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Arc.6-【令和4年度弁理士論文試験講評】ことごとく予備校のレジメを使わせない設問のオンパレード

令和4年度の弁理士試験論文式筆記試験を受験されたみなさま、本当にお疲れ様でした。今年から通常のスケジュールに戻りましたが、問題の難易度は大方の予想通り通常の難易度に戻る気配はなく、年度を増すごとに上昇する一方です。

とは言っても、私はそこまで弁理士試験の論文試験の問題が難化しているとは思いません。使う条文はレギュラーばかり、短答的な正解を出すのもそれほど難しくはありません。難化の原因は、やはり

覚えているレジメの文言が使えない

これではないでしょうか?

例えば、今年も商標法では「数ある選択肢の中で、その中のベストチョイスはどの請求か、それをベストと考える理由とともに説明せよ!」の問題が出題されました。

私はこの問題の正解は「請求としてはAとBのいずれか又はその両方を採ることができるが、私はBを最も妥当な選択肢と考える。なぜなら、」という説明が必要だと、昨年令和3年の商標法の解説でも説明しました。

そして、この傾向は口述でも現れるのではないかとフィラー特許事務所の口述模試でも詳細にアドバイスし、このような「あなたならどう対処しますか、そしてそれはなぜですか?」という流れで聞かれたらどう答えるかの訓練を何名かの受験生の方と行い、意匠法で実際にこのような聞かれ方をされて気が動転せずに済んだという事後報告も受けました。

この「数ある選択肢の中で最も妥当なものを選び、そう判断した理由を述べよ」という聞き方のフォーマットが2年連続で使用されたことはやはりそれだけ「なぜその措置を取るべきなのか、その理屈をわかっていない」受験生が多かった、その現われではないかと思います。そして、もしかしたら昨年の口述試験でもこの聞き方の質問でまごついた受験生が特に見受けられたという事情もあるのかもしれません。

この聞き方で最も犯してはいけない過ちは、「甲は、Aをすべきである。なぜなら、甲は主体的要件を満たし、客体的要件を満たし、時期的要件を満たし、手続的要件を具備することでAを主張できるからである。」という回答です。

この答え方は「AができるからAをすべき」という意味ですが、聞かれているのは「Aを選択するメリットと、Bを選択するデメリットの比較考量の検討結果」です。請求できるから請求すべきというのは、はっきり言って最低の答えです。そして、おそらく一番多い回答がこの最低の答えなのではないかと思います。

なぜなら、この「請求できるから請求すべき」のフォーマットは、予備校で最も流通している基本構文だからです。

以前、平成25年にインターネットでバズったA牛丼(Aは地名)を保護するために取り得る出願を聞かれたことがありますが、正解は地域団体商標でした。しかし、その留意点の説明に「A地方における周知性が必要である。周知性は隣接都道府県程度で足りる。甲はそれに留意すべきである。」という模範解答が出されたことがあります。

冷静に考えればわかることですが、インターネットでバズったから早く出願しなければならないとA牛丼は考えているのに、周知性の検討で「隣接都道府県程度に及ぶか」という検討事項はおそらく弁理士試験を受けない通常の感覚の人であれば「は?」というのが実情でしょう。

ここでの正解は「周知性が度を超えて著名となり、自他商品等識別力が失われる前に出願すべきこと。なぜなら法は3条1項1号2号に至った商標の登録を認めないから、そしてA牛丼がインターネットでバズった経緯を考えるとそれはあり得るから。」こちらの方がよっぽど事例に則したA牛丼側にも親切な解答でしょう。

おそらく、これからも予備校のレジメにある基本構文「請求できるから請求すべき」のフォーマットで回答できる問題はどんどん影を潜めていくでしょう。そして、事例に則した、誰のメリットのために書かれた答案なのか、その立場が明確な答案から順に合格していく試験にますますシフトしていくことが強く予想されます。

特許においても、「拒絶査定不服審判の請求か、分割ができますね。それぞれの手続的要件はこうで、どちらも満たします。」このような答案は不合格答案となり、「あなたは拒絶査定不服審判の請求か、分割ができます。しかし、あなたは拒絶査定不服審判の請求ではなく、分割をすべきです。なぜなら、」このような答案が合格答案となる年がいずれ来るでしょう。

そもそも、弁理士は代理人なのですから「AとBとCができます。決まったらその手続きをしますから連絡をお願いします。」なんて態度は本来は許されないはずです。相手が知財部を有する大企業ならまだしも、そうではない99%以上の企業では「決まったらその手続きをしますから連絡をお願いします」では職務放棄もいいところです。

実は、弁理士業界も2000年代から長らく大企業の下請けとして年間数千件の特許出願数を稼ぎだすためだけの業務が板につきすぎたせいで、説明能力に欠ける弁理士の増加が問題視されています。

今般の弁理士試験の出題傾向の変化も、このような業界の特性と課題を是正するために、思い切った舵切りがされている真っ只中であることを示しているのかもしれません。

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昨年度の解説記事はこちら↑
フィラー特許事務所では今年から新しく令和5年度向け弁理士試験対策講座を提供します

弁理士・中川真人
フィラー特許事務所(https://www.filler.jp