新株予約権の消却

サマリ

  • 消却方法には取締役会決議、放棄の2つがある

  • 退職前に条件付きの消却決議を行うことも可能である

  • 消却登記申請には取締役会議事録も必要な場合と、委任状だけでよい場合の2つがある


1. 背景

新株予約権を持っているものの、全部または一部を行使することなく、会社さんを離れる役職員は一定数いる。その場合、その方が保有していた新株予約権は原則として消却する。会社さんの狙いの一つである「役職員の繋ぎ止め」が奏効しなかったためだ。

今回は、新株予約権の消却を書く。


2. 消却手続

(1) 取締役会決議

新株予約権は取締役会決議によって消却する。まず、新株予約権者の保有する新株予約権を会社さんの「自己」新株予約権にする。「自己」新株予約権にする方法は2つである。①発行要項の行使条件のうち「新株予約権を行使するには当社の取締役または従業員の地位にあることを要する」「行使条件(地位要件を含む)に該当しなくなった場合、その方の保有する新株予約権を会社さんが無償取得できる」との規定を理由とする方法、②取得条項付新株予約権を強制的に取得する方法(会社法273条から275条まで)である。多くの場合、①が選択される。②は当該新株予約権を取得するまでに最短でも2週間以上かかるからだ(会社法273条2項、275条1項参照)。

次に、消却する「自己」新株予約権について次の3点を取締役会で決議し、議事録に残す(会社法276条参照)。

  1. 消却対象の回号(第x回新株予約権)

  2. 消却する個数

  3. 消却後の当該回号の残個数

3.の残個数は、記載すると現実的なメリットがある。新株予約権の消却を複数回行っているのに、最新の消却分だけを登記申請してしまう場合に、司法書士または法務局から「登記簿の個数から消却する個数を引いた数が、3.の残個数と合わない」との指摘がなされる。現在申請分の登記が完了した後に、未登記の消却分について登記申請をやり直す危険を回避できるのだ。会社法上は対応が求められる項目と読めず、管轄法務局の運用によるかもしれないが、対応しても損はない。

消却の効力発生日は、会社法上は対応が求められていない。取締役会決議日が効力発生日として登記されるからだ。何らかの事情があって、特定の日を効力発生日とする場合は、取締役会議事録に記載することになる。

新株予約権者の退職前に、条件付き消却決議を行うことも可能である。条件は2つで、①その方が特定の日に退職して、②当該新株予約権が会社さんの自己新株予約権になることである。これら2つの内容を取締役会議事録に記載する。

新株予約権者の氏名、所属部署、在籍期間や在籍中に果たした役割などの項目は取締役会資料に記載するのみで問題ない。取締役会参加者が新株予約権者の属性などを認識し、例外的に新株予約権の継続保有を認めるかどうかの判断材料にとどまる。

取締役会議事録はクラウドサインで回付したものを登記申請に使用できる。紙で回付した取締役会議事録に会社さんの実印を押すことは不要である。

(2) 放棄

新株予約権者が自分の持っている新株予約権を放棄する場合は、取締役会決議によることなく、当該新株予約権を消却できる。この場合、取締役会に自己新株予約権の消却議案を上程する事務コストがゼロになる。他方、発行要項の行使条件に「新株予約権を放棄した場合、その方の保有する新株予約権を会社さんが無償取得できる」と規定しておき、会社さんが無償取得した自己新株予約権を取締役会決議で消却する方法もある。この方法の場合、(1) 取締役会決議と同じ流れになる。

放棄書には、消却対象の回号(第x回新株予約権)と消却する個数を書く。イメージは次のとおりである。

放棄書を提出してもらう時期は退職書類の収集時である。退職時のオリエンテーション前に、新株予約権者のリストと退職予定者のリストを突合し、退職者が新株予約権者の場合は放棄書を収集する。

退職オリエンを対面で実施する場合は、新株予約権の回号と個数を事前に記入した上で放棄書を事前に印刷しておき、オリエンの場で退職者に年月日、住所、氏名を記入してもらい、他の退職書類と併せて収集するのが確実である。退職者が自署(手書き)するため、押印は必須ではない。

退職オリエンをオンラインで実施し、退職書類を郵送でやり取りする場合は、対応が必要な退職書類リストと、新株予約権の回号と個数を事前に記入した放棄書を返信用封筒付きで会社さんから送るのがよい。退職者に記入してもらう書類が増えても、書類の収集(回収)率は変わらない。年月日、住所、氏名という決まった項目を記入するだけで、退職者の負担はさほど増えないためだ。他方、放棄書を退職者に印刷してもらうフローにすると、収集率が下がるか、収集時期が遅れるかになる。記入するのとは別の作業が発生し、退職者が面倒に感じるからだ。

放棄書はクラウドサインで収集してもよい。ただし、退職者が署名したかどうかを監視し、確実に収集しなければならない。放棄の証拠となる書面だからだ。

放棄書を収集できない場合は、取締役会決議によることになる。収集できない場合に備えて、最初から取締役会決議のみで進行することも十分にあり得る選択肢である。


3. 登記申請時の添付書類

(1) 取締役会決議の場合

  • 取締役会議事録
    クラウドサインで回付した場合は、回付後のデータを使用する。新株予約権者の退職前の条件付き消却決議であっても、取締役会議事録以外の書面は求められない。

  • 委任状
    司法書士に委任する場合は、委任状を作成する。消却対象の回号(第x回新株予約権)と消却する個数を委任事項に記載する。委任状は紙で作成し、会社の実印を押す。

(2) 放棄の場合

  • 委任状
    (1) と同じ。

放棄書は登記申請に不要である。添付書類として法律上求められておらず、管轄法務局から求められたこともない。


4. 登記完了後の確認

登記が完了したら、次の4点が登記簿に反映されているかを確認する。

  1. 消却対象の回号(第x回新株予約権)

  2. 消却する個数

  3. 消却後の当該回号の残個数

  4. 消却の効力発生日

登記漏れのリスクをより早い時期に潰すには、登記申請時に受付票を確認するのが確実である。受付票は、法務局が発行する「受付のお知らせ」と題する書面である。その書面の下部には「株式会社変更登記申請書」が連なる。株式会社変更登記申請書の別紙(登記すべき事項)に消却対象の回号などが記載されている。その部分を確認し、誤りがある場合には、直ちに司法書士に修正してもらう。


以上が新株予約権の消却である。新株予約権の行使も消却も、各手続はさほど難しくはない。他方、ヒューマンエラーが発生しがちな手続でもある。システマティックに対応すべき仕事の一つではなかろうか。


記事の目次は、こちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?