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石榴色の夢。

「どう見たって、パックンフラワーなんだよなー。」
夢の中。声変わりする前の甲高い声で、あの日の君は庭の木になった石榴の実をゲームに出てくるモンスターに重ねて言った。
「食うじゃん、この形。どう見たって人間食うか、種飛ばして攻撃してくるか、近付くと虫みたいな敵がわんさか出てくるかなんだぜ。マジで、この手のヤツに何度泣かされたと思ってるんだよ。」
唇をとがらせてまくしたてる表情は真剣そのものだ。普段から何か面白そうなものを見つけてはつつき回して痛い目を見ているというのに一向に懲りないその性格は、ゲームの中でも存分に発揮されているようだった。この前も蜂の巣を見つけて大変な目に遭ったなんて言っていた。果たしてゲームの中だったのか外だったのか。どちらにしても、冒険少年を地で行く、いわゆる男の子だった。
「おいしいのよ、これ。ざくろっていうの。実を裂くと、あかいつぶつぶがびっしり並んでるのよ。」
背伸びしてざくろの実に触れる。指先に伝わる、硬いとも、柔らかいとも言えない、すべすべとも、ごつごつとも言えるような、そんな妙な感触。あるいは、昔むかし、私がまだ昆虫を素手でさわれた頃に知った、バッタの背中や、あるいは腹のような、不思議な感触にも似ているようにも思えたのは、間違いなくさっきの君の言葉のせいだった。
「つぶつぶって、やっぱり虫系じゃねぇか!」
「せめてとうもろこしとか言いなさいよ!」
つい声が大きくなる。もちろん怒っているわけじゃなかった。君といると、私の中の男の子がニヤニヤとこっちを見ているような気がして、昔むかしに戻れてしまうような感覚があった。オトコとかオンナとか、そういうことを知らなかった、世界をまだキラキラしたものとして認識できていた、あの頃に。
「ざくろ石って、知ってる?ガーネットっていうんだって。キラキラの宝石なの。図書室の図鑑で見たんだぁ。」
「お前、宝石の写真なんか見てんのかよ。うちのかーちゃんみたいだな。」
「女の子だもの。いつまでも虫とか恐竜とか見てるわけにはいかないのよ。」
「なんだよそれ、恐竜見てかっこいーって言ってたくせに。」
君は手を伸ばしたまま、実に触れるためにぴょんぴょんと跳ねる。背はまだ私の方が高くて、君と並ぶたびに、いよかんを食べたときみたいな、苦い罪悪感と、甘い優越感を一緒に味わっていたんだ。私は手を伸ばして、赤く熟れたざくろの実を1つ取って、君に渡す。笑顔と泣き顔の真ん中くらいの微妙な表情筋の引き攣り。
「食えるようには見えねーなー。」
「皮はむくのよ。みかんだってそうじゃない。」
「みかんはむく前からうまそうじゃん」
頭の悪い会話。でも、今にして思えば、こんな他愛ない会話がたまらなく愛おしい。

まだ、間に合うのかな。
まだ、君はこうやって話してくれるのかな。

まだ、私はこんな風に笑えるのかな。

割れ目にまだ華奢な指先ねじ込んで、私はざくろの実を慎重に裂いていく。
「石榴ってガーネットの語源なだけあって、中身は綺麗でキラキラしてるのね」
先生みたいな口調で言いながら、君の方を見る。信じられねぇなんて言いながら、知らないものを見る目は真剣だった。世界中のキラキラがぜんぶ宿っているような瞳。まだ見ぬものを見る君の目。私のいちばん大好きなキラキラ。
「すっげぇ、虫のたm」
「やめなさいって!食べられなくなるじゃない!」
隙間無くびっしりと並んだ赤く光る粒。あったような、無かったような、そんな遠い日の記憶。色あせた思い出。あるいは、色あせない赤。


目が覚める。グラスには、あの日の石榴のような色の赤ワイン。その横に置かれた指輪の石はガーネット。君と、子どものことで言い合いになって、そのあと、こっそり飲んだお酒。泣いたような気もしたけれど、果たして夢の中だったのか、現実だったのか。ちょっと頭が痛いのは、もしかすると流し慣れてしまった涙のせいじゃなく、呑み慣れないものを飲んだせいなのかもしれなかった。
「まだ、間に合うのかな。」
出した声は、部屋に満ちる夜の静けさに、あっという間に溶けて消えてしまったように思えた。
「まだ、間に合うのかな。」
もう1度だけ。今度は少しだけはっきりと出した声は、誰のためのものだったのか。私は指輪を左手の薬指にはめて、グラスの中にわずかに残る赤ワインに倍量のオレンジジュースを足して、飲み干した。通り過ぎていく、苦味と甘味と微かな渋味。
「また、明日。」
強く、短く、小さく言って。洗い物を済ませて、明日のための準備をする。
部屋で寝ている君が、あの頃みたいに笑ってくれるように。
私があの頃みたいに、君が知らないことを話してあげられるように。

君の隣。私よりもずっと大きく広くなった背中。
「おやすみ。」
寝ているであろう君を起こさないように、潜入ゲームの主人公よりも静かにベッドに入り込んだ私の耳に届いたのは、すっかり声変わりした君の、低くて優しい声だった。

~FIN~

石榴色の夢。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛(https://note.com/hanananokoe/
『「石榴ってガーネットの語源なだけあって、
中身は綺麗でキラキラしてるのね」』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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