知的財産法 (7)・・職務発明の問題
職務発明とは何か
1.職務発明とは、従業者のした発明であって、その性質上使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明をいう(特許法第35条第1項)。
制度趣旨
2.今日、発明の多くは企業内の従業者によるものである。かかる発明も従業者たる発明者の特別な能力・努力によるものであるが、その完成には使用者による設備の提供等の貢献も見逃せない。
従って、職務発明については、従業者及び使用者の両立場からその取り扱いを定めなければならない。
もし、従業者の立場からのみ扱えば、発明は発明者の特別な能力・努力で完成し、しかも、特許を受ける権利は原始的に発明者に帰属する (特許法第29条第1項柱書) ことから、発明に関する権利は一切従業者に属すると主張されよう。
また、使用者の立場からのみ扱えば、民法上の雇用の原則により、労働の成果として従業者のなした発明はすべて使用者に帰属すると主張されよう。
よって、この取り扱いを労使間の自由に委ねると、その力関係に左右され、使用者・従業者いずれかの創作意欲を減退させ、発明の奨励に支障をきたす。 そこで、法は、両者の役割・貢献度を比較衡量し、産業の発達という公益的立場から両者の利害の調和を図るため職務発明の規定を設けたのである。
職務発明の定義は、特許法第35条第1項に定められている。
職務発明とは、「その性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明」と定義される。
ここで
「使用者等」とは、使用者、法人、国又は地方公共団体であり、
「従業者等」とは、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員をいう。
「従業者等」がどの範囲の者をいうのかについては、雇用関係の有無を基準とし、被雇用者であれば、嘱託社員、契約社員、アルバイト、パート従業員を含む。では、派遣社員はというと、やや問題がある。派遣社員は、派遣会社との間で雇用関係を結んでいて、派遣先とは雇用関係が無いからである。この点、職務発明ガイドラインでは、以下のような提案をしている。
職務発明は、使用者等が、従業者等に対して職務として研究開発を行うことを期待して、所定の開発費、設備、人件費を提供し、これに従業者が応じることにより発生した発明についての収穫権を双方でシェアしようというものであることからすると、ここにいう「従業員等」であるかの判断については、単に雇用関係があるかないかという形式的な基準ではなく、使用者の指揮監督の下で、発明をすることに対する労務の提供を行い、その労務に対する対価を直接あるいは間接的に受け取る立場にあるか否かで判断するのが適当ではないかと思料する。派遣社員がそのような立場にあれば、職務発明規定における従業者等と判断され、そうでない場合は、従業者等ではないとされるであろう。ただ、そういった判断は難しいかと思えるので、上記のように、契約等での取り決めをしておくことが重要である。
従業者等がした発明の種類
ここで、企業内で従業者がした発明には特許法35条の条文から3つの態様があることに気づく。
職務発明・・「その性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、従業者等の職務に属する発明」
業務発明・・「その性質上当該使用者等の業務範囲に属し、従業者等の職務には属しない発明」
自由発明・・「その性質上当該使用者等の業務範囲に属しない発明(当然従業者等の職務に属することもない)」
例えば、X自動車メーカーに勤務するAさん、その職務はエンジン制御のための制御用プログラムの開発だったとする。そのAさんが、最適な燃費を得ることのできる燃料噴射プログラムを開発したとします。それは、職務発明とされるであろう。そのAさんが、新しいバックミラーの発明をした場合どうであろうか。バックミラーの開発はAさんの職務ではない。しかし、バックミラーの開発は、X自動車メーカーの業務には属している。
ここで、業務とは、デジタル大辞泉によると以下のようにされている。
X自動車メーカーの業務が何であるかは、通常会社の定款に記載されています。自動車メーカーであるなら、自動車の製造・販売に関する業務を行うことはその範囲内であり、バックミラーを製造・調達(下請けメーカーからの調達など)し、自動車の車体に取り付けて販売することは、自動車メーカーの業務である。よって、Aさんによる、新しいバックミラーの発明は業務発明と言える。
