スライド1

超豪華FC東京 歴代外国籍選手列伝(2004~)

すまない嘘なんだ、FC東京に来そうで来なかった大物外国人列伝じゃないんだ。(主にニッカンが悪い)

ジェイさんやtkqさんのnoteを見て頑張って書きましたので強い気持ちで読んでみて下さい。ネタ要素は少ないです。(気軽にやるものじゃねーな)

これは番外編


基本的にサポになってからの2004以降になるので、東京ガス~2003までのレジェンドは他の方に任せます。あと主観バリバリで詳しいデータもあまり書きませんので悪しからず!!

ルーカス (FW 2004-2007、2011-2013)

アマラオに続くFC東京外国籍選手のレジェンド。おそらく歴代トップの外国人選手にあげる多いのではないだろうか。性格良しの万能型FW、点も取って守備も頑張りゲームメイクもして、スローインはどこにいても受けにいく。(そしてホントに全部ルーカスに投げてた)2度目の欧州挑戦に失敗して東京に来たものの、序盤は中々フィットせず苦労したが盟友ケリーの助けも借りながら徐々に調子を上げてFC東京の初タイトル獲得に貢献した。翌年はジャーンとの激突で救急車で運ばれたり、シーズン後半は無得点に終ったりと不本意なシーズンに、翌年は非契約の予定だったが、仮契約を結んでいたア○ルーゾがバックレやがったので再契約、すると2006年はトップ下で爆発してシーズン18ゴールの活躍で結果オーライだった。(尚、チームはボロボロ) 2007年期待された第二次原政権が不発に終ると、敬愛する原さんが退任した事もきっかけになったのか、移籍金を残してG大阪へ移籍、ACLと天皇杯連覇に大きく貢献してG大阪で色々と夢を叶えてしまった。ガンバとの契約を満了して母国に帰国したものの、所属チームのゴタゴタに嫌気がさして引退。そこにJ2へ降格して苦しむ東京からオファーが、引退を撤回して東京の為に舞い戻るといきなりハットトリックをかまして「引退とは?」という問いを我々に投げつけた。ルーカスが復帰したことで調子を取り戻した東京は無事に1年でJ1に復帰、真面目にルーカスがいなければどうなっていたか分からない。更にその年の天皇杯ではG大阪での経験から「ユウショウハイイヨ~サイコウヨ~」と周りの選手を焚きつけて、決勝で自身も2ゴールの活躍をみせ、チームを天皇杯初戴冠へ導いた。ワンツー地獄ポポビッチとも相性が良く、ポジション問わずに活躍、2013年「いい時期に引退したい」と2度目の引退を表明、最終戦でも見事にゴールをあげて、惜しまれつつ選手生活を終えた。


引退後の2014年Jリーグ功労選手賞を受賞、更にFC東京エンバイシャドールに就任し(クラブアンバサダーみたいなもの)母国に帰ってからは不動産業などを営みつつ、東京とガンバとはコンタクトを取り続けているようだ。アマラオ時代の後からサポになった人からすると神のような存在、引退後もちょくちょく復帰待望論が出る(そして普通にやれそうだから困る)この人とアマラオはちょっと別格というか神格化されてる。笑顔が大好きでしたよルーコン。

ジャーン (DF 2002-2006)

「残念そこはジャーンだ」第一次原政権の堅守の原動力になった心優しきブラジル人DF。見た目が欧州人ぽいからなのか幼少時のニックネームは「アレモン(ドイツ人)」空中戦に滅法強く攻守両面で他チームの大きな脅威となっていた、運動量の加地、機動力の茂庭、エアバトラージャーン、バランサー金沢の「いつもの」の4人は安定感抜群で2003年はJ1リーグ最小失点、2004年にはチームの初タイトルとなるナビスコ杯優勝に貢献、自身もリーグ優秀選手賞を受賞する。以降も変わらず空中戦を武器に活躍するがスピードの衰えから小兵日本人FWにやられる場面も増えた。(特に佐藤寿人とか佐藤寿人とか佐藤寿人とか)2007年から湘南新宿ラインでベルマーレに移籍、移籍1年目から主将を務めるなどJ1昇格に貢献、怪我の影響などもあり2010年のシーズン終了後に引退した。ブラジルに帰国後は代理人業に勤しんでおり、今でも日本各所で目撃情報が絶えない。

ルーカスに勝るとも劣らない「人格者」、印象的だったのはナビスコ決勝の浦和戦で前半で退場してしまい申し訳無さからピッチに突っ伏して号泣、あれでチームとサポーターに「ジャーンの為に勝つ」という雰囲気が生まれて120分間を耐えれたと思う。またルーカスと誤って激突してしまいルーカスが救急車で運ばれた際にはショックを受けてまたまた号泣、一見強面ながら実に繊細で優しいブラジリアンでした。この頃から東京で外国人選手が活躍するには「人格者が条件なのでは?」と言われ始めたとかなんとか・・・。

ケリー (MF 2001-2004)

第一次原政権で中盤に君臨した「将軍」FC東京を見始めた年がプレー最終年だったので、実際に見たのは数試合だったけどもとにかくボールを持ったら取られない、ドリブルで運べるし、パスも巧いし、2列目からの飛び出しからゴールを決めれるスーパーなブラジリアンMFだった。(そしてやっぱり人格者)2001年からチームに加入するとアマラオと抜群のコンビネーションでチームの攻撃を牽引して、2003年にはリーグ優秀選手賞を受賞している。なかなかフィット出来なかったルーカスをフォローしてチームに馴染ませてくれたのも大きい。初タイトルとなったナビスコ杯では準々決勝の台風接近雨の国立でガンバ相手に無双、豪雨の中でも晴れと変わらないプレイをしていて変態かと思いました。2005年からはチームが梶山や馬場などの若手を育てていく方針を打ち出し実質戦力外通告、この判断が痛かったと思う東京サポは多いはず。その後はクルゼイロやグレミオなどを渡り歩き2009年に引退、スポーツ大学で体育学学位を取得して、自身のイニシャルを取ったサッカースクール「KG10」を設立した。昨年のOB戦には自分が指導するチームの大事な試合が控えてるにも関わらず来てくれてすごく嬉しかった。ケリーがいる頃の東京は今や天敵と化した浦和に連戦連勝していた事でその凄さが分かりますね…。

