人生を変える30日チャレンジ24



 前日、夜中に友人からのLINEで
崖から突き落とされた私。

 そのまま心がぎゅうっと
苦しくなったまま、時刻は既に
1:39だった。

 急いで寝る支度をした。


 明日のチャレンジをチラッと見る。



30日チャレンジ24日目

「いつもより口数を
少なくする」


 どうやら、既に今の気分的には
そんなふうになりそうだ。

 ただ、このチャレンジの日は
ジムの最後の日で、さらに
先輩とそのメンターの方と
zoomをする予定もあり、

どうも喋る時間は、いつもより
多くなりそうだと予見する。

そんなことを考えながら
眠りについた。


翌朝、二度寝してしまって
起きたら10時頃になったいた。

10時にジムに行こうと
していた人間の行動ではない。


仕方なく、気合を入れて
ガバッと起き上がって、
お手洗いにいき、顔を丁寧に洗って
歯を磨いて、着替える。


朝ごはんにも、しっかり
昨日残したドーナツの半分を
2種類食べた。

玄関に来て、忘れ物の多いわたしは
いつものように、

定期、携帯、財布、鍵、マスク、

と癖のように唱えるだけ唱える。

一応は、指差し確認しているつもりなのだ。

「よし!」と呟いて靴を履いて
リュックを背負う。

「忘れ物ないね」と玄関を通った父が聞いてくる。

「うん、確認した」と返すわたし。

「携帯もったのね、」

うん、と言ってから、父のその、
含みのある言い方が気になって
顔を上げると

「じゃあこれはいらないのね」と
携帯をちらちらさせる。


「あれ、確認したはずなのにな」


これが、いつも、小さい頃から
何かしら忘れる私に、
大学生のときに母から

「せめて、出かけるときに玄関で
定期、携帯、財布、鍵と指差し確認しなさいよ」といわれ、

その指差し確認をする言葉だけに
慣れて、唱えるだけになった
私の常だ。


父のおかげで忘れ物することなく
11時過ぎにジムに着いた。



 ジムは今日が最終日。


ジムでだってやっぱり私だけが、
昨年の、仕事を辞めた日のように
ちょっとした感傷に浸っていて

私以外は皆当然のことながら
いつも通り。
たまに、トレーナーさんに
話しかけられてあとは黙々と
サーキットを2周した。



サーキットが終わると、
トレーナーさんに、
「終わりました〜」とだけ
声をかけてすっと抜ける。

整理運動も終わり、着替え終わって
トレーナーさんに、
「ありがとうございました」と
声をかけると
「え〜寂しぃ〜!また戻ってきてくださいねぇええ」
と言われる。


しかし、気持ちはあまり口数を
増やさないぞ、と思っていた。

私がさようならとジムを出たあとは
当然のことながら他の人への
トレーニングにまわっていた。
彼女はこれでいい。



ジムが終わると
チョコレート好きの怠惰な私は、
やっぱりもう一回フラペチーノが
飲みたくなって、

スタバにモバイルオーダーを入れる。


トールソイエクストラホイップエクストラシロップエクストラチョコソース
チョコレートオンザチョコレートF

を注文し、「コスタリカ*14」という
名前を与えられる。

すぐにお店について、
注文を待ちながらスタバの店員さんを
見ている。


スターバックスというお店は、
よく見ていると、店員さんは
バタバタと忙しそうで
良くも悪くもガチャガチャと動く
機械を見ているかのようだ。


10分ほど経過してやっと
「コスタリカ14番」さんと
病院の受付のように呼ばれた。


わたしのフラペチーノをつくっていた
店員さんは、新人の店員さんに作り方を教えながら
わたしのフラペチーノからは
既に目を離して別の人の注文を
受けながら、ぽんと私のフラペチーノをおいて、そのフラペチーノは、
少しだけ机を滑って止まった。


呼ばれた私は手にとってから

エクストラホイップ…?

