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葵咲本紀感想③ 「物部」

*ミュージカル刀剣乱舞「葵咲本紀」にて、三日月宗近が徳川信康や永見貞愛に与えた役割「物部」という名は、どのような意味をもつのか。
フセッターに書いたものに参考文献をほんの少し加えたまとめバージョンです。

物部氏と言えば日本史選択でなくとも何となく聞き覚えのある氏名。
自分もそれくらいの気軽いノリで文献を漁りはじめたのですが、この物部、調べれば調べるほど何故か謎の方が多くなる。
名づけ親が名づけ親だけに、この掘っても掘っても謎が出る感じ、とても覚えが……あっ三日月宗近かな……??という感じで面白かったです。


「物部(もののべ)」の最も一般的な意味は「古代朝廷の軍事,刑罰に関与した人々(*1)」かなと思うのですが、実はこの字にはもう一つ「もののふ」という読み方があります。
この「物部(もののふ)」は「武士」と同じ意味。
つまり、「武勇をもって主君に仕え戦場で戦う人。つわもの(*2)」ですね。
実際、「物部」の最古の用例であるとされる『古事記』の清寧記(「物部の、我が夫子の、取り佩ける、太刀の手上に(*3)」)では「もののふ」読みをしています。
逆に考えると、モノノフの語から戦士・軍事と関連づけられ、警察的職務はそれに付随したものであるとも考えられるわけです。この時、「物」が意味するものは武具となります(*4)。

しかし、このモノノフという言葉さえも、最初は武士を意味しなかったのではないのかもしれない。
というのも、最古の用例である『古事記』で「物部」の語が出てくるのは、身分を隠し奴に身をやつしていた二人の御子が太刀を手に舞と詠によって正体を明かすという場面なのですよね。
この詠では刀の柄や緒につけられた赤い印が大きな意味をもっています。宴会という場の設定、剣舞、そして身分の証。これらは武勇というよりは儀式的な側面が強い。このとき詠の中での「物部」は単なる武士を越えた意味を有していると考えられます。
また、「物」が「者」の生きた証となる。印となるというのは、ミュージカル刀剣乱舞で度々触れられる構図でもありますね。

これは余談なのですが、ちなみに2019年版源氏双騎がつはものと地続きの『剣の巻』を元にした曽我兄弟敵討ちの物語ならば、2020年版双騎は友切丸の話になるのではないかな~と個人的に思っていたりします。
というのも、MCで髭切からポロリと名前が出てきた五郎の別名「助六」の活躍する「助六由縁江戸桜」しかり「寿曽我対面」しかり、歌舞伎等で曽我物語に登場する刀は「薄緑」ではなく「友切丸」だからです。
かつて義父が所持し、今は紛失した友切丸という刀がいずれも演目のなかのキーワードとなり、深くこの兄弟の敵討ちにも関連してくる。
その友切丸が、2019年版では登場しない(あれは薄緑としての逸話で膝丸を補強するためだったので出てきちゃマズい=友切丸がある曽我物語世界線に薄緑はない)。
だからこそ、2020年版では今度は髭切の曽我物語における友切丸としての逸話を補強してくるのかな~などと。
(ちなみに「寿曽我~」の工藤はかなり正々堂々とした立派な武士として描かれているので、もし友切丸補強するなら工藤の描かれ方も変わってきそう!)
突然双騎の話を出したのは、この友切丸もやはり兄弟の身分や生い立ちの証明となる刀だからですね。ここでも刀が人の証・印になっている。

さて、話が少しずれましたが、それでは、武士でも軍事・刑罰に携わるのでもない「物部」には、どのような意味があるのか。
それこそが、「モノノケ(物の化)の語からの精霊・鬼神を司掌し宥撫する霊部。(*5)」です。
先に物部の警察的職務はモノノフに付随した可能性を挙げましたが、さらに言ならば、古代の裁判は神裁(=神意の発現をうけて刑が執行される)。つまり、刑部機能の物部は軍事職からの派生というよりは、この霊部の意から二次的に生まれたものであるとも考えられます(*6)。
この霊部としての物部についてのより詳細な記述に以下のものがあります。
「至聖者に仕えて霊物全体を司り、善霊を招び邪霊を払う職掌をモノノフそのことを統べる氏族をモノノベといった。モノノフが武者を言い、モノノベが軍事を統べる氏となったのは、善霊を招び邪霊を払うのに射弓や軍鼓など、楽器でもあれば武具でもあるものを用いたからだろう。
物部氏の氏神である石上神宮に祀られている刀剣にしても、もとは呪具だった可能性が高い。(*7)」

