食べもねんたる35

恋に落ちたあの人にある時ばったり再会する。恋心が再燃する。
 そんなことってないかい?
 俺にはある。過去16回はある。
 そんなあるんかい、それはありすぎだろって人は言う。でも出会いって劇的で唐突なもんだろ?

 そうして俺はまた出会った。
 憧れのあの人に。

 俺は普段、寿司屋で見習いをやっている。今日もしぶいポーズで握りを決める兄弟子を尻目に下ごしらえに余念がない。
 そんな俺の目にあの日のシーンが飛び込んできた。
 
 ガラリ、

 扉が空く。扉をくぐってきたのはあの日と同じ白のワンピースを着た――

 あなごさん似のおばさんだった。特に関係なかった扉。
 それを他所に俺の目はまな板に釘付けになっていた。
 
 スルメイカ!いやさ、スルメイカさん。

 下ごしらえを終えたスルメイカは、あの日一目で恋に落ちた白のワンピースみたいな感じを称えていた。
 その変わらない美しい姿に、俺の心は遠いあの日に飛ぶ。

 8年前の正月。
 俺は個人宅の前にあるあやしいUFOキャッチャーまがいにお年玉全額をつぎ込んで、途方に暮れていた。
 今にして思えばあんなもの本当に欲しかったのかと思う。
 いや違うわ、当時から「パーやんの変身セット、そんなに欲しかったか?」と自問自答していた。
 UFOキャッチャーはガラスを挟んで前に座るおばはんの手動だった。ゲームやってる間中ずっと目が合って気まずかった。
 これは今思い出したのだが上手くいきそうになると機体が揺れて賞品ゲットできないの、あれ手動だからだ。
 うーわ、絶対詐欺だった。
 そんなことは当時、思いもかけなかった。
 ただただお年玉が無くなったのを悔やんでとぼとぼ歩いていた。
 気が付くと、普段は来ない少し遠い公園に着いていた。
 視線を上げる。

 そこで、彼女に出会った。

 輝かんばかりの白い素肌。
 振り返った口元に浮かぶ柔らかな微笑み。

 俺の全身を電撃が走り抜けた。
 でも多分だけど、それは単に寒風吹き抜ける中だから。俺が半ズボンだったから。
 ついでに言うと口元には柔らかな微笑みが浮かぶはずもなかった。
 だってスルメイカだったから。
 なぜか地面に落っこちてるスルメイカの切り身だったから。
 おそらくだが、イカ特有の表面の照り感を微笑みと俺は勘違いしたのだ。
 こうして見ると大分おつむが残念なガキだが、俺はあの時まんまと恋に落ちたんだ。

 けれど邂逅に酔ったのは一瞬だった。
 俺と同じ年くらいのガキが目の前を走り抜けるや、あの白い姿は砂埃に紛れどこにいるのか分からなくなってしまった。

 ああ、また会える日が来るなんて。
 まな板を前に陶然とする。見つめあうこと、1秒・・・10秒・・・40秒。

 そこで後頭部にバシンと衝撃を感じた。

「おい、なにボーっとしてんだ。早く下ごしらえ終えろよ」

 兄弟子が鋭い視線をくれていた。しょうがなく仕事に戻る。
 スルメイカさんをタッパーに移し「また後でね」と声をかける。次の食材に目を移す。

 ここで恋に落ちたあの人に俺は再会した。

「アマエビ!いやさ、アマエビさん」

「大将~、こいつ頭イッちゃってますわぁ。駄目ですわぁ」

 気付いてみたら、俺は店を追われていた。
 全く恋ってやつは始まる時も終わる時も劇的で突然と来たもんだ。

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