法務は何をするのか

サマリ

  • 法務の業務範囲は広く、経営企画、人事、労務、総務、IRなどの部署が担当する業務の一部を担当している

  • 業務範囲が広いと、視座が高まり、会社全体のことを考えられるようになる

  • 法務はきつい、つらい、つまらないと言われるが、法務が何をするかによる


1. 背景

法務は何をする機能なのか、法務担当者になるにはどうすればよいのかなどは、具体的にイメージしにくい。「法律関係のバックグラウンドを持つ方々が契約書をレビューする部署」という答えは必ずしも正しくない。法律関係のバックグラウンドがなくても法務担当者として豊富な知識と経験を持つ方々はたくさんいる。法律関係の資格は法務担当者になるための必要条件でもない。採用面接時に重視されるのは法務として何をやってきたかである。

法務の業務範囲は広い。経営企画、人事、労務、総務、IRなどの部署が担当する業務の一部を法務が担当するイメージである。これらの他、経理や財務と関係することもある。書面の内容次第で、計算書類のどこに数字という形で現れてくるのかが変わるためだ。監査や事業部門、開発部門に入り込むこともある。業務フローの問題点の把握と、致命的なリスクの予防につなげるためだ。

業務範囲の拡大にはポジティブなことが多い。経営者が今考えていることや、事業部門が推進中の施策に対して、法律相談の段階で、あらゆる角度から検討することが可能になる。最低限、どの部署に相談すべき事項かを判断できれば、自分が中継役となって、後の対応を専門の部署に任せることができる。経営者や事業部門、他の管理部門の考え方、考慮要素や仕事の進め方を学ぶことも可能だ。

法務はつまらない、と第三者の目に映ることがある。法務の業務範囲が広いと、法務はきつい、法務はつらいといったネガティブな印象を持たれることもある。しかし、これらの印象はその人の主観によるというだけでなく、法務機能の業務範囲や人員数、他の部門の法務に対する考え方や態度など客観的な事情にもよるのではないか。

これから法務になろうとしている方や、現役で法務を担当している方、法務機能を自社に持たせたいと考えている方に向けて、法務の業務範囲を見定める参考としてもらうため、今回は、法務は何をするのかを中心に書く。


2. 法務は何をするのか

多くの会社さんの法務は次の業務を担当する。

  • 契約
    契約書のレビュー、ドラフト、交渉、管理

  • 法律相談
    相談者は経営者、事業部門や開発部門、管理部門など法務以外の全て
    相談内容は特定の問題から一般的な内容までさまざま

  • 資金調達
    デッド、エクイティ

  • M&A
    LOI、MOU、法務DD、DA、PMI

  • 株主総会、取締役会
    議案管理、招集通知、議事録
    (必要な場合、適時開示、登記、新株予約権の消却)

  • 知的財産権
    商標権、特許権の調査、出願、登録管理

  • 労務

  • 法改正対応

  • 社内研修
    コンプライアンス全般から個別トピックまでさまざま

  • トラブル対応 など

その会社さんに子会社がある場合、その子会社の法務も担当する。グローバルに展開している会社さんの場合は、海外の会社の法務も一部担当する。大きな会社さんでは、業務範囲ごとに法務を分割するところもある。


3. 法務はきついのか

最初から全ての業務範囲を担当するのは容易ではない。とくに契約レビューや法律相談においては、その会社さんの経営方針、事業の進め方や考え方などを正確に把握していなければ、具体的、かつ相談者に刺さる回答を行うことは不可能だ。法律関係のバックグラウンドの有無は関係ない。

契約レビューや法律相談にある程度対応できるようになるには、「量」をこなす必要がある。肌感覚では、年2,000件から3,000件程度を2年から3年程度が適当である。ひと月20営業日と仮定すると、1日あたり8件から12件程度の計算だ。もちろん、他の業務と併行して、である。

年数十件程度では圧倒的に「量」が少ない。契約や法律相談の種類に偏りがあり、レビューのポイントや、法律相談における論点出しに磨きがかからないからだ。契約レビューでいつも契約書の冒頭から順に読む、法律相談で法務担当者の漠然とした不安感を理由にそれがリスクだからいうことで「No」と言う、のは今すぐに改める必要がある。

圧倒的に「量」が少ないときに一番問題なのが、レビューや法律相談への回答までに時間をかけ過ぎることである。時間「がかかる」のは仕方のない場合があるとしても、時間「をかける」のは制限時間(回答納期)を設けないことが要因だ。時間「をかける」ことに慣れていると、「量」をこなすべきときに必ずパンクする。時間をかけたとしても、結論や理由付けのポイントは大して変わらないことを肝に銘じる。

これを「きつい」と考えるのかどうかは、その人次第である。文字上では仕事量や体力面で「きつい」と感じるかもしれないが、実際にやってみるとそうではないと感じることもあるため、まずは試してみること、行動を起こしてみることも一案である。メンタル面で「きつい」と感じるかどうかは、次の「法務はつらいのか」の項で検討する。


4. 法務はつらいのか

法務の業務範囲が広いほど、接触する相手が増える。経営者、社外役員、事業部門や開発部門、管理部門、顧問弁護士、株主、取引先等である。レイヤーでいえば、取締役、執行役員、部長、課長、担当者である。その会社さんの関係者全員ということだ。