この霊を呼び出す存在と物の構図、なんか既視感がありませんか?
そう、例えば審神者(=職掌)と刀剣男士(=善霊)と時間遡行軍(=邪霊)だとか。あれ、もしかして三日月に「物部」認定された友たちって審神者適性があったりするのかな……???などと思わず考えてしまう。
(刀ミュのテーマ的に時間遡行軍を簡単に邪霊として片付けてしまっていいのかは一端置いて、あくまで構図的な問題として邪霊としています。)
そして、ここで注目したいのが「楽器でもあれば武具でもある」という言葉です。

少し刀ミュと「物部」からは脱線するのですが、そもそも「審神者」という役職自体、楽器とは関係性が深い役職だったりします。
「物部」の語の初出と同じ『古事記』の仲哀天皇の箇所では「天皇、御琴を控きて、武内宿禰大臣、さ庭に居て、神の命を請ひき(*8)」と記されており、「審神者」の語源と考えられる「沙庭(斎庭)」で琴を爪弾くことによって天皇が神懸かりをする場面が描かれます。
また、『古事記』からの発展か、平安期の『政治要略』では「今琴弾之者を以て佐爾波と云、偏に以て神遊に供奉す(*9)」と、「佐爾波」という字で琴を弾く役職、神楽で和琴を弾く人を示していたりもする(*10)。
私は個人的に、「秘宝の里」で審神者が集めさせられる楽器の種類ってどう考えても神憑りに使用されるものと同じだよなあと思っているのですが、あながち間違ってもいないんじゃないかなあって。
刀ミュで言うと、軍鼓は2部で必ず登場する太鼓を連想させますし、鎮魂(招魂、タマフリ)の料とされる鈴や鐸(*11)はみほとせ組の「歓喜の華」の神楽鈴で小道具として登場しています。

「審神者」は神がかった状態の人間の言葉を翻訳し、伝える役職。
「神語をどのように理解し受け止めるべきかを判断し解釈して、司霊者に告知するといった、神語を得てその保持につとめるべき司霊者のはたらきを円滑ならしめるよう補佐する役目をおう者(*12)」です。
審神者自体が依り代になるのではなく、依り代に宿った神の国の言葉を人の国の語に訳し伝える役割のことを指す。
これは神意を元に裁く「物部」にも少し近いところがあるなあと思います。

また、武士(モノノフ)・精霊(モノノケ)、そして武具(モノノグ)に共通する「モノ」という語の発祥は「鉄」なのではないかという説もあります(*13)。
鉄は農耕生産という平和的用途に用いられるものでもあり、剣や刀といった殺傷する威力をもつ武器ともなる。
実際、物部という名は5・6世紀ごろの美作をはじめ、各地に製鉄集団のまとめ役として残ってもいます。砂や土から鉄を製錬するという行為は特殊な呪術と考えられていた。物部氏が祭祀民族とされる理由には、この製鉄についての伝承にも所以があると考えられます(*14)。
これを踏まえて葵咲本紀に話を戻すと、戦のための武器を捨てた信康さんが、農耕を生業とする百姓になってから三日月宗近に出会い、「物部」任命されているというのは何とも奇縁で面白いなあと。

「物部」の名をもつ氏族は各地にあまりも多く見られるため、「物部氏」などという氏族は存在しなかったという説すらもあるんですよね。
「存在したのは「物具(兵器)」を中心とする金属器生産に携わり、「韴霊(フツノミタマ)」を祭り、「モノノフ」として軍事に従った幾多の「物部八十伴雄」氏族群と、それらを統率してヤマト王権の軍事・警察的、祭祀的伴造としての職掌を担った「物部連(むらじ)」家」であり、一般的な物部とはこの物部連を指すが、実際には八十伴雄を含め全て同族と見なした(*15)と。
各時代、各地に散った、縁もゆかりもないけれど同じ目的を持った刀ミュ内の「物部」という存在の在り方も、少しこの形に近しいのかもしれません。