エクストラ…ホイップ???

エクストラ???



エクストラホイップって、
少なくともこういう感じじゃないの?
と1月20日に注文した
トールエクストラホイップ
ソイメルティチョコレートFの
写真を思い出す。


同じ店舗で買ったとは思えない差。

ついでに、エクストラソースが
どの辺がエクストラなのかも
わからない。


ちょっと不服に思ったが、
そもそも、不服に思っても文句を
言ったことのないわたしが、
しかもあんなバタバタの店内で



あんな雑に置かれたような状況の
店員さんに文句を言ったところで
良いことは起きなさそうなのも
わかるし、仮にそれで
「作り直しましょうか」などと言われても、すでにつくられたフラペチーノとこの容器はきっと捨てられる。


そんなムダの方が私は嫌だ、
と思った。

さらに、時間を見ると、
そろそろ家へ帰らないと
zoomの時間に間に合わない。
私はもやもやしたまま外へ出た。


普段、口数が多くおしゃべりな私。
今日は、それに比べると、
全然話さなかった。

家に帰ってzoom時間がきて、
大学時代にお世話になった先輩と
つながる。


先輩と話すのは、2週間ぶり。

少し、人付き合いがうまくなって
自分の感情コントロールも
できるようになったんだな、

と認識する。


zoomでも、いつもはもっと
話終わったら口の周りの筋肉が
バキバキになるくらいだが、
今日は全くそんなことなく、
そんなにペラペラ
話さなかったのかもと思った。


以前より、人付き合いが楽になったと先輩に伝えた。


zoomがおわり、リビングルームに
くると、母のRefaを
コロコロしながら、母が
つくってくれるお昼ご飯を待つ。

煮麺をつるっと口にしていく。


寒い日は温かいものが良いし、
ラーメンより煮麺が良い。

遅くなったお昼から
少しだけ時間を置いて

ドーナツとカフェラテを口にした。



もちっ

とろっ

ざくっ!


