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葬送のフリーレンから考える勇者論

こんにちわ。ほぼ全ての方はじめまして。
ようこそ思考実験室へ。室長の近藤です。

さてさて、お客様が今日もいらっしゃってくださったのに
もてなすばかりか今回は注意事項からはじめなきゃいけないらしい。
それも二つもだ。

※注意※
研究者っぽい雰囲気かもしだしておこうスタイルではじめてみたものの、いつ崩壊しはじめるかわからないのでご了承ください。

※注意※
「葬送のフリーレン」をこれから見るよって人には一抹のネタバレを含みます。私の拙い語りを読むよりも、フリーレンを見ることをお勧めします。


それではしばしの間、私の一人語りにお付き合いください。

タイトルには勇者論と書いたが
こうすれば勇者になれるとかの論では全くなく
勇者になった瞬間に終わるという論だ。

もっとも
そんなことをいう私は、所詮の庶民だけれども。

タイトルには勇者論と書いたが
魅了したい人向けの論だ。誰かを何かで。
クリエイターとしてでも、インフルエンサーとしてでも
会社にでも、上司にでも、家族にでも、友達にでも、恋人にでもだ。

もっとも
私は私に言い聞かせる勝手な解釈なのだけれども。

勇者論を二つの視点から書いてみる。

一つ目、

いきなりだが、
魔王を倒したあとの勇者の生活なんて興味がない。
「私たちのために偉業をなしとげてくれたのだから」と言われたとしても
物語としては興味がわかない。

ハッピーエンドで終わった映画のエンドロール後に
2部に続くと言われても「終わったじゃん」って思うか
「これよりの悲劇や強敵が現れるってこと?」って思う。

やったー!!幸せな勇者の生活がみれるんだー!!
って思ったことはない。

映画をみた人が(はたまた民衆が)
語るのは、語り継ぐのは英雄譚だ。

過去だ。

そして余白をそれぞれの想像で埋め尽くす偶像だ。

(そんなような情景が葬送のフリーレンで展開するから
言い換えてみたがネタバレかな。。)


二つ目の視点は現実に移してみる。

成功した人の言葉ってたくさんある。
成功した人はとりあげられる。あれこれと探される。
みんなもそんな経験がしたいからだ。

でも失敗した人の言葉ってない。
なぜなら「やっていない」が失敗だから。
とりあげようもない。

挑戦中の言葉はいっぱいある。
があまり取り上げられない。

現実の時間スピードでは
未来を確信するような
過去の裏付けがないと進行形でワクワクし続けるのは辛いのだろう。

つまりは
何かしら成功した過去と
何かしら起こりそうな未来の
両方がないとダメらしい。

計らずともそんなメガネで見ているのだ。すくなからず私は。

となると
成功の経験があり、挑戦を続けている人が最強である。

さて困ったものだ。
「現在」勇者になる術は私にはないらしい。



End




ではつまらないので
どうしていくべきかの可能性を探る。

望みのヒントになりそうなのは

実績や信用のない状態で
まだ結末の決まっていないストーリーを聞きたくなるのは
アニメやマンガぐらいだろう。

私は結局、紡がれていきながらにして、まだ旅の途中である
「この先」のフリーレン(とフリーレンの中のヒンメル)
を愛おしく感じているのだ。フリーレンそのものというより「この先」に惹かれている。

ということはマンガのように
読んでくれている人、見てくれている人が
どこか自身もその物語の一部になれるような
参加できるような、応援できるような、パーティに入れるような
時に主人公となり変われるような

そんな状態で進んでいくことがよいのではないだろうか。

心地よい発想をしたので
無視したくなるが、加えて

そんなアニメやマンガも1〜2話で
実績を見せるために雑魚キャラをだいたい倒す。
それでも信用が足りない場合だいたい
連帯保証人という強い師匠らしき人が現れる。

これも結局、必要条件なんだろう。

さてさて、
・今の私は勇者になれない
・ストーリーに巻き込んでいこう
・モブでもいいから倒して実績をみせよう

という方向性はどうやら固まったようだ。私の頭会議では。

それをどう具体的にやるか。は今後をお楽しみあれ。
(ごめん、それぞれがんばろう。雑)

今回は「挑戦」という言葉を使ったけれど
「冒険」でも「成長」でも「進歩」でも
「アタック」でも「レベルアップ」でも
「パワーアップ」でも「ランクアップ」でも
しっくりくるワードに置き換えてよいと思う。

勇ましさの取れた者で
現在勇者であると呼ばれている人を私は知らない。

もしかしたら、完全にたどり着くということは
自身にとっても、他者にとっても
とてもつまらない状態なのかもしれない。

つづく(つづかせる)

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