【司法研修所起案対策】刑弁起案

1 全般

司法研修所の刑事弁護起案につき,想定弁論を中心に解説する。

2 想定弁論

(1) 考え方

公判前整理手続終結時点の記録と被告人等への事情聴取メモをベースに,最終弁論でどのようなことを述べるべきかを想定したものを,15枚程度で起案する問題である。何をどのように書くべきかは,白表紙である「刑事弁護講義ノート」にまとめられているので,起案までの必要なタイミングで読んで理解すればよい。

(2) 研修所の方針

ところで,刑事弁護については神山弁護士が教官になった67期から大きく方針転換したようである。具体的に何を考えてどのように変更したかは,神山啓史編著「五・七・五で伝える刑事弁護 その原点と伝承」の186頁以下に,当時の教官と現在の教官の対談という形で説明されている。他の科目でここまであからさまに研修所の方針が語られているものは珍しく,非常に参考になる。

ア 採点基準

まず,採点基準が語られている。67期より前は,被告人に有利なことであれば書くと点数になるというチャリンチャリン採点方式がとられていた。67期以降は,核心をついているものには点数を与えるが,核心を突かないものには加点しないという採点に変えており,72期教官は現在もこのままであると述べる。答案構成が重要になる。

イ 起案の素材

また,起案の素材は無罪判決の事件の記録であるようである(71期から導入されたという情状を書く事案の場合には,殺人の故意が認められず傷害致死になったり過剰防衛だったりするので「無罪」ではないが,それはひとまず措く。)。
まず,過去の教官の話として,刑事弁護起案の素材は無罪判決の事件の記録が基となっているという記載がある。
また,神山先生が教官となった2014年4月,既に従来型の振返り型記録(公判手続の最後の段階で,想定弁論ではなく本当の最終弁論を起案するための記録)が4本(A・B班2本ずつ)用意されていて,それを合議により振返り型1本・見通し型(公判前整理手続終結段階での想定弁論作成のための記録)1本に切り替えたということである。8月の集合修習まで時間がなく,ゼロから新しい記録を作ることが現実的でないことからすると,その(無罪判決の事件の)振返り型記録を改変して見通し型の記録にしたと考えられる。
実際の事件の記録の内容から考えても,例えば不起訴事案をベースに見通し型記録を作るのは,証明予定事実記載書等のやり取りを創作する必要が出て困難だし,有罪事案を改変するのも,事実の不整合等が出てきて混乱を与え得るからやはり困難である。
上記からすると,刑弁起案の記録は無罪判決の事件の記録がベースであると考えるのが合理的である。修習での教官の解説においても,無罪判決の事件がベースということを匂わせる表現があったように思う。

起案の素材が無罪判決の事件だとすると,中立公正な刑事裁判官がこの記録を読めば,検察官立証は失敗であり被告人は無罪だ,と判断するということである。殺人等の裁判員裁判が素材にされている事件であれば,裁判官3人と裁判員を含む合議体により,無罪の判断がされているということである。無罪判決を出し上級審であっさり覆され出世の道を閉ざされることもあると聞く刑事裁判官が,合議を経てあえて無罪判決を出すということは,上級審で覆りようもない一片の曇りもない無罪事案だと裁判官・裁判員の合議で判断したということである。刑事弁護人は被告人の言い分を信じるべきだから云々,刑弁スピリット云々以前に,被告人の言い分通りだと刑事裁判官が(将来の出世を賭して)自信をもって判断した事案だということが極めて重要である。

以上からすると,記録中の被告人の犯行を目撃したとの直接証拠は,変遷・客観的事実との不整合・視認条件の悪さ等により何ら信用できないはずである。仮に信用できるのであれば,絶対に無罪にはならない。間接事実も,そもそも立証できていないか,要証事実を推認する力が弱いはずであり,そのような弱い間接事実を総合考慮をしても全然要証事実を立証できていないはずである。なので,そのような先入観をもって検察官立証を弾劾すればよい。