ポンデ・とろキャラメルショコラ

ポンデ・クランチショコラ。

1/3ずつを食べて、

ポンデ・クランチショコラ好きだな、

と思う。


やっぱりチョコレートは
好きみたいだ。

テレビで録画していた
櫻井・有吉のTHE夜会を観る、


テレビがついていると
どうしても口数が多くなるのが私。

テレビに話しかけるタイプというより
テレビを見ての反応を口にするタイプ。


そもそもリビングルームにいると、
母がいて母がいると

四六時中、
ひっきりなしに話しかけられる。

ニュースでなんとかさんって芸能人が…


嵐がどうの…


何も言わないと、

なえ、聞いてんの?と言ってくるし

口を閉じていられない。

それに私も、
もともとかなりおしゃべり。

だから、やっぱり、
いつもより口数を少なくする、には
1人の時間をつくるしかない。


まあ、1人で過ごしていても
喋っているのだけれど。

それでもやはり意識しているからか


いつもよりは、自分から
ベラベラ話さなくなった気がする。



そういえば一昨年の末に
友人に言われた。

ー あまり自分のこととか
ベラベラはなさないほうがいいよ ー


元々、あまり他人への秘密がなく、
自己開示もかなりする私は
(にもかかわらず悩み事や、
嫌だと思うことは告げられないのだが)
特に他人に言いたくないこともなく、

周りの人より開示幅が広い。

さらにおしゃべりだから、

口から生まれた口太郎だった。


友人にそう言われて、
少しずつ意識するようになったが、
それでもまだきっと口太郎オブ口太郎
だろう。


私が口数が少なくなるのは
落ち込みすぎている時、
心の波がとてもとても下にある時
塞ぎ込んでいる時だが、

それらも、本当は1人でいたくても
家族がいる場では明るく振る舞ってしまう。



高3の引退の大会で
初めて予選負けした時も、


彼氏と別れた日も


好きな人に告白して振られた日も


いつも、部屋に1人で黙ってこもって
布団に丸まって涙をドバドバ流して


それでも、親に泣いているのが
バレてはいけないと
コントロールしていた。

小さい頃からそうだった、

友人の親御さんにも小さい頃から
言われてきた。

「お母様が、悩み事も何も相談してくれないって言ってたわよ」

「親御さんが、頼ってくれないって言ってたわよ」


私が認識した時点で、既に
幼稚園の年中頃から、

特にいわゆる“好きな男の子”みたいな
存在ができた時から


なんとなくそれは、
親に言ってはいけないものだと
不思議と自然にそう思っていて、

明るいね、友達が多いね、

と小さい頃から言われるたびに

泣いたりすることは多々あっても

自分のなかでの悩みは言わなかった。


というより、言えるような環境に
家庭もなかった。

「子どもにプライバシーなんて、
笑わせないでよ」

高校生の時、女子校に通う私が
当時知り合った気になってた男の子と
メールでやりとりしていたのは、
私の知らない間にすべて内容を読まれていて、
何かの拍子で喧嘩したときに、


「くだらないことにうつつ抜かしてるからよ」

と言われ、うつつ抜かしてるようなことなんてした覚えないなと思った私が唯一、恋愛か…?
だとすれば、メールのやり取りしかないな、と検討つけて、

「くだらないことってなに?
メールのこと?なんで勝手に見てるの?」

と文句を言うと、
「親がメールを見るのは当たり前だ」
と母に返された。


スマホになって画面ロックをつけると
当時4桁だった画面ロックを解いて
見ていたみたいだし、
SNSに至っては、私のアカウントに
ログインして私のやりとりを見ていた。

(というのを、弟から聞いたときは
ぞっとした)

高校生まで携帯を1週間なくしても
生きていられた私が、
スマホを四六時中触っているのも、
この辺りでスマホを手放さなかなった頃から。


高校3年生の
引退の大会で負けた日は
すこしくらいそっとしてくれたが、
私のクラブ活動を見た事もない母が
「練習しないからよ」と言い放ったし、

彼氏と別れて一人になりたい夜にも、
ノックも何も無くいきなり部屋に
入ってきてくだらないどうでもいい話をずっとしてきたし


好きな人に振られた日だって、
ねぇ、ご飯たべないの?
なんで?みたいな……

母だけでなく父もだが、
父は、コロナ前はほとんど家にいない
人だったから私には母の記憶が強い。


中高時代になって
友人に悩み事や愚痴を言うように
言えるようになったけれど、


私が変わってる人間だからか
家庭環境が異なるからか

話が噛み合わないこともあったりで

友人に多少いうようになっても
親にはいうことはなかったし、

友人にだって、
悩みを話すようになってから

この悩みは言えないな、

というものが所々出てきた。


そのうちSNSをやりはじめて

SNSに悩みを書くようになった。
(以下SNSに関する母への悩みは
上記の通り。)