吳 章銀 オ・ジャンウン (MF 2001-2004)

「チャン」の相性で親しまれたクラブ初の韓国人選手。ボランチとしてプレーし、球際の強さと高いパスセンスを発揮していたが、東京では守備を買われて主に右SBが主戦場だった。中学まで母国で過ごし2001年に日本へやってきてFC東京U-18へ加入、梶山陽平、李忠成、鎌田次郎などと一緒に次代のクラブを担う選手としてサポーターからの人気は高かった。2002年に能力の高さを買われてトップチームに帯同して16歳8ヶ月20日でデビュー、これは後に森本貴幸に破られるまでJ1リーグ最年少出場記録だった。2004年にプロ契約を勝ち取りトップチームに上がるが、翌年からA契約になる為ジャーン、ケリー、ルーカスと出場枠を争う事になり(当時はアジア枠なんて無い)、チームはJ2へのレンタルを検討したが、本人が韓国代表へのアピールになる事から韓国への移籍を希望、2005年からKリーグへ移籍してその後は順調にステップアップして、ついにはA代表まで上り詰めた・・・逃した魚は大きい。今もKリーグで頑張ってるらしい、一時期、中盤の補強話が出るとサポがチャンの名前を挙げるのが風物詩になっていた。健太サッカーにめちゃくちゃ合いそうなんだよな・・・(笑)

李 忠成 イ・チュンソン (FW 2001-2004)

皆様ご存知の帰化から日本代表まで上り詰めて、プレミアまで経験した日本人FW・・・なんだが日本国籍取得するまでは在日枠選手という事で列記します。高校卒業後東京U-18に加入、2004年にトップチーム昇格するが原さんと反りが合わなかったとかなんとかで東京では出場機会は無し。退団を希望して翌年柏へ移籍して行った。ほとんど東京での印象が無いんだよなぁ・・・東京出身カテゴリーにも入れたくないのは東京戦でやたら点を取る&ど派手ゴールセレブレーションするから、東京出身と認めたくないのかも、プレミア帰りに半年腰掛けたように移籍してきて直ぐに浦和に行ったのも印象悪いのかな?親父さんがうるさい。

「り・ただなり」では無く「チュンソン」と呼ぶ人は東京サポである可能性が高いです。

ダニーロ (MF 2005 5月-2005 7月)

他サポは勿論、最近東京サポになった人も「誰?」って思うかもしれませんが、割りと古いサポにはやけに人気(?)があるブラジル人MF。前年ブラジル全国選手権で18試合11得点してケリーの後釜として加入、入団早々に「将来は日本代表になりたい」とぶち上げてサポの期待はMAXに。しかしPSMの甲府戦で技術の高さこそ見せるものの非常にもっさりした動きを見せてサポを不安にさせると一向にJリーグのプレイスピードにフィット出来ず、僅か8試合の出場に留まりそのまま夏にメキシコへ移籍して行った。サポが覚えているのはひたすらサムアップを繰り返すダニーロ、日立台で栗澤からCKのボールを奪い取ってヘナチョコCKを披露してサムアップするダニーロ、監督だった原さんに「ダニーロが一番苦労した。だって、何言ってもサムアップしかしないんだもん」と言わせるダニーロ。今は母国バイーアのガリシアECで現役を続けているらしい。

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  (ヨ( ゚д゚ )
  Y19と)

こんなAAが当時は流行ってました

リチェーリ (FW 2005-2007)

アマゾンで生まれ育った野性味溢れるブラジリアン快速アタッカー。練習生としてチームに参加、18歳になったと同時に将来性を見込まれてトップ契約。初速がとにかく速く、初見であればJ1ディフェンダー陣をぶっちぎってしまう事から大いに期待されたが、早々に大怪我、更にスピード以外の部分がお粗末とバレてしまい出場こそ徐々に増えたものの先発にはなかなか定着できず2008年にJ2の山形に移籍。しかしスピードオンリーの選手にありがちな小さな故障が相次ぎここでも活躍できず。2009年に帰国した。今は母国アトレチコ・パトロシエンセで頑張ってるようだ。若い速いと浪漫の塊でした、そして性格も良かった。

ササ・サルセード (FW 2005-2006)

パラグアイからやってきた得点能力にパラメータを全振りした異能の点取り屋。2年間で僅か18試合6得点と成績だけで見ればパッとしないのだが、2005年のアウェイ東京ダービーで劇的な逆転ゴールを決めて、それからは東京サポのアイドルとなった。尖った能力だったので原、ガーロ両監督は主にジョーカーとして使っていたが、本人的には不満だったらしく2007年にアルゼンチンへ移籍してその後は母国パラグアイに戻っていった。リーガ・パラグアージャ通算100得点を達成するなど、まだまだ得点能力は錆付いていないようだ。未だに東京ゴール裏からの人気がアマラオかルーカス並に高い選手。そして母国に帰ってからも得点率がエグイ選手だった。現在も母国デポルティボ・カピアタにて現役。