そのAさん、休日には渓流に出かけ、釣りを楽しむ趣味をもっていたとする。魚釣りはルアーを使っていたのだが、アイデアマンのAさん、新しいルアーを発明した。魚釣具の開発は、X自動車メーカーの業務ではないので、ルアーの発明は、Aさんにとって、自由発明ということになる。
労使間の利益調整
使用者は、従業者に対して特定の職務を与える。例えば、自動車メーカーであるならば、燃費の良いエンジンの開発である。上記の例のように、Aさんがエンジンの燃費を良くするための制御プログラムの開発という職務を与えられたとした場合、使用者は、Aさんが職務を遂行するために、研究資金を投下し、設備投資をするであろう。また、開発という労働の対価として当該従業者に給与を支払っている。
そうした立ち位置の使用者からすれば、研究開発費、人件費、設備投資をした成果を自らのものにしたいというのは当然であるし、事業の継続・発展、成長のためには必要なことである。
これに対し、従業者の立場からすれば、確かに、給与として当該職務に対する労働報酬はもらってはいるものの、職務といえど発明した成果が労働報酬に比して相当な利益を使用者側にもたらしたならば、その一部でも自らの成果として獲得すべきものと考えるのも道理であろう。
そこで、法は、使用者・従業者間の利益調整をすることとしている。
敷衍して言えば、職務発明の制度は、発明の完成に使用者・従業者がそれぞれの立場で貢献したときに、発明から生じる利益の分配を公平に図ろうというものである。
従業者等の権利(1)・・特許を受ける権利は発明者に発生する
従業者が発明をした場合、当該発明について特許を受ける権利は、まずは発明者である従業者に帰属する、というのが大原則である。それは、職務発明であろうが、業務発明であろうが、自由発明であろうが、同一である。
発明というのは事実行為であり、それは自然人たる従業者にしかできないからである、とされている。
(ただ、この論理は、著作権法が法人著作を認めていることから、破綻していると言わざるを得ない。著作という行為も事実行為であり、自然人がする行為であるが、著作権法では、一定要件の下、法人著作というものを認めているのであるから、それと同じ論理構成で、特許法でも法人発明というものを認める余地はあろう。)
とはいうものの、特許法では、自然人たる従業者に特許を受ける権利が発生するという立場を維持し、職務発明の扱いを規定している。
この原則からすれば、従業者は自らの発明について、特許を受ける権利を保有し、その処分を自由に行うことができるわけである。
よって、この限りにおいて、従業者は、自らした発明についての特許を受ける権利に基づき、自ら特許出願することも可能であるし、特許を受ける権利を使用者のライバル会社へ譲渡することも可能となる。
使用者等の権利(1)・・職務発明についての通常実施権
従業者が、職務発明について自ら特許出願して、あるいは職務発明、特許を受ける権利を使用者のライバル会社へ譲渡してしまい、その会社が特許出願し、特許化してしまった場合でも、使用者は、通常実施権を有する(特許法35条第1項)。
使用者は、これにより事業を継続することができるのである。この通常実施権は、「無償」であると解されている。使用者等はそれ相当の資本を提供しているからである。
使用者等の権利(2)・・職務発明についての予約承継
上記のように、法定の通常実施権が付与されるにせよ、上記のように職務発明についての特許を受ける権利の処分権を従業者等の自由に任せてしまうなら、使用者等の事業を安定的に行うことができない。
そこで、使用者等は、労使間契約・・従業者規則や職務発明規定等で、職務発明についての予約承継を定めているのが通常である。特許を受ける権利の予約承継とは、職務発明についての特許を受ける権利を、使用者等と従業者等との間の事前の合意により、使用者等に帰属させることを言う。
従業者等の権利(2)・・業務発明・自由発明についての予約承継禁止
では、使用者等は、使用者等がした発明につき、それが業務発明や自由発明であってもその特許を受ける権利を予約承継できるかというと、職務発明以外については、その予約承継は禁止されている。
業務発明と自由発明の内、特に業務発明については、使用者等にとっては関心事である。自身の業務の維持・発展に必要と思われるからである。
そこで、業務発明についても、その特許を受ける権利につき、使用者等は従業者等から譲渡してもらいたいわけである。
