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病理医の仕事

病理医は何をする医者なのでしょうか。これに関してはもう各所で有名な方々が語られていますし、国民的人気漫画&ドラマ『フラジャイル』もあることですし、もはや言わずもがなかもしれません。ですが、病理にかんしていまだまったく知らないという方もおられるでしょうから、今日は病理医の仕事について語ってみましょう。これらはいずれひとつずつを詳しく語ることになりますが、今日はごく大まかに仕事を把握していただきましょう。

まずは組織診断
ヒトの身体の一部を、少しだけ採取して(これを生検といいます)、それでプレパラートを作って顕微鏡で観察します。肉眼ではとても小さいものも顕微鏡で見ることで相当大きく見えます。病理医は全身の組織の見方を徹底的に訓練された医者なので、それが良いものか悪いものかを判断することができます。つまり、大雑把にいえば、採ってきた組織が良性か悪性かを判断するというのが、組織診断です。診断後はそれを専用のソフトで打ち込み、電子カルテで見られるようにします。良いか悪いかだけでなく、そのような診断に至った根拠を、曖昧さを排した文章で打ち込みます。

次に切り出し
病院では手術が毎日行われています。体験者でもあまり意識しないでしょうが、術後の臓器はどこにあるのでしょうか。捨てる? 滅相もない。そんな大切なものが廃棄されるわけありません。術後の臓器(手術検体と呼ばれます)は、病理医の手に渡されます。それを1日~数日の間ホルマリンという薬品で固定し、その後、病理医がその臓器を切ります。何のために切るかというと、もちろんプレパラートをつくるためです。先ほどの生検では最初から小さな組織なので、そのままプレパラートを作ればよいですが、肺とか肝臓とかになるとめちゃくちゃでかいのでそういうわけにはいきません。そこで、病理医が検体を見て、どこに病巣がありそうかを見極めて、そこにエイヤと刃をいれます。それをスライドガラスにのるくらいまで小さくしていくのが切り出しという作業です。ここで切る場所を間違うと正確な診断がくだせないことになりますから、緊張を伴う作業です。手術は毎日いくつもあるので、大病院では切り出し当番にあたった病理医は1日中切り出しをしていることもあります。かなり集中力を使うので、切り出し後は一時的にぐったりと疲れます。

3つ目が術中迅速診断
文字通り手術中に短時間でプレパラートを作成し、診断をする作業です。よくあるのが、手術において癌を取る場合、癌が残っていないかどうかを確認するために行われるものです。臓器の一番はしっこの部分からプレパラートを作成し、そこに癌があるかないかを確かめます。もしあれば外科医はさらに追加して臓器を切ります。そしてまた迅速診断して、癌がないですよということを確認して手術終了です。癌が残ってないかどうかを確かめる作業はとても重要です。もし病理医が見落としをするとせっかく手術したのに、癌が体内に残ったままになってしまいます。責任重大です。

4つ目が細胞診断
よく組織診断と混同されています。医療従事者でも混同している人が多いです。なかなかイメージしづらいかもしれませんが、組織というのは細胞の配列が保たれています。例えば、皮膚であれば、一番外側に表皮があって、その下に真皮があって、その下に脂肪があってというふうに層の構成がきちんとわかります。だから組織診では細胞の良悪だけでなく、層構築との関係性も参考にしてその病気がどの程度の悪性度を秘めているのかを推定できます。では、細胞診断はというと、基本的に細胞だけが提出されます。そして細胞1個1個だけをみて、良悪を判定していきます。なんでそんなことやるの?と思うでしょうが、これは患者さんにやさしい検査だからです。組織診断は層構造が大事なので、組織をしっかり深めにとることが大事です。もちろん出血もしますし、時には痛みも伴います。そう何回もできる検査ではありません。それにくらべて細胞診断では、臓器の表面だけをこすって細胞をとります。尿だったら出すだけです。苦痛がほとんどありませんし、何回でもできます。このやさしさが重要なんです。簡便性ゆえに毎日相当量の細胞診断が行われます。しかもほとんどは良性です。これを病理医だけでやっていたら家に帰れなくなります。そこで、頼れる同僚の出番です。細胞診断は細胞検査士という方々がいて、先に良悪を判定してくれています。病理医のもとにまわってくるのは悪性の疑いがあるものだけです。この点で、病理医はちょっと楽をさせてもらっています。細胞検査士は病理医とともに病理診断を担う大事な存在です。ちなみにプレパラートも検査士の方々が作ってくれます。すごい技能をもった人たちが多いです。『フラジャイル』の森井君もそうですよね。

5つ目が病理解剖
不幸にも病気で亡くなってしまったけれども、その原因がよくわからない場合に行われることが多いです。犯罪で行われる司法解剖とは違います。病理解剖の場合、犯罪性はありません。あくまでも何らかの病気であることはわかっているけど、なんで熱が下がらなかったのか、なんでショックになってしまったのか、なんで吐血したのか、それの根本的な原因がよくわからない場合の解剖が病理解剖です。よくある誤解なんですが、病理解剖では切り刻まれて見るも無残な姿になると思われている方がいるようです。そんなことは全くありません。手術の跡みたいな縫合の跡が体表につきますが、それ以外はほとんど生前と変わらない姿でご遺体をお返しします。そもそも病理解剖は長い歴史の中できちんと体系立てられた分野です。臓器の取り出し方も決まっています。好き放題医師が切るなんてことは許されていません。そんなことをしたら死体損壊罪になってしまいます。

6つ目が臨床との合同カンファレンス
臨床と病理は切っても切り離せません。手術した外科医はその臓器に実際にはどんな病気があったかを知りたいですし、病理医はどんな経緯で患者さんが手術に至ったかを知りたいです。そこで開かれるのが合同カンファレンスです。まず、臨床医が患者さんのプレゼンを行い、その後、病理医が病理結果の報告を行います。臨床側と病理側との情報が統合されて初めて病気の全貌が見えます。いろいろなカンファがあります。「消化器カンファ」、「呼吸器カンファ」、「泌尿器カンファ」、「血液カンファ」、「皮膚カンファ」、「骨軟部カンファ」などなど。病理医はそのすべてに出るので、朝夕はカンファの準備に時間を割く日も多いです。

施設によっては、病理医自らが組織診断の説明を行う病理外来が行われているところもあるようです。このように病理医の業務は多彩です。これを読んでなんか面白そうと思った中高生、医学生の方はぜひ病理医を目指してみてください。

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