物部氏が祭るとされる「韴霊」とは「布都」、すなわち「布都御魂大神(=フツヌシノカミ)」のことを指します。この神は、物部氏の総氏神を祀る石上神宮の主祭神でもあり、布都御魂剣に宿る神霊であるとされています。
フツヌシノカミの「フツ」は、ものを鋭くすっぱりと断ち切るときの音と解釈されており(*16)、そこから鋭利な剣や武力の意味をもつに至るわけです。
さて、ところでこのフツヌシノカミ、実は本日初日を迎えた刀ミュ歌合PVのなかに隠されていた8柱の神々のうち、「磐裂神」と「根裂神」の子の子より生まれ、天孫降臨に先立つ葦原中国の平定の際に「建御雷」が所持した剣とされていたり(*17)。
さらにさらに言うのならば、「闇御津羽/闇淤加美/建御雷/樋速日/甕速日/磐筒男/根裂/磐裂」の8柱の神が生まれるきっかけとなった、イザナギのカグツチ殺しの際に使用された「天羽々斬(ヤマタノオロチ退治の十拳剣)」とも、フツヌシノカミは同一と見なされることがあります(*18)。
「物部」という存在があると明かされてからの歌合でこれをめちゃくちゃ意味深に持ってくるの、偶然とはもう言えないような気がして、歌合、確実に葵咲本紀ありきなんだろうな~と思うわけですよ。

そして、そんな時に限って歌合にいない三日月宗近、なんというか、ここまでくるともはや作為を感じずにはいられない…こわい……。唯一PVで姿を登場させたのが鶴丸国永だっていうのがまた。
何はともあれ、歌合も3月の新作も楽しみですね!!!!

◉引用
*1   https://kotobank.jp/word/%E7%89%A9%E9%83%A8-142660
    (『世界大百科事典 第2版』 last accessed2019.10.25)
*2   https://kotobank.jp/word/%E7%89%A9%E9%83%A8%E3%83%BB%E6%AD%A6%E5%A3%AB-2088242#E7.B2.BE.E9.81.B8.E7.89.88.20.E6.97.A5.E6.9C.AC.E5.9B.BD.E8.AA.9E.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E5.85.B8
   (『精選版 日本国語大辞典』 last accessed2019.10.25)
*3   『遊ぶ日本:神あそぶゆえ人あそぶ』p.330
*4   『古代日本人の信仰と祭祀』p.45
*5   前掲書 p.45
*6   前掲書 p.49
*7   『遊ぶ日本:神あそぶゆえ人あそぶ』 pp.331-332
*8   『日本の古典をよむ① 古事記』p.229
*9   後ほど。
*10 https://kotobank.jp/word/%E6%B8%85%E5%BA%AD%E3%83%BB%E6%96%8E%E5%A0%B4%E3%83%BB%E6%B2%99%E5%BA%AD-2043229
  (『精選版 日本国語大辞典』 last accessed2019.11.24)
*11  『古代の鉄と神々』p.55.
*12  『「審神者」考』p.81.
*13  『古代の鉄と神々(改訂版)』p.43
*14   前掲書 p.44
*15 『物部氏の伝承』p.3
*16 『奇書『先代旧事本紀』~』 pp.182-183
*17   前掲書 p.179
*18 『物部氏の伝承』p.308

◉参考文献
・岩田勝「「審神者」考」『民俗芸能研究 第13号』1991.5.20.
・高橋睦郎「武士道とは死ぬ事」『遊ぶ日本:神あそぶゆえ人あそぶ』ブックアート,2008.
・畑井弘『物部氏の伝承』講談社,2008.
・本位田菊士「物部氏と石上神宮」『古代日本人の信仰と祭祀』大和書房,1997.
・黛弘道『物部・蘇我氏と古代王権』吉川弘文館,2009.
・真弓常忠『古代の鉄と神々(改訂版)』学生社,2000.
・安本美典編『奇書『先代旧事本紀』の謎をさぐる』批評社,2007.
・山口佳紀・神野志隆光校訂『日本の古典をよむ① 古事記』小学館,2007.

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