接触相手が増えると、コミュニケーションコストが増えがちである。摩擦を伴うこともある。例をあげる。

  1. 事業部門の担当者からの法律相談を受けて、法務が「No」とだけ回答する。

  2. 事業部門の担当者が事業部門の責任者に「法務がNoと言っていました」と報告する。

  3. 事業部門の責任者が法務に「なぜNoなのか、もう一度検討してくれ」と言う。

  4. 法務が相談内容を再度調べ、顧問弁護士にも見解を聞く。

  5. 法務が事業部門の責任者に専門用語を用いた顧問弁護士からの回答をそのまま伝える。

  6. 事業部門の責任者が法務に「専門用語で言われてもわからない、経営者と話して結論を出すので、もういい」と言う。

以上のやり取りにコミュニケーションコストが発生していると考える場合、次の視点で仕事の進め方を見直す必要がある。いずれも法務がコントロール可能な視点である。

  1. 法務が事業部門の担当者に相談背景や当事者関係、事実関係などについて、詳細なヒアリングを行ったか、また企画書や提案書など、その法律相談に関係する証憑類の共有を事業部門の担当者に依頼したか

  2. 法律相談の本当の論点を把握したか

  3. 法律相談への回答にあたって、今の事実関係や証憑類を元にした「今できる」案や、前提条件を変更したり別の条件をつけたりした「これならできる」案を検討して提示したか

  4. 顧問弁護士への相談時に、相談背景や当事者関係、事実関係などについて、詳細に伝えたうえで、的を絞った相談を行ったか

  5. 専門用語を用いた顧問弁護士からの回答の意味を全て正確に理解し、自分が話者となる場合に、噛み砕いて説明できるだけの自信を持てているか

  6. 事業部門が理解できるように、補足や例をあげたり、業界または自社で通用する用語に変換したりしたか

以上の視点をもって仕事を進めるならば、「法務はつらい」とは思わないはずである。法務がコントロールできることをしっかりやっているかを見つめ直すだけでよい。法務のコントロールできない事情によって、「自分の見解が経営者や事業部門の責任者に受け容れてもらえない」という事態が生じている場合は、「つらい」と感じる必要はない。さっさと次の案件に集中にして、その案件で自分のできることをしていくのが懸命だ。


5. 法務はつまらないのか

法務部門以外の方の認識と、法務担当者の認識との間にギャップがある。一方で、法務部門以外の方には、法務は次のように映ることがある。

  • 法務は契約レビューと法律相談だけの狭い領域で働いている。

  • 事業部門や開発部門の観点での回答が得られない。

  • 回答が遅い。

他方で、法務担当者は法務という業務をどのように考えているか。一部の方々は次のように考えている。

  • 契約レビューと法律相談以外の業務もやりたいが、時間も能力もない。

  • 法務の役割は、法務的な観点からの回答のみである。求められてもいない他部門の観点での回答などしないし、そもそもできない。

  • 正確な回答を出すことが必要なので、回答までの時間を多少犠牲にすることもやむを得ない。

仕事をつまらなくしているのは自分自身である。もし法務担当者が上記のように考えているならば、その法務業務は「つまらない」ままだ。

契約レビューや法律相談の中には、特別な思考を必要としない単純作業もある。これらは「つまらない」かもしれない。そういった作業は、なくす(業務フローから抹消する)、自動化する、やり方を変える、外注する。特別な思考を必要とする業務の検討時間を確保するためだ。「つまらない」作業に時間をかけても、ますますつまらなくなるだけである。

特別な思考を必要とする業務の検討時間を確保できたら、法務担当者が持つべきは、仕事の進め方に関する視点である。再掲する。

  1. 法務が事業部門の担当者に相談背景や当事者関係、事実関係などについて、詳細なヒアリングを行ったか、また企画書や提案書など、その法律相談に関係する証憑類の共有を依頼したか

  2. 法律相談の本当の論点を把握したか

  3. 法律相談への回答にあたって、今の事実関係や証憑類を元にした「今できる」案や、前提条件を変更したり条件をつけたりした「これならできる」案を検討して提示したか

  4. 顧問弁護士への相談時に、相談背景や当事者関係、事実関係などについて、詳細に伝えたうえで、的を絞った相談を行ったか

  5. 専門用語を用いた顧問弁護士からの回答の意味を全て正確に理解し、自分が話者となる場合に、噛み砕いて説明できるだけの自信を持てているか

  6. 事業部門が理解できるように、補足や例をあげたり、業界または自社で通用する用語に変換したりしたか

以上の視点を持っていると、毎回工夫が必要となるため、「つまらない」と思わないのではないか。一つずつでもクリアしていけば、回答の精度は確実に上がる。回答期限の少し前までに回答すると、相談者から感謝されることもある。

そのうえで、契約レビューや法律相談以外の業務もやってみる。必然的に、会社さんの経営方針や全体最適の視点で物事を考えることができるようになる。それらの業務は会社さん全体に関係することが多いためだ。視座が高まると、それまでの視座の低さや、いかに部分最適で考えていたかがわかる。従前の考え方や案件に取り組む姿勢を改める良いきっかけになる。


以上、法務はきついのか、法務はつらいのか、法務はつまらないのかと関連付けて、法務は何をするのかを書いた。明らかなことは、法務ができることは多い、その事実をどのように感じるかは人それぞれ、ということだ。


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