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#80: 縁切り 結末

 目が覚めるとあすかは窓際のソファでカフェオレを飲みながら、煙草を吸っていた。昨日のお前とは大違いやわ。
「なんや、ずっと離れないって言うたくせに、約束が違うやんか。」
「今日は、と言ったはず。もう昨日よ。」
「ほんまあっさりしてんなぁ。なぁ、あすか、こっちに来い。」
あすかは素直に俺のそばに座る。俺は昨日あすかがやったように後ろから抱きしめる。
「なぁ、俺の心臓の音感じるか?」
「感じてるよ。あなたは生きている。」
「あぁ、生きとるわ。ありがとうな。俺は見失っていたわ。」
「うん。」
「俺はこれだけで救われたけど、あすかはこんなんじゃ救われんやろなぁ。」
「んー、気持ちは嬉しいけど、私は誰かに救われるつもりはない。だから、今度こそお別れよ。今度はきちんと縁を切ったからね。」
俺はあすかを抱きしめる力を強くする。
「俺、嫌やわ。あすかと縁を切りとうない。」
「んー、インプリンティングって知ってるよね?あなたは目覚めて、初めて見たのが私だったからそう思うだけ。もう普通の恋愛が出来るはず。」
「今お前を抱きたいって気持ちも刷り込みなんか?」
「そうだよー。大丈夫、元の生活に戻れば、すぐに良い人が見つかる。」
俺はあすかの首にキスをする。あすかは首を傾け、受け入れる。
「拒否せんのな。今は俺はやる気やで?」
「んー、虚しくなるだけかもよ?私はあなたを好きでするわけじゃないからね。」
さて、どないしよ。こいつはどちらにしろ、もう俺には会う気はないやろな。逃がさへんけどな。
こいつが拒否しないのは、俺のためだけやないやろ。こいつも寂しいんや。勝手な思い込みかもしれんけど。でもやめとこか。今はこれで充分や。
「今日は俺がお前を離さん。」
「ふふ、チェックアウトまでもうあと2時間もないけど?」
「分かっとるわ。今はまだお前に届かん。でもお前には俺が必要や。京都と東京は遠いなー。京都で暮らさへんか?」
「バカじゃないの?もう会わないって。私を見る度にあなたは思い出す。過去を知らないあなたと普通に付き合える女性を探しなさい。」
あすかは嘘つきやけど、正直でもあるんよ。さっきから、お前は俺を嫌やとは言うてない。俺はお前を選ばん方が幸せなんやろうな。でもお前のことを見捨てるほど、薄情な人間にもなれん。刷り込みやら知らんけど、お前を好きな気持ちに嘘はないんや。ここでお前から離れたら、お前はいつものこと、と気にしないんやろうけど、離れなかったら少しは変わるかもしれん。
「新しい人生はあすかと歩くことに決めたんや。残念やったな。お前はなんでも見透かしていると思うていたけど、俺のしつこさまでは見抜けなかったようやな。」
俺はあすかに笑いかける。
「んー、とりあえず3ヶ月は最低でも会わない。連絡も取らない。3ヶ月経っても気持ちが変わらないなら、連絡して。寝てる間に連絡先消しといたけどね。」
「!?」
俺は慌てて、自分の携帯をみた。ない。あ、着信履歴とかなら……ないわ。
「お前……どうやって連絡すんねん。」
「私は縁を切った。だけど、縁が切れてないなら会えるんじゃない?」
あすかは微笑んで言う。だからその顔嫌いや。
「まぁ、ええわ。試練やな。辿り着いたらあすかは観念して、俺と付き合うってことや。」
「辿り着いても付き合う約束はしないわよ。」