友人たちはSNSを介して私が
悩んだりうじうじしたりしていることを知るし、

私も、友人たちにそういうふうにして
伝えていたけれど、

やっぱり本当に数少ない友人にしか
暗い部分はいつも見せられなかった。


それでも、もともとおしゃべりなのにSNSをはじめてから、ずいぶんと
口数、言葉数が増えた。


息をするように言葉を吐く。

口に出せない分文字を打つ。


息をするより楽に文字を打つ。

そうして、SNSにだけ愚痴や悩みを
吐き出せるようになり、

家族や友人には言えないけれど

不特定の、あまり近しくない人、

に悩みを言えるようになった。


いつぞかやに、友人に

「悩みが重い」と言われてから


付き合ってる彼に

「重い」と言われてから

悩みが重ければ重いほど、
どうでも良い通りすがりのキャッチの人とかに話すようになった。



どうでも良い人には、どんどん
自分の悩みを開示できるようになり、

初めてお酒の席であった、
住んでいるところも知らない人に
悩みを打ち明けたりして、
とても信用してくれているのだ、などと
誤解される。


 昔から、自分の失敗だとか
人に突っつかれると恥ずかしいことは
大抵先に自分で笑いにしてきた。

その癖のまま大学院生になり、

言わなくても良いようなことを
ベラベラと先輩や教授にも話していた。


そして、一昨年くらいだろうか
ある時、友人に言われたのだ。


ー お前は言わなくてもいいこと、
ベラベラ話すじゃん。しかも、
聞いてる人にとってはくそどうでもいい、聞いてて心地よくもない話をさ、
そういうのやめろよ、 ー

と。


はっきりと言ってくれた言葉が響いた。

ーSNSとかもだけどさ、
愚痴や悩みをぶぁぁっと書いて
それはその時はお前はスッキリするかもしれないけど、それをみた人は、
こいつうざいな、こいつ面倒だな、
こいついつもマイナスだな、としか思わないよ。
 お前の印象がマイナスになるだけ。
そもそも、例えばインスタとかは、
キラキラしたもの楽しいものを載せたり、そういう癒しを求めているわけだし、Facebookとかは本名で仕事で使ったり、そういうもんだろ、
 別に愚痴るな、悩みを抱えろとは言わないけど、SNSに書くようなことじゃないー



 はっきりそう言ってくれた。


実は今だって、
全部やめられたわけではない。

例えばこのnoteでは、
かなり自己開示してしまっている。
(これからは極力控えよう。)


例えば、あまり最近使わないけれど
時に、悲しくて辛くなると、
鍵アカウントだけどSNSに
ぶぁぁっと書くこともある。


でも、そう言われた時から少しずつ
意識してやめることにした。

(よくノートや手帳に書けばいいと言われるが、手帳には書いているし、
書いて起こすに言葉が出てこなくて
結局先に打って自分で認識する必要があるみたいだ。
それから紙に書かれたものを、
よく覚えている性質が少しある。
これも、今後改善しよう。)


少しずつやめていって、

不思議と少しずつ意識すると
きちんとやめられるようになってきた。


そして、

マイナスなことばかりを
口にする人を遠ざけ、


自分の手で自分の周りの
人間関係を選定し、

運動の習慣もはじめて
(1月末でジムを辞めてしまったけど)


それからこの30日チャレンジの間に
ほとんどマイナスなことは
言わなくなった。



口は災いの元


 2019年末、
 ペラペラ人に言うのやめろよ、
と友人に言われた私は、友人が言っていたことを2020のNOLTYの最初の方のページに記載した。


①言いたいことを我慢しない
②なんでも公表しない、秘密を持つ。
③友人付き合いは自分で決める
④自分の感情は自分でコントロールする
⑤人に期待せず自分で見切りをつける
(好きな人や家族以外にはどう思われたって構わない。モラルに反しているだとか生徒に影響が出たら当然変えるけど、そうでない限りは例えば就業規則で決まってないなら自分の意思を通す)
⑥自己中なだけのわがままはダメだけれど、ちゃんと筋の通った意見は良い
⑦人に染まらず1人で立ってゆく。
⑧彼の審判は神の審判ではない。
⑨SNSに愚痴やマイナスなことを書かない