ウ 読むべき副読本

最後に,現在の刑事弁護教官室は神山先生の方針の影響が極めて大きいということも重視すべきである。上記のように67期から方針が変わり,69期に神山先生が上席教官となり反対者がいなくなって2本とも見通し型の起案に変わり,72期までその方針が維持されている。また,対談では,白表紙の「刑事弁護実務」は古くて根本的に変える必要があるが,それは無理なので,「刑事弁護の手引」を作った,「刑事弁護実務」は読むな,などと語られている。このような方針変更があったことからすると,岡慎一・神山啓史「刑事弁護の基礎知識」を副読本とすべきなのは当然で,大木孝「和光だより 刑事弁護教官奮闘記」は過去のものなのだと思う。和光だよりは刑事系全般に役に立つ内容ではあるが,少なくとも現在の刑弁教官室の方針を反映したものではあり得ない。

(3) 解き方

ア 起訴状等

まず,記録の一番最初の事実経過と被告人からの事情聴取メモを飛ばして,起訴状から読む。そもそもどういう事件だと検察官が主張しているのか,誰が被告人で,何歳で,どういう素性の人なのか,被害者は誰なのか等をまず把握する。

次に,証明予定事実記載書,追加証明予定事実記載書(又は証明予定事実記載書2)を読む。特に,追加証明予定事実記載書が最重要である。この冒頭に,争いのある要証事実が挙げられていて,その下で列記されている個々の項目が,これから弾劾する間接事実である。冒頭で要証事実につき「~の事実は,●●供述により証明するほか,以下の事実により証明する」というような記載があれば,検察官は直接証拠+間接事実により立証しようとしているとわかる。

イ ケースセオリーなるものの把握

次に,最初の事実経過,被告人からの事情聴取メモを読んでいく。事情聴取メモに記載された被告人の事件全体に関する主張が,いわゆるケースセオリーであり,そのうち,いわゆる「事件のストーリー」に当たる。

事情聴取メモでは,追加証明予定事実記載書に挙げられた間接事実との関係で被告人がどのようなことを主張しているかも把握する必要がある。間接事実をはっきり否認した上で理由を述べているもの,間接事実を認めた上で反対仮説を述べているものなど,きちんと把握して,その通りに起案する。検察官が主張する間接事実についての証拠に対して合理的な反論を加えているのであれば,これはいわゆる「証拠のストーリー」に当たる。

基本的には,個々の間接事実等の検察官立証を弾劾する過程で証拠のストーリーを述べ,その後のケースセオリーを主張する場面で事件のストーリーを述べるということになる。

上記を念頭に,記録を一旦読み進め,どの証拠をどの間接事実の弾劾等に使うのかを位置付けていく。

ウ 検察官立証の弾劾

想定弁論の起案では,全体としての結論,検察官立証の弾劾,ケースセオリーの主張,まとめの順に書く。分量として,検察官立証の弾劾に多くの紙幅を割き,ケースセオリーは1ページ程度になるのではないか。

検察官立証の弾劾については,まず結論を書く。争点となる要証事実につき,直接証拠は信用できず,間接事実は立証できていないないし推認力が弱いから,検察官は立証できていない,だから無罪,などと簡潔に書く。
続いて,要証事実についての検察官立証を,追加証明予定事実記載書に対応する形で弾劾していく。

(ア) 直接証拠

例えば,目撃者が,被告人が被害者を殴ったところを目撃したと供述している。これは,上記のとおり,嘘である。被告人は無罪になるのであるから,殴ったわけがない。

基本的には,この目撃者のPS(検察官面前調書)は,開示証拠であるKS(警察官面前調書)から重要部分で変遷しており,変遷理由の主張もPSに丁寧に記載されている。例えば,KSには記載されていないのにPSに記載されているという変遷の場合,当該供述対象は本件の実行行為等の重要な事実であって,警察官は当然聞くはずで,被告人の答えの有無・内容を必ず調書化するはずであり,にもかかわらず記載がないというのはKS時点で話さなかったはずだ,警察官に話したのに調書に書かれなかったという目撃者主張の変遷理由は極めて不合理だ,目撃者の供述は信用ならない,などと弾劾する。客観的事実との不整合・視認条件の悪さを指摘すべき場合もある。共犯者であるとか,誰かをかばうために罪をなすりつける等の利害関係があれば,それも指摘する。信用性判断のメルクマールについては,供述の信用性の記事参照。