左が出場試合、カッコ内がゴール数

2011-2012 アルヘンティノス  27 (9)
2012-2015 セロ・ポルテーニョ 48 (17)
2013-2014  バンフィエルド     58 (23)
2015 ソル・デ・アメリカ     43 (30)
2016- リベルタ        37 (26)

ワシントン (FW 2006 8月-2006 12月)

シーズン途中に抜けたササ・サルセードの穴を埋める為に、当時監督だったガーロが獲得を希望して緊急補強されたブラジリアンFW。ガッツもあり、身体が張れるタイプで個人的には大いに期待したのだが、呼び寄せたガーロがデビュー戦となった試合の直後に解任されてしまう不運。(浦和め!)その後の練習試合ではキレキレの動きをしてチームを何とかしたいという意欲は感じさせてくれたが、出場2試合目は気持ちが空回って退場、更に怪我をしてしまい、そのままシーズン終了となってしまいブラジルへ帰国した。なんというかとにかく不憫な印象しかない、辛いチーム状況に貢献しようという気持ちが感じれただけに余計にそう思う。あとは当時浦和に戦術兵器ワシントンがいて、こちら「偽ワシントン」などと呼ばれていた…ポテンシャルはあったのに!

ワンチョぺ (FW 2007 - 2007 6月)

コスタリカの誇る世界的スターがまさかの東京入り。第2次原政権の目玉的な存在として世間の衆目を集めたが、いざシーズンに入ると技術の高さや独特のリズムは見せてくれたのだが、ダニーロを上回るモッサリとした動きを披露して周囲を驚かせた。右膝に爆弾を抱えながらではW杯で見せたスピード感を見せること無く、6月一杯で事実上の戦力外通告。そのままアメリカへ移籍して行った。アメリカでも怪我の影響もあり、思うような成績は残せずに引退、その後は母国で選手の指導にあたっていたようだが、久々にニュースで見かけたと思ったら、若手の試合を視察に来た会場で警備員と乱闘する姿であった…。ジェフ千葉相手にゴールを決めたワンチョペを観れた筆者は幸運でした。

未だにスター選手獲得の噂が出ると、当時を知っているサポは彼を思い出して苦い気持ちになる。フォルランとカカウを思い出すセレッソサポをイメージして頂ければ分かりやすいかと。

風化させてはいけない(戒め)

エバウド (DF 2007 -2007 12月)

退団したジャーンの後釜として獲得したブラジル人DF。あのACミランが獲得を希望したとも言われる逸材との触れ込みだったが、PSMの東京ダービーでヘディングシュートを決めて飛行機ポーズを決めてる姿が筆者が見たエバウド最後の勇姿であった。その後はひたすら小平の住人と化してしまい、「エバウドは?」「小平でランニングしてたよ」というやり取りがシーズン終了まで続き、果てにはエバウドは東京マラソンに出場する為に東京に移籍して小平でひたすらランニングをしているのだとネタにされてしまっていた、ACミランさん正解。シーズン終了後はブラジルに帰国してGEブラジウで現役を続けているようである。ランニングしてるのだろう…多分。

ブルーノ・クアドロス (DF 2008 -2009)

通称「青野さん」セレッソ→札幌での活躍を経て東京へ加入した実績十分のブラジル人CB。当初はCBとして守備を安定させてくれるのかと期待したが、守備以上に攻撃センスが素晴らしく、後ろからの配球で第一次城福政権の攻撃を担った。むしろ守備は軽いところがあって割と観ていてヒヤヒヤした。敬虔なクリスチャンで人格者で真面目とサポからの受けは良く人気があった。日本語ペラペラだったが、来日して直ぐにC大阪で日本語覚えたそうな。ブラジルに帰国して2年で引退、2016年からはコンサドーレ札幌のコーチとして活躍中である。

エメルソン (MF 2008 -2008 12月)

お洒落なコーンロウが目印のテクニックと運動量を併せ持つブラジリアンMF。独特のボールタッチを持つチャンスメーカーでとにかく巧かった、カボレとのコンビネーションで度々相手ゴールを脅かしたが、「あれ?あいつカボレしか見てないんじゃね?」というような疑問を感じるほどに執着をみせて次第に輝きを失っていく、結構試合に出ていたのだがこの年加入したブラジル人トリオの中では唯一の非契約。1シーズンでお別れになってしまった。一旦帰国してブラジルでプレーするものの、2010年にベルマーレと契約、半年間プレイした・・・筈なのだが全然覚えてないぞエメ。今は母国ナシオナルSPで現役を続けている。

カボレ (FW 2008 -2009 9月)

歴代所属した外国人選手の中でも特に規格外だったブラジル人FW。Kリーグの慶南FCで後に柏に所属するポポと2トップを組み大暴れをしていたところに目をつけた東京が開幕1ヵ月前に獲得した。2007年11月に移籍の報道が出た際、youtubeにカボレのプレイ集が上がっており、あまりに衝撃的なプレイを見た東京サポ達はしばらくお祭り騒ぎだった。非常に真面目でエゴも少なくフォアザチームにも徹せれる聖人、「東京で活躍する外国人選手は人格者」説を更に強くした。動画に違わぬ実力で、大きなストライドと加速力で他チームのディフェンスをぶっちぎっりまくっていたが、唯一動画と違ったのがシュート精度、爆速でライン裏に飛び出しては1対1をよく外していた。それでもカボレがいることで相手はラインが上げらないという効果は出ていた、「韋駄天」カボレが相手を押し込み、「エベレスト」平山が溜めて、「平常心神」石川直宏がゴラッソというパターンで2年目のリーグ戦では猛威を振るった。在籍2年目には東京を2度目のナビスコ決勝に導くものの、なんと決勝直前にオイルマネーでカタールに電撃移籍してしまった・・・ナビスコは何とか優勝したものの、2010年にカボレの抜けた穴が大きく響いた。カタールではそこそこ活躍していたが、2015年にフォルラン、カカウに変わる選手としてC大阪が獲得を検討していた。が、舞洲に現れたカボレはオレ達のよく知ってる姿では無く、なんだかこれは厳しいと思ったらやはり契約成立せず(ちなみに代理人はジャーン)