1年という長い時間がかかったけれど、

少しずついろんなことを変えて、
2019年末の私とは
結構変わった気もする。

そうして少しずつ、
具体的に行動を意識的にするようにし
2020年の間に人間関係も意識的にかえ

マイナスの言葉が

負の気が

自分に入ってこない人間関係を

大切にした。


私の場合、マイナスがインプットとして
入ってくると、どこかにそれを
アウトプットしないと、

自分の中では処理できなくなる、


それが過去だった。

だから、そもそもマイナスが
なるべく入ってこない人間関係を
意識した。


マイナスなこと、
愚痴や言い訳を言う人を減らし、

それから自分自身も少しずつ
意識するようにした。


2020年から、少しずつ、
人の誘いを断ったり
誰かから頻繁に連絡が来ないようにしたり、
他人と無闇に会わないようにしたりして


「自分1人の時間」をしっかり確保するようになった。

すると、私はどんどん変わっていった。


2019年から2020年にかけて
ちょうど鬱々として、
メンタルクリニックでは
重度躁鬱状態だ、こんな状態でなぜ何年もどこのクリニックにも行かなかった、


と言われるほどの状態になっていたが
ちょうどその頃に、1つのアルバイトをやめ、その後にコロナで自粛ムードになり、コロナの自粛ムードの国民に
様々な動画配信サービスが提供され、

私は、気晴らしと1人の時間を
外的に与えられて確保することができたのだった。
(ちなみに金銭的理由でクリニックに
通わなかったが、私にはそれが功を奏した。人は結局、薬や他人で、
良くなるものじゃない。必要なのは、
自分だけの時間をつくることだ。)



コロナで仕事がなくなったのは
本当に困ったけれど、3月に
2つ並行していた仕事の1つを辞め
4〜5月はもう一つもコロナでなくなり
全く仕事がなかったのも

私の精神安定を頑強にするには
とても良かったと思う。


コロナ、というかっこうの理由により、
人と会わなくて済むようになり
誘われることもなくなり

そうして私はその間に少しずつ

様々な人との距離感を変えた。


そのうち27歳になり、
自分がまるで変わった。


口から生まれた口太郎は、
やっぱりまだおしゃべりだけれども

1人で居る時間をなるべく
増やしたことで昔より遥かに
静かになったし、
落ち着いてきたのだ。






おやつの後、しばらく母とTVを
観ていた私は、キリのいいところで
自室へ戻った。



パニックになった時は
1人でもワーワーうるさいけれど

今の私は、パニックにならない時は
とてつもなく静かで、
黙っていると気づいた。



特に本を読んだり、noteを書いたり
手帳を整理したりしている時は
とても静かだ。

言葉をほとんど発さない。

私には、こういう状態を、
常にする必要があるのだ。


そして、その、「ペラペラ喋らない」
「口数を少なくする」ためには、


心の波を凪に保つこと、

平常心、


瞑想

など、
システマの本を読んで知ったことや

研究をしていた時のように
何かに没頭している時間、


落ち込む時は1人でベッドにこもること

が必要なのだと知る。


他人には、相談したくて相談に
乗ってもらうことはあっても、


答えや良いアイディア、解決法を
知りたくて聞くことがあっても

悩みや愚痴を共有したり、
ましてや中身のない話を
永遠にペラペラ話して盛り上がれた
JC/JK時代を引きずったような人間関係など、必要ないのだと知る。



今でも誰かと話せば、
私は口の周りの筋肉が
筋肉痛になる程話してしまう
と思う。

相手がよく話す人であればあるほど
そうかもしれない。


けれど、これを機に、今日を機に

口数を減らす


1人の時間を確保する

他人と悩みや愚痴を共有しない


特に、過去のことは話さない。

ということを、

強く意識してやめようと思う。



 今日も母と一緒にいる時は
母がひっきりなしに話しかけてきて、ずっと家の中の
声が止んでいなかったし、
リビングはいつもテレビがついているので家はずっと賑やかだった。



 noteだって、読んでくださっている方はよく知っているけれど、
 長くしか書けないのは、
頭の中がまとまらないままよく喋る
私のこの、おしゃべりな精神性が
文章によく表れているのだ。


しかし、もう一度言うが、

 口は災いの元、
とはよく言ったもので、


 口数が多い人は信用されない。


口数が多い人というのは、

結局のところ、
自分語りになっていて
どこか陶酔しているのだ。


精神科に行っても、

「死ぬほどの努力で大学院まで修了してるなら、診断なんて必要ないよ。
こういう診断はね、あなたほどみんな頑張れないからそういう人がつけてもらうんだから。」といわれ、

