僕たちは絵を描くことも好きだったけれど、何よりも後片付けの時間が好きだった。お互いのパレットに残った絵の具を1つずつ選んで、混ぜ合わせるという遊び。
「そのいろ、このいろ、まぜっこしましょ!」
「そのいろ、このいろ、まぜっこしましょ!」
歌いながら色を混ぜる。相手が何色を選んでくるか考えながら、自分の色を選ぶ。混ぜてみると、図鑑に載っているゴブリンの表皮のような何とも言えない色が生まれたり、夕暮れどきのような紫がかった色が生まれたりした。先生は楽しそうに出来あがった色を眺めては、昔見た魔物のことや、異国の食べ物のことを教えてくれた。どんな色になっても、それは失敗ではなく、ただ僕たちが知らないというだけで、先生がどんな話をしてくれるのかが、楽しみで仕方なかった。

やがて月日が流れた。僕たち-僕と、幼馴染で許嫁のクレア-は、魔法以外にもたくさんのことを学びながら、大人になっていった。その頃、世界は魔王と呼ばれる存在の脅威に曝され、幾度も戦争が起こった。魔物との戦いだけじゃなく、人間同士の争いもたくさんあった。そのたびに僕たちは策を巡らせ、武器を振るい、魔法を使った。何度目かの戦争のとき、先生が魔王討伐のために召集され、そして二度と、帰ってくることは無かった。

僕たちは戦争のために軍略や魔法の研究を続けた。勝ちたいとは思わなかったけれど、死にたくない、死なせたくないとは強く思っていたから、必死だった。幼いころから先生が教えてくれたように、絵を描くように、軍略を織り合わせ、魔法を混ぜ合わせた。不謹慎だったかもしれないけれど、先生が教えてくれた楽しむ心があったから、僕たちは研究を続けることができたし、その成果で領地の人たちを守ることができていた。その結果、僕たちもまた、魔王討伐のために召集された。

領地を発つ前に、僕たちは最悪の想定のもとで、あるものの精製に踏み切った。それは研究の中で偶然発見された粘性物体。『スライム』と呼ぶことにしたそれは魔法を蓄積する性質を持っていた。僕たちはその蓄積量を増やしたり、蓄積させた魔法の利用法を研究し、完成させていた。
「僕の持っている圧縮スライムと」
「私の持っている圧縮スライム。」
「2人の持っているスライムに魔力を通しながら押し合わせると、破壊魔法が発動する。」
「このサイズなら、魔王城のある辺りの領土を丸ごと消し飛ばせる…はずよね。」
「さすがに実験はできないけどね。ぶっつけ本番。もし僕がやられたら、そのときは」
「それは私も同じ。使わずに…帰ってきましょう。」
「そうだね。」
僕たちはそれきり、何も言わずに旅の支度に戻った。寝れないまま朝を迎え、人々の声を背に、領土を発った。

魔王城への道程は筆舌に尽くしがたいものだった。大勢いた勇者たちも魔物たちの物量に押され、1人また1人と数を減らしていった。魔王城は見える距離にあるにも関わらず、戦況は好転しないまま、僕たちはとうとう最後の2人になってしまった。そして、クレアが倒れた。ぼくらは魔王城の城門まで来ていた。
「クレア!今回復魔法を!」
「だめよ。致命傷だもの。分かるでしょ?」
急いで張った結界をドンドンと魔物が叩く音の中、クレアの体には絶望的な傷が刻まれていた。
「ねぇ、1つだけ、お願い。」
クレアは消え入りそうな声で言いながら、圧縮スライムを取り出す。
「分かってるよ。」
僕は泣きながら、自分の分の圧縮スライムを取り出した。

強固な結界を何重にも張って、僕はクレアの隣に寝転ぶ。魔物たちの隙間から、わずかに見えた空は、黄昏の色。僕らの好きな色だった。
「クレア、覚えてる?初めて混ぜた色のこと。」
「もちろん。こんな色だったわね。私たちお気に入りの、暖かな色。」
2人で持ち寄った別々なものを織り混ぜて、1人では作れないものを作ること。先生が教えてくれたことは、すべてに通じていた。だから僕たちは、こんなにも一緒に、ここまで来れた。
「先生、褒めてくれるかな。」
「えぇ、きっと。」
弱くなっていくクレアの呼吸。もう時間が迫っていた。指先に這わせた魔力で圧縮スライムのロックを解除する。
「そのいろ、このいろ」
「まぜっこ、しましょ」
圧縮スライムごと、クレアをぎゅっと抱き締める。2人で、体に残った最後の魔力を振り絞り、スライムに注ぎ込んでいく。

「その色と」
「この色を」

混ぜてみた。

暖かい色が生まれた。

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僕たちの大好きな色。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ執筆:花梛(https://note.com/hanananokoe/)
その色とこの色を混ぜてみた。暖かい色が生まれた。
本文執筆:Pawn【P&Q】

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