ありがとうカボやん

リカルジーニョ (MF 2010 -2010 12月)

カボレの後釜として期待されたブラジル人MF。ドリブル突破に定評があるとの触れ込みで、確かにドリブルは上手いのだが状況判断が悪く、相手に突っ込んではロストを繰り返していた。序盤はFWで使われて良い部分を発揮できないところはあったにせよ、大熊さんに変わってからも大して結果は残せず…唯一のブラジル人選手がこれではそりゃ落ちますわという印象しかない。ラストゲームとなった天皇杯準決勝では平山のオーバーヘッドをアシストしたのが最後の記憶。今は母国ECタウバテで現役。

金 英権 キム・ヨングン (DF 2010-2010 12月)

いまや韓国を代表するDFだが、プロキャリアのスタートは東京。当時は台所事情の苦しいチームの中でプロデビューとは思えない落ち着いたプレイで、SBやCBをそつなくこなしていて、ポテンシャルの高さを感じさせた。このまま育てばと思ったらチームが降格、翌年には大宮に個人残留した(そりゃそうだよね)その後は中超に渡り広州恒大で活躍して昨年Jリーグに復帰(なんでG大阪だよ!)この選手から「韓国の若手を育てて売る」みたいなケースが増えた。

徐 庸徳 ソ・ヨンドク (MF 2010 7月-2010 12月)

シーズン途中に大宮からやってきた若手韓国人MF。正直まったく記憶に無いと思ったら、リーグ戦出てなかった。翌年にはカターレ富山に移籍してレギュラー獲得、その後は母国では蔚山で活躍、兵役後に今はFC安養にいる。ポテンシャルはあったようだが入った年が悪かった。この年はリカルジーニョ、キム・ヨングンとこの選手しか外国籍選手を獲得しておらず、そりゃ落ちますよと言いたくなる

ホベルト (MF 2011 -2011 12月)

シャムスカ大分で活躍したブラジル人MFが中盤の潰し屋として降格した東京を救うべく加入。キャンプから主力としてプレイして、大熊東京の核になると期待していたらまさかの怪我で早々に離脱、治療の為帰国してそのまま帰って来なかった。まさかの1試合出場のみで盛大にずっこけた記憶がある。序盤躓き原因その①

ペドロ・ジュニオール (FW 2011 -2011 6月)

新潟、G大阪で活躍したブラジル人FWが降格した東京を救うべく加入。キャンプから期待を一心に集めるが怪我で早々に離脱、結局2試合出場に留まり6月には契約解除というホベルト同様に黒歴史になってしまった…やはり東京で活躍する選手は先ず性格が大事なので、監督にキレて干される様な選手は無理なのだ。優良外国人は人格者説を補強してくれた人。序盤の躓き原因その② 今はタイのブリーラム・ユナイテッドにいる。

ロベルト・セザー (FW 2011 -2011 12月)

生真面目なブラジル人FW、元々はペドロ・ジュニオールの方が序列は上だったのだが、そんな事言ってられる状況では無くなってしまったので、急遽FWの軸に。そして時おりゴールは決めるが軸に据えるには実力が足りず、J2の序盤を苦戦した要因になってしまっていた。本人はとにかく頑張ってはいたのだが、引退撤回したルーカスおじさんに秒でレギュラーを奪われるとい悲しい展開に…そのままシーズン終了後に移籍した。でもホベルトとかペドロ・ジュニオールの事を考えたら、シーズン通していてくれた事だけでもありがたい存在だった。今は母国オエステFCに所属。

ジェイド・ノース (CB 2011 -2011 12月)

FC東京初のアジア枠にして初のオーストラリア人選手。練習参加から契約を勝ち取り加入、今野や森重のバックアッパーとして機会は少なかったものの、地上戦、空中戦共に水準以上の能力で、キッチリと仕事をしていた。他のチームならレギュラー張れる実力の持ち主であったし、事実翌年からはコンサドーレに移籍してレギュラーとして活躍し、オーストラリア代表にも選ばれた。人格者でサポからも人気があったし、やたらとJリーグを推してくれてた印象がある。

張 賢秀 チャン・ヒョンス (CB 2012 -2013、2017 7月-)

東京が誇る韓国人レジェンド、日本でパス技術を勉強したいと移籍してきたら、そこにはポポビッチ。地獄のワンツーサッカーで鍛えられ、元々ディフェンス能力に足元の技術が鍛えられた事から、加賀からレギュラーを奪い翌年には森重とコンビを組んで主力として活躍した。その後はヨングンルートで中超に移籍して活躍、代表でも主力に定着したが外国人枠のレギュレーションが変わってしまい、2018年ロシアW杯を見据えて移籍した。2017年夏に苦境に喘ぐ東京に戻っきて培った能力で守備安定感をもたらし、翌年には主将に任命され序盤の快進撃を支えて無事にロシアW杯にも出場した。その後は色んなゴタゴタがあったが、今シーズンは森重と共に代表という楔から解き放たれて高パフォーマンスを維持、正に鉄壁という守備を見せている。マジでずっといて欲しい。

ネマニャ・ヴチチェヴィッチ(MF 2012 8月 -2013)

