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言の葉と じゃれつき遊べ 夏燕

「ねぇ、空くんは何を書くの?小説とかエッセイ?」
高校からの帰り道、私は後ろを歩く後輩の方を振り向く。
「今日の説明だと、何でも良いって言ってましたよね、部長。」
「そうねぇ、文字で表現するものであれば何でもいい、って。まぁ、あの説明の言葉自体が受け継がれてきてるから、あんまり深く考えてないと思うけどね。」
振り返ったまま歩くのも危ないから、私は歩く速度を落として、彼の隣に並ぶような形になる。
「なら、やっぱり僕はアレですね。」
「やっぱり、そうなるかぁ。」
今年の春に入ってきた、1つ下の後輩君。顔立ちも性格も悪くない。そんな彼が文芸部でまっすぐに向き合うもの。それは…。
「ダジャレ…つまりそれは恋。言葉への、愛…!」
そう。彼はダジャレを真面目に追求している。言葉で真剣に遊んでいる彼のセンスと姿勢は、短歌を作るのが好きな私に、少なからず衝撃を与えていた。
「ダジャレが部誌に掲載された前例ってあるのかなぁ…。」
「全身全霊で前例を作りますよ!」
張り切ってるなぁ…。もうダジャレ出ちゃってるし。眩しいなぁ…。
「先輩は短歌ですよね?」
「そうだねぇ…。それしか書けないし。」
燃える後輩に対して、私は声がぼそぼそと小さくなってしまう。私はこの1年ですっかり文字数コンプレックスに陥っていた。部誌という形でいざ印刷されると、たとえ2000字程度の小説のようなものであっても、31字の短歌に比べて、何かすごい作品に見えてしまったのだった。

「…そうだ、ねぇ空くん。コラボしよ?」
「コラボ…ですか?僕と先輩で?」
ふと思いつきで出て来る私の言葉に、首をかしげる後輩の図。なぜか良い感じに吹き抜けていく初夏の爽やかな風。

「空くんが作ったダジャレを、私が短歌に組み込むの。…どう?」
「なるほど…僕の愛と先輩の愛を合わせるんですね…!」
真面目な顔で物凄く恥ずかしいことを言う後輩。不意打ちを受けて内心で悶絶する私。まったく狙わずに私のツボを突かないでいただきたい。
「そ、そうだ!四季で1つずつ書くのはどうかな?まずは春から!」
「5字か7字で、四季ですね…。分かりました、しっきりと考えてみます。」

翌日、部室で合った後輩の手にはメモ用紙が握られている。見せてもらうと、たくさんのダジャレが並んでいた。『立ち上がるチアガール』、『出口で愚痴』、『桜咲くらしい』、『消化しようか』、『兎を追う鷺』、『テント立てんと』……。春じゃないもの、四季に関係ないものも含めて、とにかくたくさんある。不思議なもので、後輩の言葉への愛が、短歌への劣等感を忘れさせてくれていた。楽しい。考えるのが、言葉を織るのが、たまらなく楽しい。ダジャレを見ながら、景色を思い浮かべて、それを言葉にしていく。美しいものや、コミカルなもの。それらの中に揺蕩う感覚。そして。

『冬過ぎて 明日にもさくら 咲くらしい
開花見るため テント立てんと』

ほとんど勢いで出来た1首を、そのままダジャレメモの下に書き込んで、息を吐き出す。書けた。あぁ、良かった。まだ書けた。
「どうせなら、一緒に見たいです、桜。」
感無量で泣きそうになるのをこらえていると、置き去りにした後輩の声が耳に滑り込んで来た。え、告白!?顔を上げると後輩の真面目な顔。
「なんか、僕は短歌分からないですけど、この人、1人だけで頑張ってるみたいです。せっかく誰かに桜が咲くらしいって教えてもらったのに。」
言われてみれば確かにそうかもしれない。
「うーん…。いや、そうか…。ここが冗長だから…。」
ブツブツ言いながら、下の句に書き込みを入れる。

『冬過ぎて 明日にもさくら 咲くらしい
きみと見るため テント立てんと』

「これなら…どう?」
「すごい!二人になった!」
後輩がはしゃいでくれる。短歌が好きな友達なんていなくて、ずっと独りだった。読んでもらえるって、こんなに嬉しいことだったんだ。去年の部誌を買ってくれた人は、私の短歌も読んでくれたのだろうか。そうか。発表するってことは、読んでもらえるかもしれないってことなんだ。私は1年越しに、文字数なんてどうだっていいやって思えたのだった。
「ありがとう、空くん」
「え?あ、はい、僕もありがとうございます。勉強になりました。」

帰り道、私たちは残り3つの季節について話す。まるで数か月先のデートの計画を立てているみたいな感じ。空くんのダジャレと、私の短歌。言葉への愛が止まらない。
「ねぇ、空くん」
「はい、何ですか?」
「言葉に対する愛でそんなにポンポン出てくるんだから、私への告白の言葉は、すごいやつ期待しちゃっていいのかな?」
冗談めかして言った私の言葉に空くんはぽかんとして。次の瞬間には顔を真っ赤にして立ち止まってしまう。
「わー!ごめんごめん!変なこと言った!無し!今の無し!」
釣られたように、私の顔も赤くなっている気がした。言葉以外への愛に関しては、もう少しだけ時間がかかりそうだった。

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言の葉と じゃれつき遊べ 夏燕(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:猫林くう様(https://twitter.com/nekobayashikuu)
『ダジャレ…つまりそれは恋』
だじゃれ協力:猫林くう様
本文執筆:Pawn【P&Q】

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