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黒と白とグレー

 誰の目に留まらないようひっそりとその店はあった。扉を開けるとぎぎぃと音がし、その音はさらに人を拒むことに一役かっていた。

兄さん、ここには美味い酒も女もありゃしない、ばばぁひとりのなんもない店さ。ここらの店はタチが悪い。この店の三件先のスナックなら、健全な店だから、そっちに行きな。

40代前半くらいの女が言う。死んだ魚のような眼と派手な化粧を剥がせば、誰もが振り返るほど美しいだろう。素顔を隠す理由を男は知っている。

ここは健全な店なのか?

あはは、兄さん、馬鹿だね。兄さんはアタシが応えた言葉を信じるのかい?それは悪魔の証明さ。

悪魔の証明?この店に入ってからの女の言動、表情、店内の様子。たくさん情報はある。だが、考え直す。この女は普通ではない。女の全てが演技の可能性もある。白と見せかけて黒、黒と見せかけて白。現状で悪魔の証明というのも的外れとは言えない。まんまと女のペースだ。男は少し笑い酒を頼む。

好奇心は猫をも殺す、兄さん良く覚えておきな。兄さんはグレーだろうが、黒じゃない。黒になったら、どんなに色を混ぜても黒なんだ。引き返せるうちに引き返さないと身を滅ぼすよ。まぁ、今日はお勉強代にしといてやるよ。今後間違わないようにね。

女は笑い、薄い酒を出す。

アタシの話を聞きたい?小説のネタ探し?そんなことしてちゃぁ、兄さんの命はいくつあっても足りないねぇ。でも名作を凡人が書くにはその覚悟が必要なのかもねぇ。いいね、凡人の覚悟、考えがたくさん浮かぶ。ただ兄さん、命懸けでやることと命を賭けることは違うことは理解しておいた方が良いね。

そう言って女は今度は屈託なく笑う。

話がずれたね、酒をもらうよ。心配しなくていいさ。高い酒なんてありゃしない。酒代の分話をしてやるさ。

そう言って女は、煙草を取り出す。男は煙草を取り出すのを止める。その姿を見て、女は少し微笑み、話し始めた。

アタシが二十歳の頃、好きな男ができたんだ。絵に描いたような駄目な男だったけど、アタシも若かったからね。それで妊娠して、産むなら親から縁を切ると言われたよ。男は子供のために真面目に働く、家族になろうって言ってくれた。アタシもまだガキでウブだったからさ、その男の言葉を信じて、金がなくても、親子3人幸せな家庭を夢見たもんさ。安い昼ドラみたいだろ?ねぇ、兄さんは昼ドラって面白いと思うかい?あんなドロドロな現実なんてそうありゃしない。みんなあれより自分はマシだって、安心するためにきっと見てるんだ。まぁ、アタシの生活は何作もの昼ドラをくっつけて詰め込みすぎて面白くない駄作だったけどね。それでもね、アタシは不幸なんて思わなかったよ。ギャンブルと酒と女に溺れ、仕事もせず、身動き出来なくなった夫だろうと、自由の代償……いや、そんな男だろうとアタシは愛していたんだよ。
「一緒に死んでくれ。」
この言葉を聞くまではね。勘違いしないでくれよ。一緒に死ぬのが嫌だったわけじゃない。子供もまだ物心つく前だったから、駄目な親の元で育つより、きちんとしたところに養子に出した方が幸せさ。だから愛する夫と2人で死ねるならアタシは一緒に逝っただろう。じゃぁ、なんで今生きてるかって。生きているように見えるかい?ハハ、冗談だよ。アタシは幽霊じゃないさ。他の女にアタシを殺して生命保険を手に入れるよう言われたけど、駄目な夫は他人も自分も殺せるほど強くない。全部分かっていたよ、だから賭けをしたんだ。アタシを愛しているならキチンと自分の手で殺せるか。賭けはアタシの負け、いや勝ちか。アタシは生きているもんね。生きているっていうのが、心のが止まっていないという定義にするならさ。
え?夫が今何しているか?知らないよ。殺人教唆するような女に愛されていたとしても、どうだろうねぇ……向かう先は黒しかアタシには見えないし、道具として捨てられるようなら、心が折れるようアタシは夫に軽く言葉をかけといたから、どちらにしろまともな生活は難しいだろうねぇ。弱い男だからさ。

女は冷ややかに笑った。そして生きた眼を男に向けて話を続ける。

ねぇ、兄さん、たった一言で人の人生を狂わせることが出来るのさ。強い芯を持っていなきゃね。兄さん、いや小説家ごっこの探偵さん。アンタはどちらの人間だろうね。酒代でアタシが話すのはここまでさ。これ以上の情報、子供のことを知りたけりゃ、自分の底を見極めてからまたおいで。

 女はそう言って男を店から追い出した。男は見知らぬ駅で降り、大衆居酒屋へと入る。どうしたものか。依頼は子供の行方だが、女の店を教えれば、報酬は多少貰えるかもしれない。だが誰しもが知る名家の娘。辿り着けていないわけがない。
「凡人の覚悟」と「自由の代償」唯一女が発した言葉の中で偽りない言葉に聞こえた。人から見れば名家のお嬢様で何不自由ない暮らしに見えるが、女にとって不自由だったのは実家にいた頃で、縁を切った後が自由なのかもしれない。お嬢様とは真逆の立ち振る舞いをしていたが、時折品の良さが見え隠れする。それらを見破られいると分かっていても、目的を分かっていても、女は軽いジャブで男を泳がせた。自信がある。対策がある。家を出てからずっと戦っているのだろう。自由でいるために。女は黒と見せかけているだけで白だ。
男は煙草を取り出す。女と同じ銘柄。全て女の手の平の上。中途半端なグレーは白には勝てない。良い報酬だが、今後の人生考えたら、手を引くべき。命知らずな奴に任せた方が良い。この依頼は女の言う命を賭けるものだ。そしてその賭けには勝てない。なぜなら女は命懸けだから。
もう一度、女と話してみたいと男は思う。女はどうでも良いような言葉に裏のメッセージを込めている。間違わない=依頼を断れば客として扱ってくれるだろうか。好奇心は猫をも殺す。どちらともとれる。勝ち目がねえな。男は煙草に火をつけ、肺一杯に吸い、ゆっくりと吐き出した。

 男はまだ気付いていない。男の考えることも女の手の平の上、ミスリードであることに。女の唯一の本音は「凡人の覚悟」のみ。「自由の代償」は誘導。そもそもあそこは女の店ではない。女とまた出会いたいなら次は命懸けで探すしかない。そしてそこまでする人間はいない。女は少し面白い男と思いヒントを出そうかと思ったが、止めた。二度辿り着ける人間に出会いたい気もするが、そこが女の行き止まり。まだ大丈夫、女は笑いながら白い世界で生きていく。


【あとがきならず謝罪】
 だらだらなんとなく書いてたら、自分でも何書いているか分からなくなりました。書き方、内容無茶苦茶。伝えたいことも思いもない。雰囲気のみ(謎)他にもあるんですが、これは自分の中でもちょい異質に感じ、投稿することにしました。でもはちゃめちゃすぎて読む人の気持ちを考えると申し訳ない…でも多分そんなに読まれないだろう。というわけであとがきならず謝罪にしました。これ上にしときたくないから明日投稿したいですね。でもハッピーエンドは今のところストックなし😝

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