みんな大好きネマにゃん。流浪のセルビア人MF、セルビア人特有のテクニックでスーパーサブながら高い得点力を誇り、風貌も相まって人気があった。そしてアナウンサー殺しで1度聞いたら忘れないインパクトのある名前で東京サポ以外の知名度もまあまあ高い。半年しか在籍していないのだがチーム愛も凄く、Twitterでは全然関係ない事を呟いてるにも関わらず、未だに大量の東京タグが付いている。

チーム内外での評価は高かった筈だが非契約、残念ながら移籍してしまったが、経歴をみればまぁ色々と納得出来る。前にも後にもこのタイプの外国人選手はいなかったなぁ・・・もっと見たい選手だった、現在はビーチサッカー選手に転身している。さんきゅーネマ。

このマルセイユターンはセクシー過ぎ


エジミウソン(MF 2012 7月 -2012 12月)

新潟→浦和→中東という当時の黄金ルートからまさかの東京入り、「あー、このルートはフィットネスが不安・・・」と思っていたら案の定である。小平に現れた彼は凄くふとましく、試合に出れば片鱗こそ見せるものの、全盛期には程遠く、全員が納得のシーズン終了後非契約であった。ペドロ・ジュニオールもそうだけど新潟が最盛期の選手って多いよね。現在はレッドブル・ブラジルに所属。

エドゥー(FW 2014-2014 12月)

ブンデスリーガのシャルケで内田篤人と一緒にプレイしていたブラジル人ストライカー。フィットまで時間を要したが徐々に本領を発揮して37試合で18ゴールとまずまずの結果を残した。フィジカルに優れてはいたがあんまりポストプレイは好きじゃないのかしてなかった。自分のゾーンというか、シュートの型を持った選手で本格派の点取り屋という印象。ダイブ癖があってシーズン後半はレフェリーに見抜かれて、なかなかファウルを取ってもらえなくなっていたような。結果は残したのだが、武藤の台頭、年棒の問題、何よりフィッカデンティと馬が合わずに1年で契約満了。


シーズン中にウッチーがエドゥーを訪ねて小平に来たこともあったね。

マテウス(DF 2014-2014 7月)

長身イケメンのブラジル人CB。雰囲気たっぷりでPSMでもなかなかいい動きをしていたのだが、シーズン直前の練習試合で前十字靭帯損傷の大怪我をしてしまい治療の為に帰国。そのまま7月に契約解除になってしまった、ルックスといい、プレイといい、人気が出そうと思っていたので凄く残念だった。マッシモ的にも大きくプランが狂ったと思う。現在は母国フルミネンセでプレイ。

郭 熙柱 カク・ヒジュ(DF 2014 4月-2014 9月)

韓国で水原三星のレジェンドCB。国外移籍を目的に東京の練習に参加していた、チームは編成を終えていて契約しない予定だったのだが、上記のマテウスが怪我をした為、急遽加入となった。本人も認めていたようにコンディションがなかなか上向かず、フィッカデンティの信頼を得られなかった。結局カップ戦2試合に出場したのみで9月に家庭の事情(奥さんの体調不良)で契約解除になった。カタールを経由して母国に帰還し、2016年に引退した。良い人オーラが凄くあった。

カニーニ(DF 2014 7月-2015 6月)

FC東京初にして現状唯一のイタリア人選手。マテウス、カク・ヒジュと相次ぐ補強の失敗にフィッカデンティが呼び寄せたカリアリ時代の愛弟子。アタランタからの期限付き移籍で、本場イタリア仕込のディフェンスを期待したのだが、空中戦こそ強いものの整備された組織で輝くタイプで個人で輝く選手では無かった。2015年は一時期ポジション確保したり、ディフェンステクニック高いし「さすがイタリア人や!」ってプレイも感じたんだけど、「あれ?これなら吉本の方が良いんじゃね?」とフィッカデンティ監督が気づいたかどうかは分からないが、最後は出場機会も少なく契約延長は無くアタランタへ戻っていった。その後イタリアのクラブを転々として現在はセリエCフェラルピサロにいるらしい。まぁイタリア人監督のDFラインにイタリア人CBがいるだけで堅いチームって印象だけは凄かった。

ラサッド(FW 2015 5月-2015 6月)

練習生からFC東京初のアフリカ大陸チュニジアの選手として契約。チュニジア代表且つセルティックに所属していた経歴で盛り上がったが、東京に来るまでの期間の2年間が無所属という事実。不安は的中し、身体は大きいのだが特にフィジカルの強さは感じず、テクニックもいまいちでストロングポイントが良く分からない選手だった。しかも契約期間1ヵ月の超短期契約!!おそらくお試し期間だったのだろうが、そのままお試しで契約終了。ビジュアルはインパクトが凄くて「FC東京の秘密兵器」というサポもいたが秘密兵器は秘密のまま終わるというお約束。昨年4月所属チームの練習中に心室細動により倒れ一時意識不明に、その後は回復したようで本当に良かった。

サンダサ(FW 2015 7月-2016 7月)

ドイツへ移籍した武藤の後釜に加入したFC東京初のスペイン人選手、前年スペイン2部ジローナ(現在1部)で18ゴールをあげて、チームをプレイオフまで牽引する活躍で大いに期待されたが、Jリーグの早いプレイスピードとフィッカデンティの戦術に適応できず出場は9試合に留まる。シーズン終了後に古巣ジローナからオファーがあり、帰るんだろうなと思っていたら「自分は東京で成功したい」とまさかの残留宣言。翌年PSMでゴールを決めるなど今年こそはと期待をしたが城福監督の信頼は得られずリーグ戦はほぼベンチと昨年より状況は悪化、ターンオーバーで出場したACLではネイサン・バーンズのゴールをアシストするものの、自ら得たPKを外してしまい、結局公式戦はノーゴールのまま東京での挑戦は終わり6月に古巣ジローナへ戻って行った。余談だがサンダサが惜しいシーンを迎える度に「まだ一打差」「いま二打差」という駄洒落が流行っていた(本来の意味とは逆で遠ざかっているのだが・・・)現在はスペイン2部ADアルコルコンに所属。