しかし、その予約承継は禁止されているので、使用者等は、従業者が発明した時点で、その都度譲渡契約を結んで譲渡してもらう必要がある。実務的には、発明現場において、職務発明か業務発明かの区別して扱いを区別しておく必要がある。
使用者等の権利(3)・・特許を受ける権利の原始使用者等帰属
特許を受ける権利は、発明者に発生するのを前提とした上で、その発生した時(発明が生まれた時)から使用者等に帰属するとする原始使用者等帰属が一定の条件の下で、使用者等に認められている。
すなわち、予約承継による職務発明の特許を受ける権利は、原始的に使用者等に帰属するのである。
従業者等の権利(3)・・相当の利益の享受権
職務発明につき、特許を受ける権利の予約承継を定めたとき、使用者等にその権利の原始使用者等帰属を認める一方で、従業者等には「相当の利益」を受ける権利を認めている。相当の利益の内容は不合理であってはならないとし、その内容決定には労使間での十分な協議を必要としている。
その協議のガイドラインが、特許法35条6項に基づき定められている。
https://www.jpo.go.jp/system/patent/shutugan/shokumu/document/shokumu_guideline/guideline_02.pdf
以上の結果、職務発明について、使用者等が相当の利益を従業者等に与えることを約して契約等で予約承継する場合と、そうでない場合とで、特許を受ける権利の扱いが法的に異なることに注意しなければならない。
<労使間で相当の利益を保証して予約承継する旨の規定がない場合>
特許を受ける権利の承継につき、特許法第三十四条 において、「特許出願前における特許を受ける権利の承継は、その承継人が特許出願をしなければ、第三者に対抗することができない。」とされているため、職務発明の場合、使用者等が特許を受ける権利を発明者である従業者から譲渡してもらったとしても、うかうかしているうちに、発明者自身が出願してしまったり、第三者に特許を受ける権利を二重譲渡してしまい、その第三者が先に出願してしまうと、もはや、対抗できないことになる。
<労使間で相当の利益を保証して予約承継した場合>
この場合、特許法35条3項により、「特許を受ける権利の原始使用者等帰属」が認められので、発明者自身が出願してしまったり、第三者が特許を受ける権利を譲り受けたとして出願してしまったとしても、元来従業者等には発明した時点で、もはや、特許を受ける権利は保有していないこととなるため、当該従業者等による出願、従業者等から特許を受ける権利を譲り受けたとする第三者による出願は、冒認出願とされ、拒絶、無効理由を含むこととなる。
実務的指針
使用者側としては、職務発明規定を定め、その中で、「職務発明については、その発明が完成した時に、会社が発明者から特許を 受ける権利を取得する。」旨を明確に規定すること。そして、従業者との協議の上、従業者への相当な利益を付与すること。業務発明の場合、企業にとっては関心ごとですが、職務発明のように予約承継できないので、その都度協議し、契約で譲渡してもらえるようにしておくことが重要である。
特許を受ける権利を譲渡してもらう立場にある第三者の注意点
外観から当該発明が職務発明か否か、職務発明であったとしてもその使用者等原始取得の対象となっているのか不明である。
よって、
発明者自身が特許を受ける権利を譲渡したいと申し出てきた場合、当該発明者の職業、所属組織を確認し、当該所属組織における職務発明規定の有無、内容を確認する。
現代において、個人発明家以外、ほとんどの発明は、企業・研究所・大学等に所属している者によるものであることからすると、ほとんどの場合に職務発明であると想定される。よって、その権利承継には権利の帰属がどうなっているのかを慎重に精査しましょう。
予約承継の対象となっている職務発明か、そうでない職務発明か、業務発明なのかを見極め、それに応じた対応をとりましょう。
従業者側の注意点
所属する会社において、職務発明規定があるのか、あるとすればどのような規定となっているのかを確認しましょう。
相当な利益はどうなっているでしょうか。
発明が職務発明なのか、業務発明なのか、自由発明なのかに応じて扱いは異なるはずです。
職務発明の場合は、予約承継されていることでしょう。業務発明ならば、使用者等と契約を結ばない限り、手元に処分権は残されています。自由発明ならばなおさらです。
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