結局,とにかく嘘に決まっているのだから,信用性を弾劾するポイントに当てはまる事実が絶対にあるはずであり,そこを的確に指摘すればよい。

(イ) 間接事実

追加証明予定事実記載書に挙げられている間接事実について,被告人の事情聴取メモと固い証拠に基づき,①間接事実を否認するか,②間接事実を認めるが推認力を争うか,それぞれ方針を立てて弾劾していく。

①間接事実を否認する場合の理由は,被告人の事情聴取メモに本当は何が起こったかなど書いてあるから,それを念頭に書く。
大事なのは,弁護人の立場としては,合理的な疑いを容れる余地があるということが言えれば十分だということである。被告人が主張する「本当のこと」は,必ずしも裏付けがないかもしれない。ただ,「本当のこと」であった可能性が否定できない証拠があったり,検察官の主張する間接事実についても確実に立証できる証拠がなければ,合理的な疑いを容れない程度の立証に検察官が失敗したといえるのであり,裁判官は間接事実を認定できない。ここまで言えればよいのである。

②間接事実を認めるが要証事実への推認力を争う場合も,被告人の事情聴取メモをベースに反対仮説を考えて書く。事情聴取メモに反対仮説の裏付けが記載されていないが,弁号証から反対仮説を裏付ける事実が立証できるというものもあったので,なかなか難しい場合がある。
これも,合理的な疑いを容れる余地があることまで言えれば十分であることを念頭に置いて論じるのが大事である。反対仮説を裏付ける証拠を示し,反対仮説の成立可能性が相当程度あるといえれば,間接事実の推認力が低いという結論となり,要証事実があったというには合理的な疑いを容れる余地がある。

なお,要証事実の推認を妨げる消極的間接事実を主張する,という争い方が刑事弁護講義ノートに書いてあるが,起案では出なかった(ように思う)。アリバイなどがこれに当たるが,立証できれば決定的すぎて他の間接事実の検討が十分にされないこととなるので,出題しにくいのではないか。

間接事実の項目では,最後に,②の間接事実(認められるが推認力が低いもの)を総合しても要証事実が推認されないことを書く。検察起案と同様である。

エ 情状

集合では2回のうち1回で情状の起案があったが,二回試験では情状は出なかった。プラクティス刑事裁判35ページ以下のステップに従い検討すればよいようである。

なお,被告人が無罪主張しているのに情状を書くと一発アウトだと言われている。その説の真偽はともかく,記録が無罪判決の事件をベースにしているのであれば,一見有罪っぽく見えようと,結論として無罪となるに決まっている。予備的に情状を主張する必要は微塵もない。

オ 場面設定?

最後に,想定弁論が最終弁論を想定した書面だからといって,最終弁論時点における書面であることを過度に意識する必要はない。例えば,「被告人供述(「●●氏からの事情聴取メモ」と同旨の供述が公判でなされたものと想定)によると」のように,場面設定を意識した書き方をする必要はない。単に「事情聴取メモによると」と書けばよい。時間の無駄であるし,読みにくいし,教官としてもそこが聞きたくて出題しているわけではない。

3 その他の設問

冒頭陳述・証明予定事実記載書は,これが正解というのはあまりないように思う。弁護修習・選択型実務修習で実践できる機会があればぜひ挑戦するべきで,それができれば十分ではないか。

これ以外の小問は,刑裁・検察・司法試験の刑訴の範囲に含まれるので,刑弁起案に向けて特別に準備することは少ないと思う。なお,「高名な刑事弁護人」の公判を分野別の刑裁実務修習で見る機会があれば,他部の事件であったとしてもお願いして,絶対に見るべきだと思う。検察官の証人・被告人への質問を次々と異議で撃ち落としていく弁護人の公判を見れば,刑訴規則の199条の●●辺りがとても具体的にイメージできるようになる。
なお,集合・二回試験を含め,いわゆる弁護士倫理的な出題はなかった。

以上

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?