ネイサン・バーンズ(FW 2015 7月-2017 6月)

サンダサ同様に武藤の後釜として加入した現役オーストラリア代表FW。前年にAリーグで25試合13ゴールでリーグ最優秀選手賞を受賞、更にオーストラリア代表でアジア杯優勝に貢献とまさに最盛期に東京にやってきた。単独でボールを運べる突破力、俊敏性に技術力を備えていて、カウンターサッカーにうってつけの能力を持っていた。これはいい選手がきた!と思ったのだが体力に難があり、守備にそれほど意欲が無いので先発定着には至らず、先発しても真っ先に下げられてしまっていた。(でもバーンズを下げると失点するという謎のジンクス)ポテンシャルは凄いんだけどマッシモも城福さんも篠田さんも最後まで上手い使い方を見つけられない選手でもあった。2016年11月には中東からオファーを受けるも「東京でポジションを掴みたい」とサンダサ同様に男気を見せて残留、頑張って欲しかったのだが2017年は大久保、ウタカ、前田、永井、中島という選手たちと競う事になりベンチにも入れなかった・・・不憫。(J3で使うレベルの選手じゃないんだよな・・・)結局6月に契約満了、サンフレッチェへ移籍した。現在は古巣ウェリントン・フェニックスで頑張っているようだ。健太サッカー合いそうなんだよなこの人・・・(笑)

ブラダ・アブラモフ(GK 2015 9月-2015 12月)

オーバートレーニング症候群で離脱した権田の穴を埋めるべく、フィッカデンティコネクションで獲得したセルビア人GK。クラブ初にして現状唯一の外国籍GKでもある。長年イタリアでプレイしていただけあって、非常に技術がしっかりしていて安定感のあるベテラン。派手なビックセーブは少ないもののきたボールは確実に処理でき、今だとチョン・ソンリョン(川崎F)に似たタイプ。外れると判断したシュートには異常に早い見切りを付ける事にも定評があった。クラシカルなタイプで守備範囲も狭かったが好きな選手だった。出場8試合中5試合クリーンシートと、GKとしては難しい途中加入だったがDF陣としっかりコミュニケーションを取れていた証拠だろう。シーズン終了後は欧州の各チームからオファーが来たものの外国人枠の問題で契約には至らずそのまま引退した。現在は指導者として中東で頑張っているようだ。たまに日本語で東京サポに向けてツイートをしてくれるので嬉しい、やはり人格者か・・・(しつこい)

サンキュー!ブラダ!


河 大成 ハ・デソン(MF 2016 -2016 12月)

FCソウルのレジェンドプレイヤー、Kリーグで輝かしい実績を残し、代表でも活躍してAFC最優秀選手賞の最終候補へ残るほどの実力者。中超での挑戦を終えて子供の頃からの夢だったJリーグへ北京国安から移籍、選んだチームは第二次城福政権の東京だった。(余談だが韓国、中国、日本の首都チームに在籍した史上初の選手)キャンプから主力としてプレイし、完全にフィットはしていない状況でのACLプレイオフのチョンブリ戦ではKリーグ仕込みの激しい寄せでボールを刈り取りまくり、長短のパスを散らして攻撃のリズムを牽引し、9-0とクラブ史上最多のスコア、ACL本選出場権に貢献した。今年の核になると間違いなく予感させてくれて期待が大きく高まったが好事魔多し。ACLGL緒戦の直前練習でまさかの負傷で出場を逃すとその後もコンディションは上がらず、チームがハデソン中心の戦術から変更したこともあり1stステージ僅か3試合出場に留まった。夏に出場機会を求めて名古屋グランパスにレンタル移籍、早々に怪我をしてしまうものの最終的には10試合に出場して評価は高く、名古屋から残留を求められるも期限満了で退団。東京は翌年から復帰させるつもりだったが、古巣FCソウルから熱心なオファーがあり、当時ソウルに所属していた高萩洋次郎とトレードする形で古巣に復帰した。現在もソウルでプレイしており、そのまま引退するまで所属するつもりらしい。

城福監督が途中で解任になった要因の一つなのは間違いない、それくらい彼の怪我は影響が大きかった、上手い強いで夢の見れるプレイヤーであった・・・本当に残念である・・・サンキュー!ハビ!

ムリキ(FW 2016 4月-2016 12月)

中超リーグ広州恒大で大暴れして、ACLで日本勢にトラウマを植え付けまくったブラジル人ストライカーがまさかの加入。移籍報道には東京サポもビックリしたが、それ以上に他サポを恐怖のどん底陥れた(笑)実際は広州から中東に移籍してあまり試合に出ておらず、例によって小平にきたムリキはふっくらしており東京サポを不安にさせた(このパターン何度目だ)リハビリを兼ねてJ3の試合に出場することもをあり、対戦したクラブのサポはさぞ嫌だった事だろう・・・実際は全然脅威じゃなかったんだけど(笑)スピードこそ衰えたものの技術の高さや得点シーンを見るにやはりAFC最優秀外国人は伊達じゃないとも思ったが、チームそんなことではどうしようも無いくらいにボロボロだったので正直活躍したとは言いがたかった。夏に怪我をしてそのまま復帰することなくシーズン終了となった。来シーズンに向けて東京と仮契約まで済ませていたが、母国ブラジルのヴァスコダガマからのオファーに応えて移籍した、2017年から中超リーグに復帰。お子さんが超絶可愛かった。

