Arc.2-補正の遡及効は得られないって何? eAccess事件をわかりやすく
大阪梅田でフィラー特許事務所を経営している弁理士の中川真人です。今回は「判例紹介」として弁理士受験生が誤解しがちな「eAccess事件」を解説しようと思います。
知的財産法に興味がある法学系の学生の方にも面白い記事になるように工夫していますので、ぜひ寄っていってください。
eAccess事件とは何か?
eAccess事件というのは、「事件が裁判所に係属しているときに商標登録出願を分割した場合、その原出願から拒絶理由のある指定商品を補正で削除できるか」を争った事件です。
事件が裁判所に係属しているときにされた商標登録出願の分割をした場合の補正の遡及効については判断が分かれていたようですが、最高裁で事件が裁判所に係属しているときに分割出願をしても補正の遡及効は得られないという結論で決着しました。
なお、「補正の遡及効は得られない」というのは弁理士受験業界は定番のフレーズですが、法律解釈としては単に「補正はできない」でよいというのが私の意見です。
出願の分割とは何か?
特許出願を始め、意匠登録出願や、商標登録出願は出願を分割することができます。例えば「ボウルとコップ」について「パテボウル」という商標登録出願があり、「パテボウル」に「コップ」は紛らわしいから拒絶理由通知がされたとします。
このとき「ボウル」については早く権利化し、「コップ」についてはじっくり争いたい場合に、「コップ」について「パテボウル」という商標登録出願を抜き取って再度審査にかけ、拒絶理由のない「ボウル」について「パテボウル」という商標登録出願だけを残してさっさと権利化しようという選択をすることができる制度です。
「コップ」について「パテボウル」という商標登録出願を抜き取って(分割)して新たな商標登録出願をした後は、「ボウルとコップ」について「パテボウル」という商標登録出願(これを原出願と言います)から手続補正を行なって「コップ」を削除します。そうすると、最初から「ボウル」について「パテボウル」という商標登録出願がされたことになり(これを遡及効と言います)、無事「ボウル」について「パテボウル」という商標登録を受けることができるわけです。
出願を分割した後の手続補正
このように知的財産法4法(特許・実用新案・意匠・商標)では、出願の分割を認めていますが、商標法については商標法条約の要請により事件が裁判所に係属している場合でも出願の分割が認められました。しかし、出願を分割すると特許法施行規則では原出願から分割にかかる請求項を削除する手続補正を求めているため、商標法でも準用する特許法施行規則により、商標法条約の要請により可能となった「事件が裁判所に係属している場合の出願の分割」を行なった場合でも、原出願から分割にかかる指定商品等を削除する手続補正をすることになります。
問題はここにあります。手続補正をできる時期は、特許法では「事件が特許庁に係属している場合」に行うことでき、出願の分割もかつては「分割は補正の一態様」と呼ばれたくらいですから「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面について補正をすることができる時又は期間内」と「特許査定がされた日から30日以内」と「拒絶査定不服審判の請求時」とされ、出願の分割ができる時期は必ず補正ができる時期ということになります。
ところが、商標法では「事件が審査、登録異議の申立てについての審理、審判又は再審に係属している場合」にしか手続補正の時期を認めていないので、「事件が裁判所に係属している場合の出願の分割」を行なった場合には、そもそも手続補正ができません。
そのため、仮に事件が裁判所に係属している場合に出願の分割を行なったとしても、原出願から取り除きたい指定商品を補正で削除できないため、結局原出願の拒絶理由を解消することができず、拒絶理由がないとされた指定商品だけを残して原出願の商標登録を受けるということができないのです。
分割はできるのに補正はできないという謎仕様
要は、「事件が裁判所に係属している場合の出願の分割」を認めたのにもかかわらず、「事件が裁判所に係属している場合の補正」について法改正の手当て(特許法施行規則の手当)を行わなかったため、「事件が裁判所に係属している場合の出願の分割」では原出願をいじることができず、原則とは逆の拒絶理由のない指定商品を分割して再度の審査を受けなければならないということになったわけです。
では、なぜ「事件が裁判所に係属している場合の補正」について法改正の手当てを行わなかったのかというと、もしかしたら単に気づいていなかったという理由かもしれません。
現に「事件が裁判所に係属している場合の出願の分割」は特許法等創作法では特段必要ないだろうという理由で導入が見送られており、施行規則も準用ではなくきちんと法域ごとに規定すべきという意見も根強いようです(準用については弁理士受験業界でも非難轟轟な点、合格しようがしまいが気持ちは変わらないのです)。
条文だけで解答を導いてみよう
「eAccess事件」では、特施規30条の補正/分割の遡及効/補正は遡及しないといったフレーズを丸暗記してなんとか説明しようと頑張っている答案を見かけるというか大半は判例の文章を無理に再現しようとして文字通り「無理な説明」をしている答案がよく見られます。
共通しているのは「裁判所に係属中は、分割はできるのに補正はできないという謎仕様のまま走っている」という前提をあまり理解していないというか、問題の所在をよくわからないまま判例の文言だけを再現しようとしている点です。
私も商標法では苦労した口なので気持ちはよくわかるのですが、「条文や判例にも問題(定義が不十分だったり、時に規定の方が間違っている場合)がある」という批判的な思考で考えると、理解が一気に進むことがよくありました。
「eAccess事件」が仮に出題されて判例の文言を一切思い出せなかったとしても、上記に説明した通り条文だけで解答を導くことは可能です。そもそも「eAccess事件」を実際に担当された先生は条文のみで裁判所に説明を試みたのですから、判例を知らないから答えを導けないなんてことは理屈上もおかしいのです。
「eAccess事件」は条文と法改正の経緯を学ぶ上でもとても役に立つ事件なので、もう一度何が問題だったのかから含めて勉強し直してみるのもいいですね。
弁理士・中川真人
フィラー特許事務所(https://filler.jp)