私には診断がつけられなかった。

だから、私は間違っても、
ADHDとは言えない。

はっきりとわかっている。


教育実習中に、忘れ物に気づいて
生徒も授業もそのままに気づけば
走って教室を出て控室にモノを取りに行ってしまっても、


いつも歩いている最寄駅から家までの
15分の道のりが分からなくて中学生の時に地元で迷子になっても、


同じく、学校最寄りと学校の間の
道がわからなくて担任の先生に迎えにきてもらっても、


水泳大会に行けば水着をおいてかえり、体育競技会に行けば靴を忘れて母に届けてもらったりしても、


幼稚園の時に皆が体操をしているのに1人前の時間の絵を描く片付けが終わらなくてやっていても、

皆が給食を食べ終えて遊びに行っても一人給食と向き合っているような人間でも、


時間割を見ないとわからなくても、
今日の予定は全てメモしないとわからなくても、


今でも3歩歩けば、何していたのか
何をとりにきたのか忘れる人間でも、


異常に忘れやすいから
定期、携帯、財布、鍵、
と唱えてチェックするよう大学生になって母にアドバイスされて、

それから定期、携帯、財布、鍵、と
唱えるだけになって結局忘れていても、

ちょっとどこかに出かければ

傘は置いてきてどこに忘れたのかわからないままブラックホール行きでも、

予定を立てられなくて、
断ることもできなくて予定詰めの結果に二度も過労で倒れても、

ストーカーを嫌と言えなくても
痴漢されても、「ここで私が声を発したらこの人の人生は終わってしまう。ここで私が我慢さえすればいい話だ」と思うような大学生でも、


私は、“支援の必要のない人“と
現代精神医学に認定された。


 だから、やっぱり私はただの
口から生まれた口太郎なだけ。


 そして、友人や家族には自己開示
出来ないけど、私のことを
抱えないような不特定多数の、
アノニマスな誰かに対してなら
愚痴も悩みもベラベラ書き連ねるようなそういう軽薄な人間なのだ。


そして、それらは、この一本の、
まさにこの記事をここまで読んだだけで私というその人間性は
全て誰にも手にとるようにわかる。


それでも、昨年から少しずつ
人間関係をかえたことで
負のインプットが減った。
愚痴ばかりマイナスなことばかり
言う人を周りに置かないようにしたら私自身も少し変わった。

一昨年、友人に言われた言葉が
きちんとわかるようになった。


まだまだ、口数も多く、
それをSNSにぶわっと
書いてしまうことがあっても、

書く場所を選んだり、
一度書いてから
(一度外に出したものは永久に消えることはないとわかっていても)自分の目に、他人の目には見えなくなるように
消したり、
または、文字に起こしてみてから
やっぱりそれを世界へ公開してしまう前に消したりするようになった。

言葉数は多いけど、口数は
鬱々とした時期を経たあとから
前よりぐっと減った。



文学部出身だと言うのに、
浅はかなほどに、

言葉を思慮の末に発していなかった。


そして、そういうふうに、
言葉を選んで外気に触れさせる、
という行動ができなかったところが

私の饒舌さによくあらわれていた。


今も、文字に書くときにはやはり、
こうして冗長的な文章が多くなるが


とりあえずのところ、
今日は意識的に、口から発する言葉を
少なく短くしてみた。


最近やっと少しずつ、
人間関係をかえたり、それによって
負のエネルギーや言葉が自分に
たまらなくなってきて、
やっと少しずつ、鈍いのだけれど
SNSでの言葉数が減ってきた。