↑J3鹿児島戦にまさかのムリキ&バーンズという鬼仕様


兪 仁秀 ユ・インス(FW 2016-)

韓国の年代別代表の経験者、おそらくヨングンルートを狙っての獲得だと思われる。運動量が豊富なアタッカーで得点感覚も持っている若手選手、加入初年度はJ3を主戦場にしてFW、SMFなどをこなし主力として活躍、シーズン11ゴールをあげてチーム内得点王に輝く。J1でもデビュー戦となったジュビロ磐田戦で途中出場ながらアディショナルタイムに決勝ゴールを奪ってサランヘヨポーズ、上々の1年目となり翌年はJ1での活躍が期待された。が大型補強を敢行したチームにあって2年目も状況は変わらずJ3が主戦場となってしまった。2018年にはより高いレベルでの出場機会を求めてJ2のアビスパ福岡へ移籍、井原監督の下でリーグ戦31試合出場と成長している姿を見せた。(福岡サポに愛されてましたね)そのままレンタル継続かと思ったらレンタルバックで東京へ、今シーズンはスタートこそコンディションの問題で序盤こそ出場機会が少なかったものの、徐々に調子を上げてきてルヴァン杯でゴール決めると、次のリーグ戦でも途中出場した。ハードワーク出来るしガッツを感じる選手なので是非とも頑張って欲しい。あといちいち可愛い。

ピーター・ウタカ(FW 2017-2017 12月)

元ナイジェリア代表にして、J得点王の看板を持つ陽気で笑顔が素敵なストライカー。清水、広島を経て期限付き移籍で東京に加入、この年の東京は大久保嘉人、前田遼一、そしてウタカと,得点王経験者が3人揃う事となった。フィジカルに目が行きがちだがテクニックが凄い、大きな体躯に似合わない俊敏性も持っているので、DFとするとこれほど厄介な選手もいない。にスーパーサブ的な扱いで32試合11ゴール、チームは相変わらずグダグダだったがそんな中でも二桁ゴールはさすがである。陽気な笑顔で落ち込みがちな東京サポの癒しとなった。年棒がネックとなって契約は更新せず1シーズンのみの付き合いとなったが東京サポからは「ウタちゃん」の愛称でいまだに愛されている。その後デンマークに移籍するものの、2018年に徳島に移籍してJリーグに復帰、今シーズンからは甲府に移籍してウタちゃんスマイルのファンを増やし続けている。

リッピ・ヴェローゾ(MF 2017 7月-2018 12月)

ルーカスの紹介で加入したブラジル人レフティ、独特なボールの持ち方とドリブルで変化を付けられる選手で、何気にフリーキックも蹴れる。昨今珍しいクラシカルなスタイルのブラジル人選手だったのだ。J3を主戦場として、徐々にコンディションも上がってきてさぁ来年こそはと迎えた2年目……健太メソッドと絶望的にプレイスタイルが合わなかった。ホントにハマる気が全然しなかった、守備あんまり得意じゃないしね…仕方ない。2018シーズンで退団、ウクライナのFCリヴィウで移籍してフリーキックでゴールなんか決めちゃってた。頑張れリッピ。

ジャキット(MF 2017 7月-2018 12月)

提携国枠でやってきたFC東京初のタイ人選手、タイのアンダー世代に選ばれていただけあってそれなりの上手さは持っていた。何より良かったのは運動量とガッツ!!U-23では徐々に出場機会を掴み出して、右サイドで必死に走り回っていた。しっかりU-23では戦力になっていたのでレンタル期間を1年間延長した。翌年はプレイのクオリティが上がり、リッピとは違って健太メソッドにも嵌りそうではあったし、何より提携国枠というポジションで外国人枠に影響しないので、残してみても面白いかもと思っていたら、レンタル元からNGが出たっぽい(笑)そのまま2018シーズン終了後に古巣に復帰した。いまは怪我をしているらしい…頑張れジャキ。

ディエゴ・オリベイラ(FW 2018 -)

アマ、ルーコンに続き東京のぐう聖外国人になろうとしている人。2016年に柏レイソルに加入、いきなり凄いプレイを見せて「うわぁ…これは当たりだわ」と当時は思っていたら中々完全フィットせず、2年目には監督の下平さんに干されて枠の問題もあり出場の機会を失っていた。2018年新たに就任した長谷川監督の要望もあり期限付き移籍で東京に加入した。とにかくキープ力に優れていて、足元に入った五分のボールはほぼマイボールにしてしまう、強靭な体幹(というかお尻)も持っていて体勢が悪くても難なくボールを収める姿は感嘆を禁じ得ない。テクニックも非常に高くラストパスも出せるし、ドリブルからの突破力もあるし、守備でもハードワーク出来て何よりナイスガイ!これだけの選手がフォアザチームに徹してくれるのは凄い。弱点は空中戦と得点力がやや無いとの話しだったが、ヘディングは下手では無いし、割と決定力もあり、「なんで柏はこの選手干してたの?」思うしかない逸材だった。下平さんホントにありがとう!健太東京の軸として1年目から替えのきかない選手として活躍、相方が永井やリンス、富樫とコロコロ変わる中でも絶対的なレギュラーとしてシーズンを過ごした。春先は得点王争いにも絡んでいたが、W杯中断明けはチームが研究され、ゴール前から遠ざけられる様になり得点力は落ちたが、それでもチームへの貢献度は高かった。シーズン終了後はディエゴの去就にやきもきする東京サポだったが、本人は元より家族が東京を気に入ってくれていて、目出度く完全移籍となった。(強化部超GJ)何でも古巣の柏はそんなに執着しておらず、むしろオイルマネーに狙われていた様で…あぶねぇ!!今シーズンは相方に決まった永井と分かっていても止められないツートップとして、首位の原動力になっている。性格も超優良、チームと仲間を思いやりエゴも少ないし、笑顔が最高に良い。面倒見も良く所属するブラジル人選手達の良き先輩としてのフォローもしている。

PKが独特な蹴り方でサポから「普通に蹴って」とよく言われている(笑)筆者はGKなので普通に蹴られるより嫌だし、成功率も悪く無いからそのままでいいと思う

なんでこのキックフォームで蹴れるの?