 京都に戻る新幹線の車内で、俺は考えていた。辿り着けるわけがない。えらい課題突きつけられたわ。でもそれくらいクリアしないとあすかには届かんな。あ、高橋に連絡しよ。あいつには謝らんといかんし、あすかにあいつは必要や。
高橋の連絡先も消えていたらどないしよ、と思ったが、残っていた。高橋が連絡先を教えない自信があるんやろうな。
「もしもし、俺正樹や。昨日は悪かったわ。でも俺はあすかを本気で好きやから、諦めるつもりはないけどな、やけどあすかにはお前も必要なんや。あすかはお前のことを大切に思うているのに、俺のために嫌われようとしたんや。だから、許してやってくれんか?やってへんし。」
「正樹さん、俺の方があすか先輩と長く過ごしているんすよ。言われなくてもあすか先輩の考えていることくらい分かります。俺はあすか先輩に無茶してほしくないし、自分を傷つけてほしくない。それを止めるのが俺の役割なんすよ。ただ踏み込む勇気がないと言われたのはちょっと応えました。踏み込んでほしくないことを理由にして、踏み込まなかったのは事実ですから。でもやっぱり踏み込むことが正解なのかは分かんないっす。まぁ、とりあえず正樹さんの件は落ち着いたみたいですし、俺は元通りの関係に戻りますよ。」
「安心したわ。俺、3ヶ月会うの禁止されたから、その間心配やったんや。高橋がいれば安心やわ。ちなみにあすかの連絡先教えてくれへんか?」
「は?あすか先輩怒らせたんすか?」
「ちゃうわ。なんで好きな女、怒らせんねん。あすかは俺が他の女と付き合うことを望んだんや。でも俺はな、あすかは多分怖いんやと思う。俺はあいつを救えんやろうけど、多分あすかの近いところにはいける。それが嫌やったんやろ。」
「あすか先輩が求めていないなら教えるわけないじゃないっすか。その間に俺はあすか先輩に近づけるようにしますね。」
「おーい、高橋。お前はあすかにとって大切な存在やけど、それ以上になれんことくらい分かっているやろ。俺に託せやー。」
「やってみないと分からないじゃないすか。まぁ、正樹さんは、あすか先輩を本当に好きならそのくらいの課題クリアして見せてくださいよ。それなら俺も応援しますよ。」
「全く高橋は、ほんま真っ直ぐすぎやわ。まぁ、ええわ、高橋に聞くのは違うな。頼みがあるんや。俺があすかと連絡取れるようになるまでに、あいつに何かあったら、連絡してくれ。」
「俺の手に負えないと思ったら相談しますが、あすか先輩はそんなにやわじゃないっすよ。今までだって、いろいろあったんすよ。正樹さんは軽いほうですよ。でも毎回1人でなんとかするんです。あすか先輩と本気で付き合うつもりなら、そんなんじゃ、もちませんよ。」
「高橋のくせに言うてくれるんやんか。でもお前は信用できる。あすかが認めた男やからな。ほな、またな。」

  ***
 3ヶ月はあっという間にすぎた。なぁ、あすか。ちゃんと他の女も見てきたで。でもやっぱりあすかが良いんや。
 俺はあさみの墓の前に立つ。なぁ、あさみ。お前はどう思う?あすかは俺が他の女と付き合うことを望んでいる。その方が幸せだってな。俺もそう思うわ。あんな女、手に負えん。でも、だからこそ俺は奢りやろうとあすかのそばにいれるのは、俺だけやと思うんや。
 あさみに話しかけていると、急に雨が降り出した。おいおい、あさみは反対ってことか?俺は雨宿りをする。通り雨のようで、すぐに雨は止んだ。最後にあさみの墓に挨拶して帰るとしよか。
あさみの墓に戻ると墓石の上に光るものがあった。なんやこれ?さっきはなかったよな?手に取ると、それは石やった。懐かしいな。お前と一緒に旅行に行ったときに買った石や。お前やたらと気に入ってたなぁ。なんでここにあるんや?お前からのメッセージか。もう少し分かりやすいメッセージにしてくれや。まぁ、俺に持っていけってことやな。

  ***
 3ヶ月ぶりに東京に降り立った。さて、ほんまなんも考えずにきてしもうたけど、どないしよ。とりあえず高橋に連絡しよ。
「おう、3ヶ月ぶりやな。正樹や。今東京におんねん。あすかの連絡先教えてくれへんか?」
「正樹さん、根性ありますねぇ。でも俺はあすか先輩側ですから、連絡先は教えませんし、無謀っすよ。あすか先輩はSNSやってますけど、リアルタイムで載せることはないですし、休日は何をしているか、話しませんからね。あ、でも1つだけ、○○の映画が見たい、と最近言ってました。俺の勘だと、新宿の可能性が高いと思います。マニアックな映画ですから、多少絞れるでしょうが、それでも多い。不可能ですよ。今日、明日見に行くとは限りませんし。俺たちの宿や公園に来れた裏技使った方が良いすよ。」
「裏技なぁ、出来れば使いとうないんや。なんか卑怯やろ。」
「ハハ、正樹さんって意外とロマンチストですねー。忠告しますよ。正攻法で攻めるなら俺で充分なんですよ。俺以上になりたいなら、なりふりかまわないと無理すよ。」
「言ってくれるやんか。ロマンチストやないわ。ただ裏技使うたら、あいつに会えても届かんやろ。だから最終手段や。まぁ、ヒントはもらえたし、やってみるわ。ほんま高橋はええ奴やな。」
「あすか先輩のためですよ。俺だって今のままで良いとは思っていないんすよ。無理だと思いますけど、応援はしていますよ。今までで1番近くに行けそうなのは、正樹さんみたいですからね。」
高橋はええ奴やけど、意外と強かやな。あすかにとって丁度ええ距離は、あすかに関わるのに、高橋にとってもええ距離なわけか。

