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写真撮影

前回は切り出しの話をしましたが、今回はそれに関係した写真撮影の話をしましょう。

切り出しは切って終わりというわけではありません。必ず写真撮影を行います。どんな写真を撮るかというと、まずは臓器の全景、次に病変部の拡大、この2つは必須です。この時点で、病変部の大きさ性状(形、表面の様子など)を把握しメモしておきます。切り出し後は切った面(割面といいます)の写真を撮り、割面でみた病変部の性状(色、内部の様子など)を把握します。

写真を撮るのは病理医の重要な仕事です。切り出してしまった後は、もちろんのこと、臓器は以前の形を保っていません。今後臓器の情報を振り返りたいと思ったときは、ここで撮影された写真だけが頼りになります。だから、病理医はかなり集中して撮影を行います。ピンボケしないように焦点をしっかり合わせます。大きさがわかるように定規を置きます。意外に拡大写真は初心者でもうまくいきますが、全景をきれいに撮るというのが難しいです。ある場所ははっきり写るけれども、別の場所はちょっとぼやけるなんてことはよくあります。病変部がよく写ることが大事ですが、病変が広いとすべてを鮮明に写すのも一苦労です。

撮影した写真の加工もしないといけません。どのようにナイフを入れて切り出したのか線を引きます。最終的に病変の広がりをあとで記すこと(この作業をマッピングといいます)になるのですが、マッピングが意味を成すためには、切った場所がどこなのかわからないと意味がありません。癌があるのはわかったけれども、それがどこに対応しているのか不明となってはせっかく手術をした苦労が台無しになってしまいます。

方向も大事です。体の中にあるときはいいですが、そこから取り出してしまうと、体の中でどういう風になっていたかについての情報は失われてしまいます。体の情報を一番知っているのはその手術ないしは処置を行った臨床医です。臨床医は臓器の身体の中での様子をスケッチしてくれています。時には写真が撮られていることもあります。そのスケッチの情報に基づいて、病理医は写真を加工します。こっちが頭側ですよとか、足側ですよ。あるいは右ですよ、左ですよ。などといった情報です。左右の取り違えなどが起こっては一大事ですからね。

もちろん大きさも書きます。そして、マージンについての情報も書き加えます。マージンとは病変部と臓器の一番端との距離のことです。ふつう、腫瘍がある場合、腫瘍だけをとるようなことはしません。必ず正常部も含めて距離をとって切除します。癌というのは前に書きましたが、浸潤するという性質をもっています。だから、肉眼的には浸潤していないように見えても、顕微鏡で見ると浸潤しているということがあります。これまでの医学の知の集積により、これくらいの距離をとっていたら大丈夫であろうという範囲がわかっています。その範囲を満たすように手術が行われるのです。腸管は曲がりくねっていますが、固定時にはきちんと進展した固定が行われるので、術中に推定していた距離とは異なることがあります。切り出し時に測定されたマージンが真のマージンと考えられるため、それを記載しておくことは必須です。

文章で説明すると長くて退屈なので、例を2つ示します。こんな感じです。

黒いところが病変です。大きさが書かれていますね。方向ばっちりです。2型と書いていますが、これが病変の性状を表す言葉です。また、別の機会に説明しますが、医師同士ならこれで通じてしまいます。病変と口側、肛門側の距離(マージンでというのでした)も書かれています。このように写真を加工しておけば後で誰が見返してもわかります。


今度は内視鏡で切除された癌と思ってください。中央の灰色が病変です。実際にはこんな鮮明には見えません。黒い線が縦に入っていますが、これが切った様子がわかるように線を引いたものです。各切片には番号が振られています。こうしておくことで、後で顕微鏡を見たときに、自分がどの部分を見ているかわかります。赤で線が引かれています。これは病理医が顕微鏡で診断後、編集したものです。さきほど説明したマッピングです。顕微鏡で観察し、癌があった部位にマークをしておけば、病変の議論がしやすくなりますし、本当に癌があったことも伝わります。

この他、顕微鏡で見たミクロ像の写真を撮ります。学会発表で用いる場合には特にミクロ像は大事です。臨床医からの要請で撮ることもあります。顕微鏡には様々な倍率があり、何に注目するかで最適倍率が異なるため臨床医が病理医に撮影を頼む場合には、使用目的を明確にして伝える必要があります。「とりあえずミクロ像もらっていいですか?」これは、病理医が一番困るパターンです。ぜひ、「腺管の形と核の様子に注目した発表を行うので、強拡大の写真が欲しいです」などと伝えていただけると病理医の作業もスムーズに進みます。

今日のまとめ
・きれいな写真を残しておく
・切り出しの様子が克明にわかるような記載を残す
・どんな写真が欲しいかを教えてください。ご要望には何でも答えます。


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