これからも意識して、
ペラペラ話すことを回避したいし、

より意識して書くことは忌避したい。


ジムでも口数は少なかったし、

おやつのあと自室に戻ってからの
時間はとても静かだったし、

母に喋りかけられておやつの時間は
話してしまったように思うけれど

夜ご飯の時間は意識して、
口数を少なくするようにした。



そして、この、
「口数を少なくする」という
チャレンジには、

DAY3の「瞑想をする」

だとか

DAY6の
「森の中や公園を歩く」

だとか

DAY19「本能に耳をすます」

DAY22の
「孤独の時間を確保する」

と言ったこれまでのチャレンジが
ポイントになってくることに気づいた。


いつもより意識して
口数を少なくしてみると

心の波が荒立たなかった。


PON-PON喋るのではなく

自分の頭の中だけで
考えていることがわかった。



思慮深い人というのは
概して口数が少ない。

口数が少ない人は信頼されやすい。


何も話さない、何も発しない、
というのではない。



口数が少ない人が、
思慮の末にぽん、と放つ言葉だから
そういう人の一言は、とても大きい。


口数を少なくしよう、
あまりペラペラ話さないようにしようと意識して口をつぐむと、


その話さない間に、声を発さない間に
私自身にも考える余裕が生まれることがわかった。


いつもよく快活になんでも話していると
話しかけられた時も、テンポよくなんでも返してしまう。

それがときに、なんでもかんでも
自己開示して話してしまったり、
考えずに言葉や相手を選ばずに
発してしまったりすることになる。



古代ギリシャの喜劇作家メナンドロスは、『断片』というなかにこう記したそうだ。

一度投げた石は手に戻らないし、一度口にした言葉は口に戻らない。 


フランス語の名言にはいれなかったが、フランス語にはこういう言い回しがあるらしい。

Trop gratter cuit, trop parler nuit.
「引っ掻きすぎるとヒリヒリし、話すぎると災いを招く。」


口は災いの元、のもととなった言葉が
中国『事文類集』に載っているという。

ー 口は是れ禍の門、舌は是れ身を斬る刀なり ー

 つまり、うかつなことを言うと、
禍が起きる。舌は槍よりも多く身を傷つける、

ということだ。



イギリスの思想家、カーライルだって
同じようなことを言っている。

《Speech is silver, silence is golden.》

 雄弁は重要だが、沈黙すべきことを心得ていることはより重要だ、

という意味だ。(『衣装哲学』より)





 いつもより口数を少なくしてみたら
いつもより人と話さなくて済み、
いつもより口数が少ないためか、

自分の中でじっくりとたわいもないことを考えているのかぼーっとしているのかという時間も多くなり、


自分のペースで、
時間を過ごせている気がした。


そう、誰かと話しているとき、
誰かとわーっと話すときは、
やはりどこか、他人のスピードに
巻き込まれているのだ。


それを、なるべく黙していることで
こんなにも舵を取れるようになるのなら、

こんなにも、人に急かされて
決断や話をしているような感覚に
陥らなくなるのなら、

気づいたら無意識に永遠にペラペラと
話さないようになるのなら、

意識して黙ることはとても重要だ。



SNSでも、同じように、
意識して黙していきたい。

#30日チャレンジ

#いつもより口数を少なくする


 そうは言ったものの、夜中になって
たまたまSNSのメッセージで
友人に過去の恋愛を心配されているうちにポロッとだいぶ過去の話を少しだけ打ち明けてしまった。

 無駄なことは話さない、

 あまり自分のことをあけっぴろげに言わない、

 というのは、私にとって
かなり意識的な訓練が必要なようだ、

と分かった。

これは訓練が必要なのだ。

Mark Twainの作品の、
Wilson's Calendarにもこうあった。


ー訓練がすべてである。桃はかつては苦いアーモンドであり、カリフラワーは大学教育を受けたキャベツにすぎない。 ー「阿呆たれウィルソンのカレンダー」 ー

(マーク・トウェインの
「阿呆たれウィルソン」より)


#人生を変える30日チャレンジ

#いつもより口数を少なくする


#口はわざわいのもと

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