 なんやねん、この映画館の多さは。もう最終手段使いとうなってきたわ。だめや。よく考えよ。あすかの性格と映画館の雰囲気、上映開始時間や。それを考えれば大分絞れるはずや。ネットで検索をかけて、俺は当たりをつける。多分今日いるならどちらかや。俺はあさみの石を取り出す。あさみ、力を貸してくれ。

 1つ目の映画館は外れやった。もう1つの映画館に向かう。ふとポケットに入れた石が温かくなった気がした。近くにおる。上映時間まであすかならカフェに入るはずや。この付近であすかが入りそうなカフェはどこや?映画館に向かいながら、辺りを見回す。石がさらに温かくなる。ここや。あすかはここにおる。だが店内にあすかは見当たらない。店員に声をかけた。
「俺の連れなんやけど、きてませんか?」
「あぁ、先程出て行かれましたよ。」
一足遅かった。店員に謝り、映画館に向かう。ここにいたなら、間違いないはずや。人混みの中を走る。もうすぐ上映時間や。早くせんと、映画が始まってしまう。その前に捕まえたい。
 映画館は外とは違い、人が少ない。映画館のロビーを見渡す。
「バカなの?」
後ろから声をかけられた。やっぱりお前との縁は切れていない。あさみも協力してくれた。
「口癖は変わらずか。」
振り返るとあすかが笑っている。俺の嫌いな微笑みじゃない。
「はい、チケット。もう中に入れるみたい。今日は泊まって行けるんでしょ?付き合ってよ。」
「なんでチケット準備してんねん。」
「映画のあとあと。この映画楽しみにしていたんだから。ドリンクとか買う?正樹が食べるならポップコーン買いたい。」
「好きにせえ。映画の最中寝ても、堪忍な。」
またあすかは笑う。なんや別人みたいやわ。やっとまた名前も呼んだわ。少しは届いたみたいやな。

  ***
 映画が終わり、話しかけようとする俺をあすかは止める。
「今回もダブルの部屋、予約したの?」
「あぁ、お前に会えると確信していたからな。」
「じゃぁ、ホテルでゆっくり話そうか。」
「1人で寝たいんじゃなかったのか?」
「泊まるとは言ってないし。」
あすかはまた笑う。なんやこいつ、キャラが違いすぎるやろ。