リンス(FW 2018 7月-2018 12月)

仕上げのリンス、2014年にガンバ大阪に加入し長谷川監督の下スーパーサブとして活躍、一旦母国へ戻るも2017年に来日してヴァンフォーレ甲府に加入した。W杯中断明けにフィニッシャーを欲した東京がレンタルで緊急補強、健太さんも良く知る選手という事で起用法はガンバ時代同様。スーパーでは無いが全ての能力が水準以上で計算が立つ選手、ディエゴとの相性も上々、アウェイ鹿島、ホーム神戸と2試合連続途中出場で決勝ゴールを決めて早速結果を残して東京でも「仕上げのリンス」となった。ただリンスをもってしてもチームの失速は止められず。シーズン終了後は契約延長の話しも出ていたが満了した。現在は中国2部北京控股足球倶楽部に所属。

余談だが短期間で個人チャントが出来た、原曲は乃木坂46 『おいでシャンプー』

「おいでリ~ンス♪」


ジャエル(FW 2019-)

東京のバンジャマン・メンディ、SNS番長でマテ茶親善大使のブラジル人FW。2017年にグレミオでコパ・リベルタドーレスで優勝に貢献して、クラブワールドカップ2017にも出場したFWがディエゴの相方を探していた東京に加入。加入直後から位置情報全開バリバリでSNSを投稿しまくり、更に非公開の練習試合の自身のゴールシーンまで上げる無双状態である。歴代外国人選手・・・いや日本人含めてもトップのSNS更新頻度である。怪我をしてもチームより先に自身のツイートで先に発表してしまうなど、最早チーム側でも制御しきれないのだろう(リハビリの様子も上げてくれるので回復具合もまる分かり!!凄い!!)そしてジャエルの「無慈悲」ポーズはチームメイト、サポーターの間で大流行している。


更に自撮りの半分以上に映りこむマテ茶壺のせいで、東京サポの中ではマテ茶といえばジャエルとなりつつある。

冷や冷やするんだけど憎めない感じもメンディそっくりである、その内に「俺達はサメだ!サメ軍団だ!」などと言い出さないか凄く心配だ。


あ、プレイについて何も触れてないじゃないか。そこそこお高いだけあって能力は高い、スピードこそ並だがフィジカルは凄く、エリア内で勝負させたらかなり期待できる重戦車タイプの選手。更に清水戦のディエゴへのアシストのようなパスも出せるので人を使う事も出来る。守備は全く期待できないがそれを補って余りある攻撃力はあるし、チームメイト思いでムードメーカーにもなってくれそうなので、SNSもいいが早く怪我を治してピッチで大暴れして欲しい。(真面目にこれからのキーパーソン)

娘さんとグレミオを溺愛しているグットガイ


羅 相浩 ナ・サンホ(FW 2019-)

KリーグU-18リーグでリーグ得点王とリーグMVPを受賞し、光州FCで31試合16得点5アシストの成績を残し、Kリーグ2のリーグMVP、リーグ得点王、リーグベストイレブンの個人タイトルを全て獲得した韓国人ストライカー。素晴らしい実績の通りの選手でキャンプからいい動きをしていたようだ。序盤こそKとJのプレイスタイルに戸惑っていたが、健太さんの評価は高く常にベンチから流れを変える役目を請け負っていた。最近は先発出場の機会も徐々に増えている、個人的には今年の補強で一番の当たり補強だと思っている。性格も真面目で熱くなったりはしないし、何よりシュートがえぐい、コリアンキャノンという渾名をつけてあげたいくらいに強いシュートが打てる。磐田戦ではカミンスキーでなければ2ゴールしていただろう、爆発の予感が漂ってる。間違いなくジャエルともにこれからのキーマンになる選手。僕はSMFよりFWで見てみたい派です

アルトゥール・シルバ(MF 2019-)

リッピ枠で加入したブラジル人MF、目標はレオシルバということだったが凄く分かる。基本スキルは高いし化けそうな気配もする、問題は健太メソッドに適応できるかどうか。顔がネイマールに似ているのが自慢。とりあえず今年はU-23で修行。

ナッタウット(FW 2019-)

こちらはジャキット枠で加入したタイ人FW、正直ぜんぜん分からん。FWらしいのだがU-23ではまだ先発2試合、途中出場3試合。輝一がトップのベンチに入る機会が増えたし、出番が増えるかもね。久保裕也に似てるなと思いました。

飯野 一徳(通訳 2000-)

外国籍選手といえば通訳!!

2000年よりFC東京の通訳として、公私を問わず外国籍選手・スタッフの日本での生活を支えてくれているこの人を忘れてはいけません!!飯野さんがいるからこそ外国人選手たちが本領を発揮できる!

この場を借りて感謝を申し上げます!

いつもありがとうございます!!



おわったぁぁぁぁぁぁ!!!!!

正直、やり始める年代を間違えた感あるよね(笑)でも書きながらそれぞれの選手の事を思い出せて懐かしくも有り、悲しくもありで・・・やってみてよかったです!!皆さんの思い出の選手はいましたか?


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