 ホテルは同じ部屋だった。
「すごい偶然やな。」
「映画館で再会する偶然の方がすごいんじゃない?それにしても本当にバカだよね。私が親切で言っていたのを分かっていたでしょう?自分でも分かっていたはず。私との縁を切るべきだって。」
「そやかて、あすかかてチケット準備していたやろ。俺が来ることを分かっていたんやろ?」
「高橋くんから、正樹が東京にきてる、認めたらどうですか?ってメールがきた。高橋くんには逆らえないよねぇ。だから、本当に辿り着いたら、きちんと話をしようって決めたの。間に合うかは分からなかったけど、そこまで正樹がするなら、こっちも最低限準備しておこうかと思って。」
「そんで俺は辿り着いたで。堪忍して、俺と付き合う覚悟は出来たか?」
「付き合う約束はしてなかったはずだけど?でも、さすがに驚いた。チケット買いながらもそんなことありえないって思っていたのにね。本当バカ。人の親切を無駄にして。」
「この3ヶ月きちんとお前以外の女とも向き合ってきたで。でもやっぱりお前がええんや。あさみもどうやらお前を選んだらしい。」
俺は石を取り出す。
「あさみさんの?不思議なオーラを感じる。なんか危ういな。それ、お祓いした方が良さそう。」
「でも、この石のおかげで辿り着いたんや。」
「私に辿り着いたことが良いこととは限らないじゃない。」
「いや、お前と会うのは、時間の問題や。石のおかげで早くなっただけや。」
「ふーん、ちょっと貸して。」
俺はあすかの手に石を載せた。
「うわ、これ相当やばいよ。良くこんなの持っていて平気だったね。あさみさんが正樹を守ってたんだ。ありがとう、あさみさん。もう大丈夫よ。私が引き受けるわ。」
あすかはそう言って、石を握りしめる。一瞬あすかの手のひらの中が光った気がした。あすかはハンカチを取り出し、石を包み、俺に渡す。
「うわー、しんどー。あさみさん、大変だっただろうなぁ。とりあえず、あさみさんがまた心配して無理しないように、その石はもう直接触らず、お祓いにすぐだしなよー。京都ならいくらでもあるでしょ。正樹でも危ない。」
あすかはそのままベッドに横になる。
「おいおい、なんや。オカルトすぎるやろ。」
「代々霊感が強い家系なのよ。でもお祓いとかは無理。ただあさみさんだけは石から離れたと思う。さっきまでは危ういくらいだったけど、もう邪気しか感じない。あさみさん、私に頼みたかったのかもねー。あそこに取り込まれちゃ、辛いわ。というわけで、あさみさんの思いは、正樹と私が付き合うことじゃないかもね。」
あすかはうつ伏せから俺の方を見るように体勢を変えて、俺に言う。
「阿呆。あさみは辛くても、自分のためだけに、俺を不幸にさせるような女やないわ。よう分からんけど、この石は急に現れたんや。石の力を借りて、俺に伝えたかったんやろ。お前も言うてたやろ。石から俺を守っていたって。」
「ちっ、騙されないか。」
あすかは笑う。
「お前、今日はよう笑うな。逆に怖いわ。」
あすかはまたうつ伏せになる。
「もう笑わない。」
なんや、こいつ。あぁ、そうか。俺はあすかの隣に座る。
「そうか。俺に会えて嬉しいんやな。怖いって言うて悪かったわ。可愛ええやないか。」
うつ伏せになったあすかの顔は見えないが耳が赤い。図星やな。
「ねぇ、正樹。ちゃんと本音で話すよ。嬉しいに決まっているでしょう。あれだけ縁を切ったのに、繋いでくるし、無謀にも東京で手がかりなしで私に会いに来ようとするなんて。私は美人でもないし、厄介な人間よ。そんな女のためにここまでしてくるバカなんていない。高橋くんだって、好意は持ってくれているけど、ここまではしない。でもだからこそ正樹には幸せになって欲しいんだよ。高橋くんと同じ距離なら今後付き合っても良いけど、正樹はそれだと納得いかないでしょ?」
俺はあすかをベッドから起こして、目を見つめる。
「そう言う大事なことは、きちんと目を見て話せって教わらんかったんか?こっちはもう覚悟してるんや。とことんお前に踏み込むつもりや。大変なことも覚悟しているわ。まぁ、オカルトは勘弁して欲しいけどな。さっきからあーだこーだ言っとらんで、お前は俺をどう思ってんねん?俺が聞きたいのは、それだけや。」
「正樹は分かっていない。私のことなんにも知らないくせに。その覚悟で足りるかな?」
「知らんわ。だから一緒にいようって言ってるんや。お前やろ、覚悟が出来てへんのは。俺と関わる覚悟決めえや。」
「あー、もう1人で生きていく覚悟してたのに。」
「これくらいで揺さぶられるなら、そんなん覚悟のうちに入らんわ。お前の負けや。俺とお前の縁は切れん。立証したで。」
「本当バカ。人の親切を。」
「お前は阿呆や。大きなお世話や。」
あすかはが笑う。俺も笑った。
「なぁ、あさみの墓参り付き合ってくれるか?」
「きちんと石をお祓いして、悪いものが消えたら、あさみさんの元に届けてあげよう。」
「それがええ。その石は気に入っていたからな。」
「ほな、京都で一緒に暮らそか。」
「バカなの?」
 俺はあすかを抱きしめる。あすかは笑っている。あすかとの人生は波瀾万丈で大変かもしれんけど、楽しんでやろうやないか。










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